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第五十五話

「なあ……これって本当に効くんだろうか」


 揺れる馬車の中、自ら調合した魔法薬を見つめながら、先輩は何度目かわからない弱音をはいた。

 薬が完成したと報告を受けたその日の夜。先輩とわたし、そして何故かブライル様までもが一緒になって、ロギアさんの家に向かっていた。その道中、先輩はずっとこんな感じなのである。


「もう少しご自分に自信を持ってください。そうですよね? ブライル様」


 薬師になって初めて新薬を開発したのだから、不安になる気持ちはわかる。だけどこう態度に出てしまっては、ロギアさんだって安心して飲めなくなってしまうのではないだろうか。


「ああそうだな。もし効かなかったら、クリス、お前の才能はそこまでということになるかもしれん」

「さ、さい……のう……」

「そう、才能だ。果たしてお前にそれがあるのかどうか」

「ひぃいい!!」

「もう! 弟子を揶揄って遊ばないでください」


 彼なりにクリス先輩の緊張をほぐそうとしているのかもしれないけれど、これでは逆効果である。

 真顔で冗談を言うブライル様を軽く睨むと、それに反応したように菫色の瞳がわたしを捕らえた。結果、慌てて視線を逸らすことになる。

 それにしても、二人きりじゃなければこうして普段通りに喋れるのに不思議だ。もちろん今みたいに、向こうから見つめられるのは苦手だけれど。いっそ目を合わさないで会話とかできないかしら?


 わたしがそんな失礼なことを考えている間も、先輩の弱気発言は続いていた。


「も、もし本当に効かなかったら……先生に助言いただいたにもかかわらず効かなかったら、それこそ弟子失格じゃないか!」


 あああああ、と魂か何かが出てしまうんじゃないかと思うくらい長く呻く先輩を、ブライル様は鬱陶しそうに眺めている。というか、ブライル様がついてきていることで、いつも以上に緊張しているのではないだろうか。本当に何でついてきたんだろう。


「ブライル様、本当に大丈夫ですか? おばさんはごく普通の平民なのですから、驚かせたりしないでくださいね」

「お前は私を何だと思っているのだ」

「お貴族様です」


 想像していた以上に常識があることは知っている。だけど意外なところで、そのお貴族様の部分が出てしまうから気が抜けないのだ。

 それに如何にも貴族であるブライル様を見て、ロギアさんが縮こまってしまわないか心配だ。クリス先輩にもやっと慣れてきたところなのに。


 いつもの場所で馬車を降り、ロギアさんの家に向かう。そしてブライル様やクリス先輩には似合わない薄暗い階段を上り、見慣れた古い扉をノックする。


「おばさん、こんばんは。リリアナです」


 扉越しに声をかけるが返事はない。何度か繰り返してみても同じく反応はなかった。


「おかしいですね。もう休んでいるのかしら?」

「いくらロギア・オロルという患者が初老でも、こんな早い時間に寝はしないだろう」

「ブライル様、おばさんに対して失礼ですよ」


 見知らぬ女性への暴言を窘めていると、ゴン、と扉が音を立てた。どうやら中から何かが当たったようだ。しかしその後は何の反応もない。何とも不可思議な現象に、わたしたちは顔を見合わせる。


「今のって……」

「入るぞ」


 わたしの言葉を遮って、ブライル様が素早く動きだした。しかし扉には中から(かんぬき)錠がかけられているらしく、ガタガタと音を立てるだけで開かない。


「クリス、手伝え」

「は、はい!」


 男二人掛かりで扉を蹴破れば、意外にも容易く閂は壊れた。安定のボロさではあるけれど、こんなもろくていざという時役に立つのかしら。

 一般家庭の防犯能力を心配しながら中に入る。しかし灯りはついておらず、部屋の中は薄闇に包まれていた。


「おばさん? いないの?」


 すると部屋の中央にあるわたしたちがいつも語らう場所、その下の方で人影のようなものが見えた。

 何だろう、すごく嫌な予感がする。


「二号、灯りを」

「わ、わかりました」


 記憶を頼りにランプを置いてある所へ行き、隠すように火をともせば、見慣れた部屋の様子がぼんやりと浮かび上がってくる。そして人影が見えた辺りーーテーブルに寄りかかるような形でロギアさんが倒れていた。


「おばさん!」


 慌てて駆け寄り、状態を確認する。僅かに意識はあるようだが、見たこともないほど苦しそうに胸を押さえている。

 扉の近くにはロギアさんの靴が片方だけ転がっていて、突然訪問したわたしたちに自分の存在をどうにか知らせようと力を振り絞ったことが推測できた。


「例の発作だな」

「ブ、ブライル様、どうすれば……。そうだわ、先輩の薬……」

「それよりも先に、まずは発作を止める必要がある。クリス、この女が日頃飲んでいた薬はどこだ」


 そうブライル様が問いかけたが、クリス先輩からの返答はない。


「おいクリス!」


 苛立ったようにブライル様が振り返る。そこには顔面蒼白の先輩が、呆然と立ち尽くしていた。ロギアさんを見つめ、その手はカタカタと震えているようにも見える。

 そんな様子の先輩を見て、ブライル様は小さく溜め息を吐いた。そしておもむろに先輩の前に立ち、その白く柔らかそうな頬を思い切り引っ張った。


「しっかりしろ、クリスティアン・ハイネン! お前の患者だろう」


 その言葉に、先輩はハッと我に返り、背筋を伸ばした。


「も、申し訳ありません!」

「謝罪はいい。それより発作の薬はどこにある」

「く、薬なら、いつもポケットに入れていると。でもそれは平民の薬師が調合した効き目の薄いもので……」

「そうであっても薬は薬だ。ここに発作を抑えれるものはそれしかない」


 そう言いながらブライル様はロギアさんのポケットをまさぐった。


「二号、水を用意しろ」

「は、はい」

「クリス、お前はこの薬をなるべく細かく砕け」

「わかりました」


 お師匠様の指示のもと、わたしたちはそれぞれ動き出す。そしてブライル様は自分の服の内側から、何やら入れ物を取り出した。その入れ物から一つ小さな魔石を取り出し、受け取った水に沈めた。


「ブライル様、これは一体……」

「緊急用の精霊水を作っている。あくまで簡易的なものだがな」

「でもあれは一晩魔石を浸けておかなければならないのではないのですか?」

「本来ならばそうだが、緊急と言っただろう。通常の術式の他にその効果を早める術式を足しておいた。数分もすれば使えるようになるだろう」

「そんな便利な使い方が……」

「但し、いつものものより魔力に対する反応は弱い。よって普段の利用に勧めはしない」


 そんな会話をしていると、クリス先輩が目の前に器を差し出してきた。中ではロギアさんの薬が粉々になっている。


「先生、できました」

「よし。ではクリス、いつものように魔力を注ぎながらこの水と薬を混ぜ合わせろ」

「魔力、ですか?」

「ああ。お前が言うように効き目が薄いのなら、僅かでもそれを上げてやれば良かろう。普通に飲むより多少マシだ」

「そんなことが……!?」


 話を聞いたクリス先輩が、ついさっきのわたしと同じ反応を見せた。なるほど、ブライル様は同じ魔法薬師でも知らないような、独自の利用法をいくつも持っているらしい。

 とにかくブライル様がおっしゃるには、魔法薬には遠く及ばないが、その作り方を応用して少しでも効果を上げようということなのだろう。本当にそんなことが可能なのかと疑いたくなるけれど、そこはもうブライル様を信じるしかない。

 クリス先輩はとっくに信用しているようで、言われた通りに魔力を注ぎ始めた。その間にわたしはロギアさんの頭と背中の下にクッションを挟み込む。

 少しして先輩の手元がぽわんと光った。魔力を注ぎ終わったらしい。


「おばさん、今から薬の入った水を口に入れるからね。苦しいだろうけどお願い、頑張って飲んで」


 依然発作が続いているロギアさんの耳元で告げれば、苦しそうな表情のまま、かすかに頷いたのがわかった。

 そして先輩がロギアさんの口元にゆっくりと薬を流し込む。


「どうだ、飲めているか?」

「はい、少しずつですが。ちゃんと喉も動いています」


 しばらく様子を見ていると、次第に苦悶の表情は薄れ、穏やかなものへと変化してきた。さすが魔法薬の力を借りた薬だけはある。

 もうしばらくすると、ロギアさんの意識もはっきりと戻った。


「おばさん、気分はどう? 痛いところはない?」

「あ、ああ……すまないね、もう平気だよ」


 その言葉に、ホッと胸をなでおろす。先輩も気が抜けたように肩の力を抜いた。




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