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第六話

 館に着くと、フェリ様は仕事に戻っていった。

 研究室を案内してもらうとも思ったが、厨房を初めて使うこともあり、早めに夕食作りに取り掛かることにする。

 新品の鍋やフライパンに火を入れ、たっぷりの油で慣らす。これをしなければ、いざ使った時に食材が引っ付いてしまうのだ。

 もちろんこの火は魔法で起こしたものだ。火打ち石なんて使わなくて良い。ブライル様の言った通り、魔法ってなんて家事に向いているんだろう。


 しばらくすると市場の配達員が荷物を届けに来た。それを厨房や保管庫に運んでもらう。

 詰め込まれた食材は、すっからかんだった保管庫を埋め尽くした。

 調味料と香辛料も、使い易いように瓶や麻布に詰めていく。それを予め決めておいた場所に置き、これで準備万端だ。

 あとは献立を考えるだけである。


 フェリ様はわたし達が食べている物とそう変わらないと言っていたが、庶民が普段食べているのは、パンとスープに、野菜の酢漬けやチーズといったところだ。

 だけど貴族がこれと同じ物を食べているとは考え難い。だから恐らくフェリ様の指す同じような物とは、わたし達がすごく贅沢した時の料理なのだと思う。

 そこで一つ思い付いた。わたしが働いていた食事処で出しているような物はどうだろう。あの店にはブライル様も通っていたわけだし。

 そうと決まれば、早速取り掛からねば。

 保管庫から食材を持ち出し、厨房に並べる。


 最初はスープ作りから。

 玉葱、人参、セロリなどの野菜をを賽の目に切る。大蒜(にんにく)は包丁で潰し、それらを水と一緒に鍋へ入れる。その中に玉葱の皮と月桂樹の葉も入れ、火にかけた。

 鍋が沸騰する直前に火力を落とし、そのまましばらく煮込む。その後灰汁を取り、またしばらく煮込む。それを濾すと、スープの出汁が出来上がりだ。野菜の甘い匂いが何とも言えない。

 次にマッシュルームと玉葱をみじん切りにして、少し多めのバターで炒める。しんなりしたら小麦粉を入れ、また炒める。

 その中にさっきの出汁を入れ、かき混ぜる。ダマにならないように、少しずつ入れてはかき混ぜるのがコツである。

 そして最後に牛乳も加えて、塩とほんの少しの砂糖で味を整えれば完成である。


 次は主菜だ。

 まず豚のかたまり肉に塩胡椒とオリーブ油を擦り込む。それに数種類のハーブで香り付けをしたものを、フライパンで焼く。焼き目を付けたら、大きめに切ったじゃがいもや人参も入れ、あまり温度を上げ過ぎていないオーブンでじっくりと焼いていく。

 オーブンの内部温度が高いと肉が固くなってしまうので、火加減には注意が必要だ。

 そして焼き上がれば、肉や野菜を取り出し、残った肉汁でソースを作る。フライパンの中にワインと出汁を加えて煮詰めるだけという簡単なものだ。


 そして最後はサラダである。

 平民はあまり生の野菜を食べることが少ない。保存がきくように加工するのが当たり前だからだ。

 でもブライル様達は、そういう物より新鮮な生の野菜の方が良いだろう。

 茴香(フェンネル)の根を一口大に切る。柔らかいチーズも同じように切っていく。

 それをボウルに入れ、生成した氷水をボウルの下から当てる。これを食べる直前まで冷やしておけば良い。

 ドレッシングはオリーブ油にレモンの果汁と茴香(フェンネル)の葉を細かくしたもの、そこに塩胡椒を効かせ、しっかり撹拌すれば出来上がりだ。


「よし……! 出来た」


 気付けば結構な時間が経っていた。慣れない場所なのだから、今日ばかりは仕方ないだろう。

 盛り付けまで完成させて、すべてワゴンに乗せる。

 ちなみにパンは買った物だ。さすがにパン種がない状態では作れない。

 そして食堂で準備をしていると、仕事終わりのブライル様達がやって来た。


「お、美味しそうな香り……」


 午前中わたしに付き合ってくれたフェリ様は、午後からブライル様にたっぷり仕事を与えられたそうで、少しぐったりした様子だった。何だか申し訳ないことをさせてしまった気がする。

 その点、当のブライル様はいつも通りの無表情で、疲れているのかどうかも分からない。いや、朝からずっと働いているのだから、疲れてないわけはないのだけれど。


 二人がテーブルに着くと、それぞれに飲み物と料理を盛った皿を置いていく。

 するとそれらを見たブライル様の眉がピクリと動いた、ような気がした。


「どうかなさいましたか?」

「……いや」


 祈りを捧げた後、二人はまずスープに手を付けた。一口飲んだ後、フェリ様の疲れた顔がみるみる蕩けていくのが分かった。


「おいしいいいいいい……!」


 そう声になるかならないかの言葉が溜め息と共に溢れ出た。いっそ涙ぐんでいるようにも見える。

 一体ブライル様はどれだけの大量の仕事をさせたのだろうか。そう思って彼の方に目をやれば、同じように一口飲んだところで、またしてもピクリと眉を動かせた。


「……弟子二号」

「は?」


 え、え!?

 弟子ってわたしのことですか?

 そういえば昨日そんなことを言っていた気がするが、年頃の女性に向かって二号という呼び方は如何なものだろう。しかしブライル様に名前で呼ばれるほうが何だか怖い気がしたので、この場は流すことにする。


「このスープは?」

「ブライル様がうちの店に来た時、何度か注文されてたので、それで作ってみたのですが……」

「あの店の物と味がまったく一緒だ」

「メニューの中でわたしが作らせてもらってた物がいくつかあって、このスープもその一つなんです」

「なるほど」


 ブライル様は、美味い筈だ、と小さく呟いて、それは上品に飲み進めていく。

 サラダもフェリ様曰く瑞々しさが染み渡ると、なかなか好評だった。野菜は肌にも良いですからね。

 続けて主菜にナイフを入れる。ある程度の低温で焼いたそれは、思った通り柔らかく仕上がった。


「これもメニューにあったと思うが、……ム、いや微妙に違うな」

「この豚肉のローストは、店のおじさんが作っていたのを真似た物です。だから同じ材料を使っても、やっぱりどこか違うと思います」

「そういうことか」

「でもリリアナちゃんのもとってもおいしいわ。しっとりしていて、このソースとすごく合うもの。ああ、ワインが止まらない!」


 何よりである。

 ブライル様からも文句は出なかったので、及第点というところだろう。

 そうしてすべての皿が空になり、初めての食事は無事に終わった。

 なのにブライル様は席を立とうとしない。想像も出来ないが、このまま歓談でもするのだろうか。


「弟子二号、これで終わりか?」

「ええ。あ、お茶ですか? 只今お待ちします」

「……いや、もう良い。片付けが終わったら研究室へ来るように」

「か、かしこまりました」


 深々と頭を下げれば、いつもの無表情より幾分難しそうな顔をして出て行った。

 い、今のってまさか呼び出し?


「ど、どうしましょうフェリ様! わたし何か怒らせることしましたか!?」


 慌てるわたしからポットを取り上げたフェリ様は、自分で注いだお茶を優雅に啜った。


「落ち着いて、リリアナちゃん。あれは怒っているんじゃないのよ」

「で、でも……」

「拗ねてるっていうか、ガッカリしてるっていうか。そんな感じよ」

「いやいや、ブライル様ですよ? 拗ねるだなんて」

「あんな男でも拗ねることはあるわよ。ふふ、まだ子供っぽいとこが残ってるのね」


 微笑むフェリ様の言葉に凍り付く。

 子供っぽい!

 ブライル様が!?


「ジルはね、食後のデザートが無かったことに拗ねたのよ」


 は?

 デザート?

 ブライル様ですよ?



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