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第六十話

 ルディウス様がそう呼んだ人は、穏やかな笑顔で「話に割り込んで申し訳ないね」と軽く手を上げた。その仕草がとても様になる。

 白髪混じりの髪を横に流し、それと同じ色のあご髭を蓄えている、何というかすごくダンディーなおじ様だ。

 一瞬どこかで見たような既視感を覚えたが、それがどこで誰だったかなどは一切思い出せなかった。


「どうしてここに……」


 ルディウス様の驚き方を見るに、このおじ様の登場は彼らにとって予定外だったのだろう。左右にいる人たちも慌てふためいている。


「いやぁ、何やら楽しそうなことやっているのが聴こえてね。たまにはこういうのを見学するのも良いかと思ったのだよ。で、どうして彼女たちはこんなところに連れて来られたんだい?」

「は、はい、この女が魔憑きの可能性がありまして。それで取り調べを」

「ほお、魔憑きだって?」


 外見とは裏腹に、おじ様は無邪気な声を上げ、そして視線の先にいるわたしの肩が跳ねた。

 ここは魔法局だけれど、案外魔憑きというのは珍しいのだろうか?

 それくらいまじまじと見つめられ、澄んだ水色の視線が容赦なく突き刺さる。

 魔憑きは隠れて生きていると聞く。だから実際に連行される数は少ないのかもしれない。わたしも自分以外の魔憑きなんか見たことがないのだから。


「こいつはあろうことか、料理人として城内に潜り込んでいたのです。それをこの僕が見つけてですね」

「ああ、確かきみは監査課だったかな、ルディウス君」

「はい! しかもこの女はあのジルヴェスター・ブライルが雇い入れていたのです、副局長殿」

「ジルヴェスター卿か。彼には定例会議で会ったきりだな。気持ちいいほど不味そうに食事をとっていたのを覚えているよ。それで? 彼女はジルヴェスター卿の料理人なのかね」

「そうです。魔憑きを雇い入れるなんて、奴は何を考えているんだか。どうせ禄でもないことですよ」


 わたしを雇ったことを、さも何か企んでいるかのように決めつけるルディウス様。これが印象操作というものだろうか。

 それよりもおじ様のおっしゃっている定例会議って、前にブライル様がぐったりして帰ってきたアレではないかだろうか。確かにあの時、ごはんが美味しくなかったと言っていた。上司にしっかり見られていたようですよ、ブライル様。

 なのに「まあジルヴェスター卿のことはどうでもいい」と、おじ様は呆気なく投げ捨てた。そしてその口でルディウス様に疑問をぶつける。


「しかし魔憑きの取り調べを、なんだってきみたちがやってるんだい?」

「え、」

「ルディウス君、きみは監査課だろう? 隣のきみもそうだ。そこのきみに至っては攻撃魔法課じゃなかったかな?」


 この大きな建物の中には、きっとたくさんの人が働いている筈だ。その人たちがどの部署にいるのか、おじ様の頭には入っているというのか。それともこの三人が特別優秀なのか。ルディウス様はともかく、左右の人たちはそんな風には見えないけれど。だっておじ様にちょっと突っ込まれただけで青ざめているもの。


「そ、それは、この女を発見したのが僕だからです。そして信頼のおけるこのお二人には、見届け人になってもらおうと……」

「信頼ねぇ。だからといって、魔憑き研究所の人間が一人もいないのはどうだろう。いくらきみが見つけたのだとしても、少し行き過ぎなのではないかね」


 魔憑きを捕らえた場合、必ず魔憑き研究所の人間が取り調べなどに出席するのが決まりなのだそう。それどころか、魔憑き研究所が中心となって進めるらしい。ということは、今日のこの取り調べはかなりイレギュラーなことなのかもしれない。


「まあいいか」


 なのにおじ様は、自分が生んだ疑問をまたしても呆気なく投げ捨ててしまった。ちゃんとしているのか適当なのか、この御方の立ち位置がわからない。


「それにしても、ジルヴェスター卿の料理人ならさぞかし美味い料理を作るんだろうねぇ」


 え、いや、普通です。至って普通の料理しか作れません。そんなしみじみ言われても困ります。


「あ、それじゃあちょうどいい。二日後にまたここで取り調べの続きを行うのだろう? その前に彼女の作った料理で昼食をとるのはどうかな」

「は?」

「え?」

「うんうん、それがいい。魔憑き研究所の人間がいなくても、代わりに私がいれば問題ないだろう。構わないかなルディウス君」

「は、はあ……」

「では決まりだ。美味しい昼食を楽しみにしているよ、お嬢さん」


 突然乱入してきたおじ様は、自分の願望満載の言葉を言い残し、颯爽と出て行ってしまった。

 そして残されたわたしたちは、「そういうことになったから」と予想外の展開に頭を痛めるルディウス様によって追い出されたのだった。






「ど、どどどどうしましょうフェリ様! とんでもないことになってしまいました!」

「落ち着いて、リリアナちゃん」

「すみません落ち着けません。というかあの食いしん坊な御方はどこのどなたなのですか!?」


 そして今は急いで研究所に戻っている。息を切らしながら、淑女にあるまじき速度だ。


「あの方は魔法局のクラウス副局長よ。何というか、自由な方よ。でもあの方が入ってきたおかげで、ルディウスがやりにくくなったのは間違いないわ。その分リリアナちゃんにも負担がかかっちゃったわけだけど」

「プラスなのかマイナスなのかわかりません!」


 研究所に戻ると、わたしたちを待っていたクリス先輩が遅いと言わんばかりに飛び出してきた。


「フェリクス様!」

「ごめんなさい、留守番お願いしちゃって」

「クリス先輩、アニエスは?」

「怯えてしまって面倒だから帰した。泣いてる女なんて手に負えない。それよりも大変なことが」


 真剣な顔をしたクリス先輩が、わたしたちを厨房へと引き連れて行く。


「何があったの」

「ここを見てください」


 そう言って先輩は、わたしが普段使っている冷却装置の一番奥を指した。下から覗き込まないとわからなくなっているけれど、よく見ると魔石をはめ込んでいた部分が一つだけ空洞になっている。


「まさか……」

「アニエス嬢が自白しました、自分が盗んだと。ルディウス様の命令だそうです」


 そんなわけない! なんて、もうそんな風には思えなかった。

 アニエスのあの怯えた様子、そしてルディウス様が彼女にぶつけた言葉。おそらくアニエスは現在進行形で雇い主に脅されているのだろう。

 でもいつ? いつから魔石はなくなっていたの?

 たしかヘンリック様と会った日の夜、アニエスはここに来ていた。わたしが居なかったから中で待っていたって。もしかしてその時に……。


「ルディウス様が差し出してきたあの魔石は、この冷却装置のものでしょうか」

「多分そうでしょうね」

「でも何の為に魔石なんか……」


 触ったところで、こちらが魔力を込めないと、何も起きないと思うのだけれど。でも止めていないから、ひんやり冷気は出続けている筈。


「きっとルディウスは、あの魔石に術式を無理やり足しているんだと思うの」

「術式を? そんなことができるのですか?」

「やろうとする人がいないだけで、できないこともないわ。かなりの魔力を使うことになるけどね」


 魔石には、その石の主人(あるじ)となる者の魔力を込める。それから何らかの術式を組み込むのだけれど、その上からも更なる術式を組み込むことができる。

 しかしそれは石の主人だからできることであって、他人がそれを行うには、何倍もの強さと量の魔力、そしてかなりの日数が必要になる。それがいくら簡単な術式でもだ。

 しかも発動する際の魔力やエネルギーとなる魔力は魔石の主人ものなので、他人が勝手に使えるものでもない。ただ冷却装置の魔石は発動したままなので、ルディウス様が術式を足したとすれば、追加の術式も発動している可能性がある。

 フェリ様がそう説明してくれた。もし本当なら、ルディウス様の執念が恐ろしい。


「おそらくあの魔石の中に入っているのはリリアナちゃんの魔力よ。それにリリアナちゃんが触れると、魔力が吸い出されたり何か反応をしたりするようになっているんじゃないかしら。周囲にリリアナちゃんが魔憑きだとわかるように目に見えるような」

「あ、だからフェリ様はあの時止めてくれたのですね?」

「あの石にどんな仕掛けをしているかはわからなかったけど、触っちゃマズいような気だけはしてたの」


 意味がわからないまま話を聞いているクリス先輩に、魔法局に着いてから何があったのか簡単に伝える。


「問題はあの石をどうするかよね」

「奪おうにも、厳重に管理してるでしょうしね」


 しかしいくら悩んでも名案は出てこない。


「と、とにかくこのことを先生に伝えなくては」

「無理よ。追いつけないわ。猶予は二日しかないんだし」

「でも馬を飛ばせばどうにか……」

「それでも無理なの」

「どうしてですか!? このままじゃこいつは……リリアナ・フローエは!」

「知らないの」

「え?」

「だからジルがどこに向かったのか知らないの。あの人、私にさえ詳しいことは言わないで行っちゃったのよ」


 おお、それはなかなか無茶をする。もし何か緊急事態が起こったらどうするのだろう。例えばチチキトクスグカエレみたいな。

 まあどちらにしろ連絡がつかないのであれば仕方ない。


「今回ブライル様はおいでになれないですし、やはり自分でどうにかするしかありませんね」

「どうにかって、魔石はどうするんだ!?」

「ええと……」


 どうするといっても、奪い取るしかほかない。魔石に触る瞬間、奪い取るって全力で逃げる。ダメだ、結局触っている。しかもあの警備兵に捕らえられて一巻の終わりだ。命まで終わる未来しか見えない。

 じゃあいっそ粉砕するというのはどうだろう。触るふりして、直前に「えい!」と叩き落す。そして落ちたところを踏み潰……これもダメだ。わたしの全体重で踏んだとしても、割れるとは思えないし、そもそもルディウス様がそんな隙を与えるわけがない。


「やっぱり詰んでましたね」

「終わりじゃないか!!」


 お前が諦めるな! と怒るクリス先輩をどうにか宥める。


「……まあ魔石のことは後で考えるとして、リリアナちゃんは今日からうちに泊まりなさいね」

「ど、どうしてですか?」


 なんでいきなりそんな話になった、と驚いたけれど、魔法局でのやり取りを思い出す。


「私が言ったことが本当かどうか、きっとルディウスの手の者が監視しているわ。だからリリアナちゃんを置いて帰るわけにはいかないのよ」

「でもフェリ様、関係ないおばあ様まで巻き込んでしまって、大丈夫なのですか?」


 見たことも会ったこともない、話は……ついさっき聞いたばかりのアルトマン夫人。その話によると、随分恐ろしい御方のようだ。

 綺麗な翡翠色をふいと目をそらされた。


「まあ大丈夫……ではないけど大丈夫よ」

「すっごく不安!」





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