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第七十二話

 本日、魔法薬研究所はお休み。

 だけど、ブライル様とフェリ様は揃って姫様のところに出かけられた。休みだからと言うべきか。

 その際に軽食を作ってほしいと言われたので、簡単にサンドウィッチを用意した。持っていって姫様と一緒に食べるのだとか。仲が良くていらっしゃる、と思う反面、わたしの作った物を持っていって、王城の料理人は嫌な気持ちにならないだろうかとも考える。

 だけどわたしの冷静な部分が、そんなことは考えなくていいと言う。命令されたことを黙ってこなせばいいのだと。


「おい、準備できたのか?」

「あ、はい。お待たせしました」


 二階の部屋をノックしたのはクリス先輩。

 今日の休みを利用して、お城の図書館に連れて行ってくれることになっている。


 姫様に食事やお菓子を出すことになって早数日、自分のレパートリーの少なさを痛感した。特にお菓子。

 ブライル様は味にはうるさいけれど、同じ物を連発しない限り、特に文句が出ることはなかった。それに彼が好きなお菓子は、わたしでも作れるような簡単なものが多かったので、さほど苦労はなかった。まあこれは、ブライル様なりの気遣いかもしれないけれど。

 しかし相手が姫様となれば話は別だ。

 どうしたらいいものかとフェリ様と通じてアルトマン家の料理人ジョエルさんに相談したところ、お菓子は専門外だと言う。

 確かにアルトマン家の食事にデザートは出ていなかった。それにクラウス副局長たちに昼食を召し上がっていただいた時も、デザートという言葉は微塵も出て来はしなかった。きっとブライル様が執着し過ぎなのだろう。

 そこで提案してくれたのは、お城の図書館。そこにならレシピを纏めた本があるかもしれないと言うのだ。


 あまり城内をうろつかない方がいいと注意を受けていたので、最初はブライル様たちに反対されていたのだけれど、レシピの必要性を訴えると、一人で行動しなければ行っても良いと了承を得れた。

 では一人でなければ誰と一緒にという話になり、案の定ブライル様が名乗り出てくれた。しかし姫様のところへ行く約束があったのを失念していたようで、その役目はクリス先輩に引き継がれた。心が休まるので、わたしもその方がいいと思う。


 図書館は魔法局とほど近い場所にあるらしく、魔法局の側を通った時はドキドキしたが、ルディウス様やその他に会うことはなかった。いくらクリス先輩が一緒だとしても、この不安ばかりはどうしようもない。

 そして何事もなく目的の場所に到着する。


「ふおお、広いですね!」


 見たこともないような広い部屋の壁一面、そして等間隔に置かれた書棚いっぱいに本が並べられている。

 紙とインクの匂い、そして物音の響く空気が、ここを特別な場所だと告げていた。


「あまり大きな声を出すな」

「す、すみません」


 ところで平民のわたしがどうやって本を借りるのかというと、研究所に来た時最初に貰ったあの首飾りが必要なのだとか。魔石が使われている首飾りは魔道具の一種で、わたしの名前や所属などが細かく記録されており、そこに本の情報も記録されるらしい。うーん便利だ。


「それで、必要なのは料理本だったか?」

「あ、はい。でもこんなたくさんの中から見つかるでしょうか」

「その為に司書がいるんだろう」


 先輩は真っ直ぐ正面のカウンターに向かうと、中にいる人に話しかける。すると一人の男性が反応し、にこやかに応対してくれた。


「何かお探しでしょうか」

「料理関連の本はどこだろうか」

「料理、ですか?」


 司書さんは先輩の全身をあからさまに見回し、不思議そうに首を傾げる。

 確かに料理本なんて、見るからに貴族の男子が求めるような本ではない。用があるのは、それを生業とする者か婦女子だけだ。

 先輩もそのことに気づいたのだろう。カッと顔を赤らめて、慌ててわたしを呼んだ。


「こいつが! 必要だと言うもので!」

「ああ、そういうことですか。あと、大きな声は控えてください」


 司書さんはわたしを見て納得したように頷き、こちらです、と丁寧に案内までしてくれた。冷静な司書さんのあとに続く先輩は、その間に何とか赤らんだ顔を抑えようととしていたが、その後ろで密かに羞恥に震える美少年を堪能している人間がいたとは知る由もないだろう。


「へえ、結構たくさんあるんだな」

「これだけあると逆に迷ってしまいますね」

「菓子も大事だが、肉料理は絶対借りろよ」

「はあ」


 しかしこの中から選ぶとなると、少し時間がかかってしまいそうだ。そう伝えると、クリス先輩も借りたい本(薬学)があるらしく、しばらくそれぞれに行動することとなった。


「肉料理は絶対だぞ」

「はいはい、わかっています」


 念押しして、クリス先輩は棚の向こうに姿を消した。本当にこういうところまで師匠によく似ていらっしゃる。

 まずは目的であるお菓子の本を数冊選び、近くの机を陣取った。この辺りに用がある人はいないらしく、腰を下しているのはわたしだけだ。お貴族様に遠慮しないで済むのは助かると思いながら、表紙を開いた。


「シュークリーム、おいしそう……」


 本にはわたしが食べたことがないお菓子がたくさん載っていた。しかもジョエルさんが見せてくれた料理本と同じく、レシピと共にお菓子そのものの絵も丁寧に描かれていたので、完成した物が容易に想像できるのがありがたい。

 他にもクレープにクラフティー、ブライル様のお好きなプティングだって、いろんな種類がある。わたしが作っているのはプレーンなものばかりなので、種類が増えるとブライル様もきっとお喜びになる。

 さっきからわたしの頭の中は食べたいお菓子でいっぱいだ。チョコレートを贅沢に使ったショコラテリーヌ。アーモンドが香ばしいフロランタン。サクサクほろほろのブールドネージュ。とろりとしたカスタードとパリパリのパイがたまらないミルフィーユ。

 鼻歌まじりにそれらを作り、いつもの三人が美味しい美味しいと言いながら食べる様子が思い浮かんだ。実際にそんな優しい言葉をかけてくれるのはフェリ様だけで、男性陣は無言で堪能しているだけだということに考えが至ったところで妄想を自重する。

 いけない、今日は姫様の為に来たのだから、姫様が喜びそうな物もちゃんと考慮なきゃ。

 ケーキ屋さんで売っているような本格的な物は作れない、というか手間がかかり過ぎるので今回は候補から外そうと思っていたけれど、興味がある物は残しておこうと決めた。でも専用の器具を買い足さないと作れない物もあるから、そこはブライル様に要相談だ。ただ器具だけあっても人手がわたしだけなので、労力的に厳しいのが問題だ。


 散々悩んで二冊ほど選び、クリス先輩リクエストの肉料理がいくつか載っている本も一冊借りることにした。その三冊を手に、待っている先輩のことを探すことにした。


「先輩」


 中央の一番大きい机の片隅に座って難しそうな熟読している先輩に声をかける。わたしも一応魔法薬師の弟子なのだから、こういった本にも手を出さなければならないのだろうか。考えただけで眩暈がしてくる。


「ん? ああ、終わったのか。もう少し待ってくれ」

「わかりました、その辺で適当に物色しています」

「図書館から出るなよ」

「了解です」


 とりあえず今いる場所は先輩やブライル様好みの専門的な本ばかりなので移動することにした。しかしどこを見ても各分野の専門書が多い。せめて小説でも置いてあればいいのに。きっとあるにはあるのだろうけど、これだけ広いと探すのも一苦労だ。しかも至る所に貴族らしい人が調べ物をしているので、邪魔をしてまで探そうという気にはなれない。

 だけどその中に知っている……というか、一度だけ会ったことがある人を見つけた。何やら食い入るように本を読んでいる。


「こんにちはー……」


 小さな声で恐る恐る声をかけると、その人は驚いたように肩をびくつかせた。



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