第六十七話
祝☆コミカライズ
そして本日配信!!
「どうなっているのでしょう」
「何がだ」
「ついさっきまでわたし本当にピンチだったのです。それがあっという間に片付いてしまいました」
二人きりになった部屋でぽつりと呟く。展開が早すぎて、頭がついていかないのだ。
ブライル様は「終わったのだからいいではないか」と簡単におっしゃるけど、本当にいいのだろうか。
魔憑きの疑いをかけられて証拠も揃えられて絶体絶命に陥ったところに正義のヒーローよろしくブライル様が現れヒーローとは到底思えない証拠偽造で窮地を脱しどうにか疑いは晴れたけど結局わたしは魔憑きだ。
そんな考えが頭の中をぐるぐるしていると、くだらんことを考えるなとばかりに額をぺちりと叩かれた。そうか、これでいいのか……。
「それより二号、副局長に頼んだあの言伝はどういうことだ。ありがとうなどと……」
「ど、どこから聞いていたのですか!?」
なんとこの御方は、覚悟を決めた、いや覚悟を決める為に放った言葉をどこかで聞いていたのだ。恥ずかしさとブライル様の不機嫌さに、顔を赤くしていいのやら青くしていいのやらわからない。
「だって……もうこれまでだって思ってしまったのです。ブライル様やフェリ様はおろか、一人も味方がいない状況で、魔石を出されたらおしまいだって……」
「勝手に終わらせるな。どうして私の許可なく離れようとした」
だって、ブライル様いらっしゃらなかったし……。拗ねたように呟くと、またしても額をぺちりと叩かれた。痛い……。
「で、でも魔憑き研究所に送られるからといって、きっと悪いことばかりじゃないですよ。今よりもずっと魔憑きの情報が手に入る可能性が高いじゃないですか」
「まあ確かに可能性は高いが」
「ほ、ほらぁ」
「だけど、もう逃がさぬ」
「え?」
「逃がさないと言ったのだ。お前は私のものだ」
「い、いくら雇い主だからといって、そんな横暴な……」
「そんなことは関係ない。私はお前を側に置いておくと決めた」
「……そ、それはご飯を作る人間がいなくなると困るから、ですか?」
「お前……っ、副局長との会話を聞いておきながら今更それはないだろう!」
「そ、そんなこと言われても話は勝手に進んでいくし、それにまだよくわからないですし……」
ブライル様の深いため息と共にもう一度来るであろう額への衝撃に身を竦ませる。しかし今度は頭を撫でられ、髪がぐしゃぐしゃになった。
「私も思春期の餓鬼ではないから急かしはしない」
その言葉に、何故か命拾いした気分になった。良かった。何が良いのかは深く考えないけれど、本当に良かった。
だけどその安堵は一瞬で崩壊を迎える。
「けれど、枯れてもいないからな。せいぜい首を洗って待っていろ」
ひぃ! と声を上げなかったわたしを誰か褒めてほしい。
だって肉食獣のように鋭い目で見つめられたのだ。洗わない。絶対に首なんか洗わない。
「ではさっさと帰るぞ。滞在していた所の食事が不味かったのだ。今夜はまともな物を食わせろ」
「わたしも副局長様たちの昼食を朝から頑張って作っていたので、少し疲れているのですがね」
「お前が頑張るのは私の為だけでいい」
うーん、やっぱり求められているこはご飯だけじゃないかしら。
そう思いながら、ブライル様の後を追いかけた。
「リリアナちゃん!」
「フェリ様、クリス先輩。それにアニエスまで!」
前方から三人が駆けてくる。わたしたちがなかなか戻ってこなくて心配したようだ。中でもアニエスの顔は青ざめている。
「リリアナ・フローエ、大丈夫だったか? 先生は間に合ったのか?」
「ルディウス様に何か嫌なことはされてない?」
「ええ、ブライル様のおかげでこうして無事です」
笑って答えると、二人とも安心したように肩の力を抜いた。目には薄っすらと涙が浮かんでいるようにも見える。
「貴女が魔憑きだなんて、絶対悪い冗談だものっ。そんなことわかっていたけど、でもルディウス様が相手だから、何か罠に嵌められてないか心配になっちゃって。盗んだわたしが言える立場ではないけれど、あの魔石が変に使われたらどうしようって……」
「あ、ウン。それはね、ダイジョウブ」
騙している負い目からか、どこかカタコトのような喋り方になってしまった。
ごめんなさい、魔憑きです。そう言える世の中だったらどんなにいいか。でもちゃんと話せる時が来たら、アニエスには一番に話すから。
「わたしね、ちゃんとルディウス様のところを辞めてくる。いくらお給料が良くても、誰かを裏切るなんてもう嫌だもの」
「うん、わたしもそれが良いと思う。でもお家の方は大丈夫なの?」
朝聞いたことを思い出して尋ねると、アニエスは困ったように眉を下げた。そして自分の置かれている状況を話してくれた。
なんでもタルナート男爵家は僅かな領地を持つだけで、いつ没落してもおかしくない程に家計が火の車なのだそう。アニエス的にはさっさと爵位を返上してもらいたいと願っているけれど、反対にアニエスのご両親は爵位に固執しているらしい。そこに援助を申し出てくれたのが、ルディウス様のご実家であるカリエール伯爵家。ただ条件として、ご子息であるルディウス様の世話や仕事を手伝うことを求められたのだそう。
「それで逆らえなかったわけね」
「ええ。でも援助といってもそこまでの大金ではないから、家族全員が必死になって働けばどうにかなったかもしれない。甘えたのはわたしなのよ」
「アニエス……」
「だから急いで次の仕事を見つけなくちゃ。何なら本当に爵位を返上すればいいだけなんだし」
そんな簡単な話ではないような気がしたけれど、アニエスは清々しい笑顔でそう言った。
そしてブライル様たちに向き直り、改めて謝罪をした。
「ジルヴェスター・ブライル様、そして魔法薬研究所の皆様。この度は大変なご迷惑をおかけ致しました。本当に申し訳ございません」
「確かに迷惑だったがな。しかし其方との関係を頑として切らなかった此奴にも責任がある。そしてもちろん長年にわたりルディウスとの問題を放置していた私にも責任がある」
「ブライル様……」
「彼奴のふざけた企みに、其方を巻き込んでしまい申し訳なかった」
頭を下げることはなかったけれど、ブライル様も謝罪の言葉を口にした。それを受けたアニエスは、驚きのあまり慌てふためく。
「や、やめてください! 悪いのはリリアナを裏切ったわたしなのですから!」
「一番悪いのはルディウスに決まっている。だからもう二度と此奴を裏切らないと約束してくれれば、私からは何も言わない」
何も言わないって……
「ブライル様、それって……アニエスと友達でいてもいいということですか?」
「それ以外何がある」
「あ、ありがとうございます!」
アニエスと二人して深々と頭を下げる。そして良かった良かったと手を取り合って喜んだ。今だけは彼女が貴族という現実は忘れさせてほしい。
家族に報告してくると言ったアニエスに手を振りながら、ブライル様たちに尋ねる。
「カリエール家がアニエスのお家に援助していた理由ってなんでしょうか。わたしには嫌な想像しかできないのですが」
「そんなもの決まっているだろう」
「ええ、ルディウスとの婚姻でしょうね」
「やっぱり!」
アニエスとルディウス様が一緒にいるところは、研究所に出頭命令を突きつけに来た時だけだ。しかしその時は、まるで脅迫者と被害者のようだった。その二人がいずれ結婚だなんて想像もできない。
「伯爵家といってもルディウスは三男だからな、婿入りでもしない限り領地は望めない。下手をすると爵位さえ与えられない可能性もある」
「そこでカリエール家がアニエスちゃんのお家を狙ったというところね」
「アニエスは知っているのでしょうか」
「知っているでしょうね。理解した上でルディウスとの縁を切ろうとしているんじゃないかしら。領地だってルディウスなんかより、もっとちゃんとした人に任せたいって考えているはずだわ」
そうか。アニエスは貴族令嬢だもの。わたしが思っているよりもずっと真剣に考えているに違いない。
「でもご家族は納得してくれるでしょうか」
「それはタルナート家とカリエール家の問題で、我々には与り知らぬことだ。嫌だと思うなら、アニエス嬢自身がもがけばいい。今がその時なのではないか」
「そう、ですよね」
アニエスが頑張って頑張って、それでも上手くいかなかったら、話を聞くだけでもいい、わたしができることをしよう。
だってわたしたちは友達なのだから。
そこでふと思い出す。ルディウス様と同じような境遇の人のことを。
どの爵位かはわからないけれど、お兄様がいらっしゃる時点で次男以下は確定している御方。この方も、いずれルディウス様のように爵位や領地を求めるだけの結婚をするのかしら。
アニエスのことも含め、そう考えると貴族といっても幸せなものではないのだ、としみじみ感じた。
「おいやめろ、僕を可哀想な目で見るな!」
コミカライズの詳細は本日の活動報告にて( ^ω^ )




