第六十三話
「みぃ〜つけたぁ〜」
「ヒッ」
まるで怪談語りでもしているような恐ろしい声色で現れたのは、どこか感じがフェリ様に似ている綺麗なお姉様。視線がこちらに向いているような気がするのは気のせいだろうか。
「貴女ね。フェリクスが連れ帰った女というのは」
……気のせいではなかった。厨房の中に女はわたし一人である。
「姉様! 変な言い方しないで!」
「いやぁね、冗談に決まってるじゃない。アレでしょ? 貴方のお友達のでしょ?」
「リリアナちゃんは誰のものでもないわっ」
フェリ様の友達?
というとブライル様しか知らないけど、確かにわたしはブライル様の弟子兼雇われている身なので、間違いではない。ブライル様本人からも、そう断言されているし。
それよりも姉様というのは、フェリ様のお姉様なのだろうか? 前にブライル様が、フェリ様にはお姉様がいらっしゃるようなことをおっしゃっていたような。えーと確か『喧しい姉』……いや、忘れよう。
「リリアナというのね。わたくしはロザーリエ。ここにいるフェリクスの姉よ」
「リ、リリアナ・フローエと申します!」
条件反射のように頭を下げれば、ニッコリと目を細められた。何だろう、まったく悪い予感しかしない。
「じゃあリリアナ、わたくしについて来てくれるかしら」
「は、はあ」
「ダメよ、リリアナちゃん!」
「お黙りなさい、フェリクス。貴方は所詮男なのだから、ここからは無理なのよ。それともしれっと仲間に入りたいのかしら。いくら弟でも不埒な行為は許さないわ」
「そんなわけないでしょ! だけど何も姉様がしゃしゃり出てくることじゃないわ」
「おばあ様が外出してる今、この家の女主人はわたくしよ」
「姉様はとっくにお嫁に行っているじゃない!」
二人が口論している内容はまったく理解できないけれど、このままでは永遠に姉妹喧嘩が続くのではないだろうかと不安になる。
「あ、あの……何を」
「いいからこっちへいらっしゃい、リリアナ」
「でも今は料理の勉強中で……」
「それは後からでもできるでしょう? わたくしあまり時間がないの」
どうしたものかとジョエルさんを窺うと、行ってこいとばかりに顎をしゃくられた。ここでわーわー騒がれては、いくら自分たちが使用人でも迷惑この上ないだろう。
時間がないのはわたしも同じだけれど、ロザーリエ様の方も諦めるような気配はない。ならばさくっと行って終わらせてこよう。
簡単に腹をくくったわたしが連れて行かれたのは、屋敷の一室。そこには見知らぬ女性が数人待ち構えいた。
だ、誰?
そんな質問をする間もなく、ロザーリエ様からの指令が下る。
「じゃあ服を脱いで」
「は?」
「だから、服を脱ぎなさい」
「え、どうして……」
「んもーまどろっこしいわね!」
ロザーリエ様が苛ついた表情を見せると、周りの女性たちが一斉にわたしの服を脱がし始めた。
な、何故服をををををを!
「キャアアアアア!!」
「リリアナちゃんごめんなさい!」
わたしの悲鳴に、ドアの向こうからフェリ様の謝罪が飛んでくる。どうやら拉致されたわたしを心配して、部屋の外で待機していてくれているようだ。
「フェリ様! これは一体どういうことですかー!」
「ジルに頼まれていたのよ。貴女の服を仕立てるからって」
そういえばそんな話があったかもしれない。わたしがレストランに行く為の服をブライル様が用意する、と。
「だからって何故今日なのですか?」
「仕立て屋を城に呼ぶわけにもいかなくて、リリアナちゃんがうちに来たからちょうどいいかなって」
ならば彼女たちは仕立て屋さんということだろうか。だけど何故ロザーリエ様までが……なんて疑問を浮かべていたら、
「あ、ちょ、やめ……いやぁあああああ!!」
抵抗虚しく、あっという間に下着姿にまで剥かれてしまった。仕立て屋さんの本気、おそるべし。
そしてロザーリエ様を含めた全員から、体をペタペタと触られる。え、仕立て屋さんの仕事は採寸することではないのですか?
「悔しいけど、若いだけあって肌のハリが違うわ」
「ええ、本当に吸い付くようですねぇ」
「フ、フェリ様ぁ……」
「ごめんね、リリアナちゃん。少しの間だけ我慢してくれる? すぐ、すぐに終わるから」
わたしの肌はフェリ様お手製の化粧水やクリームのおかげで保てていますので、フェリ様がそうおっしゃるなら……
「あら? 細いだけかと思っていましたけど、意外に胸もありますのね」
「まあ! これならジルヴェスター卿も喜ぶのではなくて?」
「フェリ様フェリ様フェリ様ー!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさーい!!」
結局採寸が終わるまで体の至る所をまさぐられて、わたしのライフは完全なるゼロになった。そして白目のまま部屋のドアを開けると、土下座のフェリ様がお出迎えしてくれた。扉一枚向こうから聞こえてくる姉の暴挙に、いたたまれなくなったらしい。
フェリ様に支えられてながら厨房に戻ると、ジョエルさん指示のもと、ヤンさんが温かいお茶を淹れてくれた。ああ、皆の優しさが沁みる……。
「本当にごめんなさい。姉様ったらあんな酷い……」
「フェリ様、いいのです。少々辱めを受けただけなのですから。もとよりお嫁に行くつもりもありませんし……」
「怖えよ! あの短時間で何されたんだよ!」
わたしとフェリ様の会話にヤンさんの突っ込みが冴え渡る。
なんでもフェリ様が女性を連れ帰ったことを聞きつけたロザーリエ様が駆けつけたところに、運悪く仕立て屋さんがいらっしゃったらしい。そして嫌がるフェリ様に根掘り葉掘り聞いて、ああいうことになった。
ちなみにロザーリエ様は、仕立て屋さんと一緒にお帰りになり、わたしの服のデザインを考えるそうだ。もうおおごとになり過ぎで辛い。
だけどいつまで哀しみに浸ってはいられないので、気持ちを入れ替えて作業を再開することにした。
時間がないのだ。練習だけでなく、明日の準備もしなくてはならない。
そして今日もヤンさんは遅くまで残ってくれた。いくらジョエルさんの頼みだからとはいえ、彼にはいくら感謝をしてもしきれない。ジョエルさんは言わずもがな。
こうして再取り調べ当日を迎えた。
前回と違って、今回は何故かフェリ様の同行は認められなかった。おそらくルディウス様が手を回したのだろう。なのでわたしは朝から市場で買った食材を抱え、一人で魔法局へと向かう。
厨房は魔法局のものを使って良いと言われたので、そこで調理する予定だ。だけどいつものように魔法は使えないので、早めに行って水やら火を用意しなければならない。そう思って厨房へ入ると、
「おはよう、リリアナ……」
「アニエス……」
ちょうどアニエスが火をおこしているところだった。
どうしてここに? というか何故火をおこしているの?
いろんな疑問が頭を飛び交うけど、びっくりして言葉が出てこない。
「あ、あのね、許してもらおうとは思ってないの。でも、どうしても謝りたくって……」
そう言うや否や、アニエスは頭を勢いよく下げた。
「ごめんなさい! 貴女を裏切ったんだものっ。こうやって目の前にのこのこ出てこれる分際じゃないわ。謝るのだって自己満足だってわかってる。それでも……本当にごめんなさいっ」
自分の遥か下にあるつむじを見つめながら、先日のアニエスの取り乱した様子を思い出した。
「クリス先輩に聞いたわ。ルディウス様に命令されていたって。それは本当?」
「ほ、本当だとしても、裏切ったことには変わらないわ」
「じゃあルディウス様がおっしゃっていた、アニエスの家が潰れるというのはどういうこと?」
「そ、それは……」
口籠るアニエスをどうにか説得すると、ポツポツと消え入りそうな声で喋り始めた。
「わたしの家は、没落寸前の男爵家でね……」
「え!?」
最初から衝撃発言が飛び出した。
えっと、待って?
アニエスが、男爵、家……?
「ええええええええええ!?」




