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第五十二話

皆さま、本日12/10は書籍版『魔法薬師が二番弟子を愛でる理由』の発売日です( ^ω^ )

「ロギア・オロル。どうだ具合は?」


 持ち帰った薬草を調合してできた魔法薬。それをロギアさんに飲んでもらったのが昨日。魔法薬とは便利なもので、この薬の場合一日も経てば効果が現れるらしい。それに合わせて、クリス先輩とわたしはロギアさん宅に赴いていた。


「それが……まだ痛みが続いてて」


 申し訳なさそうに眉を下げるロギアさんからの返事は、芳しくないものだった。


「……そうか、あれでは効かなかったか」


 がっくりと肩を落としているクリス先輩を見て、ロギアさんまで萎縮している。

 きっと一番自信のあるものから試したのだろうけど、雰囲気がこれじゃあいけない気がする。治療する側とされる側、どちらの気持ちも下を向いてしまっているもの。


「二人とも、まだ最初ですよ。ねぇ先輩、他にも考えている薬はいくつかあるのですよね?」

「あ、当たり前だろっ」

「じゃあ可能性は充分あるじゃないですか。痛みが取れるのにはもう少しかかるけど、おばさんも頑張りましょう」

「あ、ああ、そうだね。あんたの言う通りだ。クリスティアン様、どうかよろしくお願いします」


 恭しく頭を下げるロギアさん。それを見た先輩は、「任せておけ!」とやっと背筋を伸ばした。


 目の前の患者さんから頼られたことでやる気を浮上させた先輩は、すぐさま次の調合に取り掛かった。

 しかし何度試みても、ロギアさんの胸の痛みは消えることはなく、先輩の気力がみるみるすり減っていくのが見えた。






 そしてその日も買い物ついでに市場内の店の方へと訪れ、体の様子を聞いた。しかし変わらぬロギアさんの答えに、先輩はその場に蹲り、地面に埋まるのではないかと心配になるくらい項垂れた。

 先輩が今思いつくすべての調合を試し、それがすべて失敗に終わったのだ。

 落ち込んでしまった先輩をどうにか立ち上がらせたが、その目は虚ろで、かろうじて残っていたやる気も死んでいる。


「一体何がダメなんだ。どうすればいい」

「先輩……」

「……先に戻って良いぞ。少し、歩きたい」

「いえ、わたしもご一緒します」


 この状態ですぐに研究室に戻るのは、あまり良くないかもしれない。それに一人にはしておけない。


「やっぱり、僕じゃ、先生みたいには上手くできない」


 城へと続く道をふらふらと歩きながら、先輩は誰に向けてでもなく呟いた。フードで表情は隠れているが、途方に暮れ、すっかり自信を失っているようだった。


「そんなことありません」と、咄嗟に否定したものの、先輩がそれに反応することはなかった。


「とにかくもう一度じっくりと考えてみましょう? 別の手段があるかもしれませんし。それでまた休みの日に薬草を取りに行きましょう。ね?」


 どうにか絞り出した言葉をかければ、微かにだが頷いてくれた。

 先輩もわかってはいるのだろう。「諦める」=「魔法薬師を辞める」ことに繋がってしまうと。だから思いつく手はなくとも、動かなければならない。

 そこから少しでも自信を取り戻してくれればいいのだけれど。


 そうしていつもより長い時間をかけ、ようやく城内に戻ってきたわたしたちだったが、何故か突然現れた大きな影に行く手を阻まれた。ぎょっとしてその影を見上げるとーー


「何だ、そのみすぼらしい恰好は」

「あ、兄上……っ」


 今一番会いたくない人物、クリス先輩のお兄様であるヘンリック・ハイネン様が厳しい眼で立ち塞がっっていた。

 ヘンリック様の品定めするような視線に、先輩は慌てて庶民マントを脱ぎ捨てる。わたしはそれを受け取り、後ろへと下がった。


「クリスティアン、いつも言っているだろう。我がハイネン家の名を汚すような真似はするなと」

「……申し訳ありません」

「ところで、例の件はどうなっている」

「そ、それは取りかかっているところで……」

「だが今のお前の顔を見るに、何の成果も上がっていないのだろう? 違うか」

「……」


 間髪を容れず核心を突かれ、先輩は言い淀む。思うような結果が出ていない今の先輩には酷な質問だ。そんな弟の様子に、ヘンリック様は益々厳しい眼を向けた。


「フン、やはりな。薬師にできることなど、たかが知れてる。しかもお前のような新米に何ができる。先のない薬師などさっさと辞めてしまえ。そして私のように武官に、それが無理ならせめて文官になれ」

「い、いやです! やっと……やっと先生の弟子になれたのに」


 その縋るような返答に、ヘンリック様はやれやれと溜め息を吐いた。


「またジルヴェスター様か。お前の盲目具合には呆れて物も言えん。では、あの御方が薬師を辞めればどうするのだ。ジルヴェスター様こそ、いずれ文官の道に進まれるのだぞ。そんなに慕っているのなら、どうせお前もついていくのだろう? ならば今辞めても同じではないか」

「それは……」


 反論しようとしたのだろう。だけど先輩は、それきり口を噤んでしまった。


「まあそこまで言うのなら、もう少し足掻いてみるといい。どの道を選ぶのが正しいか思い知るだろう」


 そう言い残してヘンリック様は去っていった。残されたのは打ちひしがれたクリス先輩。

 その彼にずっと思っていたことをぶつけてみた。


「先輩」

「……なんだ」

「お兄様と似てらっしゃいませんね」

「それ今言うことか!?」


 くわ、と吠えた先輩だったが、勢いは瞬く間に萎んでいく。


「兄上は剣の腕も立つし、騎士団でも有望株だ。それに比べて僕は……」

「あ、そういうことではなくて」

「じゃあ何だよ」

「ヘンリック様では魔法薬師は務まらなそうというか」

「は?」

「逆にクリス先輩は騎士団というイメージは湧かないというか」

「お前喧嘩売ってるのか」

「違いますよ。だから何と言いますか、どちらとも成るべくして成ったみたいな」

「わけのわからないことを言うな」


 先輩の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。すみませんね、語彙が乏しい妹弟子で。


「まあいいです。じゃあ先輩、帰りましょうか」

「……」

「ロギアさんが……患者さんが先輩の薬を待っていますよ」

「わかってるさ」


 研究所に戻ると、先輩はそのまま研究室に籠ってしまい、夕食の時間になっても出てくることはなかった。


「クリスくんどうしたのかしら。リリアナちゃん知ってる?」

「い、いいえ」

「放っておけ。彼奴も面倒くさい年頃なんだ」


 ブライル様は放任主義みたいだけど、しかし何も食べないのはよろしくない。何より成長期の男の子なのだから。

 そう思い、厨房へパタパタと駆けていく。するとーー


「リ、リリアナ?」


 その厨房から、アニエスがひょいと顔を覗かせた。どうしてここに?


「ごめんなさい。裏口から声をかけたのだけど、居なかったから中で待たせてもらったの」

「それはいいけど、どうしたのアニエス。もう日も落ちてるのに」

「仕事終わりに寄ったの。この前のソルベのお礼をと思って」


 そう言ってアニエスは可愛らしい包み紙を渡してきた。中身は美味しそうな焼き菓子だった。ブライル様が喜びそうだ。


「そんな気を使わなくて構わないのに。わたしこそ、その前に貴女から桃をもらったもの」

「ううん。ソルベ、本当に美味しかったから」


 アニエスは笑った。だけどその笑顔に力はなく、疲れているようにも見えた。


「アニエス、大丈夫? 仕事忙しいの?」


 そう問えば、ハッと顔を強張らせた。


「疲れているなら早く休んだ方がいいわ。そうだ、よく眠れるお茶があるの。お風呂上がりにこれを飲んだらぐっすり眠れるわよ」

「……ありがとう。じゃあわたしそろそろ」

「気をつけてね。また近くにお茶会しましょう」

「ええ……ごめんね、リリアナ」

「良いのよ。本当に気をつけて帰ってね」


 最後にもう一度「ごめんなさい」と言ったアニエスが、やはり苦しそうで、それが少し気になった。

 ああ、だけど今はクリス先輩だ。


 ちょっとでも食べやすい物をと、スープを作って持っていく。これで食欲が湧いてくれれば、何かお腹にたまる物を作ろう。

 ノックをして研究室に入ると、中では先輩が様々な薬草をすり潰していた。どうやら薬を作る気力は僅かでも残っているようだ。


「クリス先輩、少し休憩しませんか?」


 わたしの声に振り向いた先輩は、疲れた表情を見せながらもスプーンを持ってくれた。

 そして一口飲むと、噛みしめるように息を吐いた。


「……うまいな。でも変わった風味がある。どこか爽やかな」


 良かった。まだ味わえる余裕があるようだ。


「心を穏やかにする効能があるという薬草を入れてみたのです」

「薬草?」

「ええ、先日の薬草採取の時に、ブライル様から食べられると伺って。メリルという薬草だそうです」

「なんだ、魔草か。最近じゃ魔草を食べるなんて……」


 そこまで言って、スプーンを持ったまま先輩は固まった。


「どうしたのですか?」


 声をかけても反応しない。

 え、まさか毒草だったとかではないでしょうね。そう心配したのも束の間、先輩は勢いよく立ち上がり、部屋を飛び出した。


「クリス先輩!?」



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