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第七十四話

「で、でも、わたしはブライル様の食事係で……!」

「お前がそこのところを自覚しているのは喜ばしいことだが、少々事情が変わったのだ」

「事情、ですか?」

「最近姫の食欲が低下している為、料理人を変えることになった」

「……姫様の食欲が?」

「というのは建前で」

「で、ですよねー!」


だって姫様、わたしの作った物をたくさん召し上がっていますよ? サンドウィッチやパスタ、焼菓子に冷菓だって、好き嫌いなく召し上がってますよ?

あれで食欲不振だと言われたら、王宮での食生活がちょっと心配になる。


「姫の脚が動かなくなった原因がおおよそだが判明した」

「えっと、ご病気だったのですよね?」

「最初はそう考えていた。だが王宮医師や近衛兵団ら共に調べているうちに、ただの病気ではないことがわかったのだ」


最近のブライル様はよく姫様の所に出掛けられていたけど、婚約者として訪問していたわけではなく(もちろんそれもあるかもしれない)、だけどそれよりも薬師としてちゃんと原因を調べていたのだ。

勝手に拗ねて、モヤモヤしていた自分が急に恥ずかしくなった。

ううん、それよりも姫様ことだ。近衛兵団だなんて、穏やかではない。


「診察及び調査の結果、毒を盛られていた可能性が高い」


ーーど、


「毒ですって!?」


 予想もしていなかったとんでもない展開に、驚きを隠せない。


「ああ。しかも直ちに命を奪うのではなく、標的になったのは魔力だ。お前も知っているだろう」

「ええ、魔力が固まって歩けなくなったと。それが毒を盛られたせいだとおっしゃるのですか?」

「そうだ」


毒……。

杖をついている以外はとてもお元気そうにしていた姫様。ブライル様やフェリ様といらっしゃる時はとても朗らかで、毒を盛られたなんて悲劇のような雰囲気は微塵も感じられなかった。


「一体誰がそんなことを」

「それもまだわからぬ。だが姫をいつまでもこちらに来させるわけにはいかない。彼女にも王族としての勤めがある」

「勤め、ですか?」


その言い方が、何だか冷たいように感じた。

だって毒を盛られるなんて、すごく怖いことだ。自分が狙われているということだもの。それにやっと歩けるようになったばかり。それなのにもう仕事の話だなんて、少し性急過ぎやしないだろうか。

しかもご自分の婚約者のことなのに……。

そこまで考えて、わたしの短絡的な思考などブライル様たちはとうに思い至っていることを知った。その上で彼は言っているのだ。王族というのはそういうものだと。


「でも犯人がわからない状態で、以前の生活に戻すというのは、あまりにも危険ではありませんか。あ、まさか姫様がここに来ていたのって……」

「城内に保管していた食材、城内で作られた食事、飲み物。そのどれかによって被害にあった。誰が犯人かわからない状況で、そのまま食事を取らせるべきではない。その点ここなら安心だ。もし毒が入っていれば、私やフェリクスたちも今頃何らかの形で影響が出ているだろうからな。お前がそんなことをする筈がないのは、私が証明できる」

「あ、当たり前ですっ。せっかくごはんを食べてくれる人を、わざわざ傷つけることなんてしません」


そもそもどうやって毒を手に入れるのかもわからない。

でも、そうか。婚約者に会いに来たというのは建前で、姫様はここに食事を取りに来られていたのだ。自分の家である王宮でまともな食事が取れない分、ここで栄養を補給していたのだ。

そんな事情があったのなら、もう少しちゃんとした物を作って差し上げれば良かったと、今更ながらに後悔する。


「だけど毒見はいなかったのですか? 王族なのですから、そういう役目は必要だと思うのですけど」

「無論いたが、平民上がりの貴族だ。しかし盛られたのは魔力に効力がある物だからな。魔力がほぼない人間では効き目が見えなかったのだろう」


平民上がりの貴族? 聞きなれない言葉に首を傾げる。

ブライル様の説明によると、代々毒見役を仰せつかっている貴族の家系があって、その一族は自分の血族を死なせることなく職務を全うするべく平民の子供を養子として迎え入れるのだとか。そして礼儀作法や教養を学ばせ、その養子が成人迎えると毒見の役を任せているらしい。

もちろん何事もなければ一生贅沢な生活ができる。しかし何かあれば命が尽きるかもしれないのだ。

お貴族様たちは平民の命をどう考えているのか。一度尋ねてみたいところだけど、おそらく予想通りの答えが返ってくるのだろう。

それにこれは国も了承しているこのなのだとか。ノワールの長い歴史の中で、王族に次々と毒が盛られる事件が過去に何度かあったらしく、その度に毒見役の貴族が何人も何人も亡くなっていた。

このままでは一族郎党全滅してしまうとして考えたのが、平民の利用である。それが今も続いている。

しかしブライル様がおっしゃるには、今回狙われたのは魔力だ。犯人は毒見を掻い潜ることまで考えて、確実に姫様を狙ったということなのだろうか。ならば毒見役の特性まで知っている、王宮の内情に詳しい人物が関わっていることも考えられる。

そこまで考えて、自分が考えを巡らせるのはそこではないと気付いた。今求められているのは、姫様が安心して召し上がれる食事環境だ。

研究所にいらしていた時以外は、調理の必要がない、そして入手経路から口に入るまですべての安全が確認された果物だけを召し上がっていたらしい。ならば早急にシロが確定している料理人が必要だ。そしてブライル様はその役目にわたしを選んだのだ。

菫色の眼差しを見つめ返し、一度だけ大きく頷いた。


「わかりました。お受け致します」



◇◆◇



「リリアナちゃん、急なことで本当にごめんなさいね」


翌日。

わたしはブライル様とフェリ様に連れられ、王城のさらに奥、王族の方々が住まわれる王宮に足を踏み入れていた。

建物に使われている材料は城と同じ物に見えるのに、装飾のせいか、城の荘厳な美しさよりも王宮は幾分華やかである。そして周りには見事な庭園が広がっており、色とりどりの花が咲き誇っていた。しかもその奥にはなんと大きな池が見えた。池ですよ、池。岸にはボートが繋がれており、巷の噂は本当だったのだと感動した。

王族の住居として申し分ない美しさだが、ただしド庶民のわたしの足はガクブルである。ピカピカに磨かれた床や壁を見て、絶対に汚すまいと誓った。

あ、何だかお腹が痛くなってきたかも。


「い、いいえ。それよりもわたしに務まるかどうかが心配で……」

「それは大丈夫よ。ティアーナ姫直々の指名だから」

「そうなのですか?」

「ああ。向こうには無茶な要求をしないように言いつけてある。それに私たちも、お前だから自信を持って送り出せるのだ」

「ブライル様……」


お師匠様からの言葉に思わず感動していると、二人はとある部屋の前で立ち止まった。ここが目的地なのだわかると、否応なしに喉が鳴ってしまう。いよいよだ。

しかしわたしたちが来訪を告げるよりも前に、衛兵が守る扉が内側から突然開いた。そして何故か、ティアーナ姫が飛び出してきたのだ。


「待っていたのよ、リリアナ・フローエ!」

「お待ちください、姫様! お一人で部屋を出てはなりません」


 いきなりの姫様登場に驚いたのも束の間。後ろから追いかけてきた女性によって姫様の体は部屋の中に引きずり込まれ、再び扉は閉じられた。そしてその中から二人の話し声がぼそぼそと聞こえてくる。


「ん、もう。ナターリエ、前々から思っていたけれど貴女少し過保護よ。脚はもう治ったんだから」

「その心配をしているのではありません。姫君としての自覚をお持ちくださいと申しているのです」

「だってせっかくリリアナが……」

「だってもヘチマもありません。時間がくれば相手の方から来るのですから、姫様は大人しく部屋で待っていればいいのです」


 扉の向こうで、一国の姫君が怒られている様子に、何だか気まずくなり斜め上を見上げると、幼馴染み二人はいつものことだと教えてくれた。何だか姫様のイメージが……。

 ブライル様が改めて衛兵に来訪を告げると、ゆっくりと扉が開く。そして奥のソファーには、上品に腰掛ける姫様の姿があった。


「いらっしゃい。待っていたわ、リリアナ・フローエ」


とても美しい笑顔で迎え入れられたけど、何だろう。今更感が否めない。



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