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第四十四話

 お土産にとチョコレートを持たせてくれたエアハルト様は、小さく手を上げ、爽やかに去っていった。その姿を見送ると、漸く安堵の息を吐いた。同じようにふぅ、と息を漏らしたクリス先輩。しかしエアハルト様の背中が見えなくなった途端、ぐるりと勢い良くわたしの方に向き直った。……おおう、顔が怖いです、クリス先輩。


「お・ま・え・は! どうしてこうも厄介事ばかりに関わるんだっ」

「そ、そんなこと言われましても、わたしが好きで関わったのはアニエスだけですっ。それ以外は知りません。無関係です」

「そのアニエス嬢のことにしてもだ。先生もああ見えて心配してるんだからな」


 突然ブライル様の名前が出てきて、否応にも反応してしまう。


「そんなわけ、ないじゃないですか」

「何でそんなに頑ななんだ」


 だけどクリス先輩は、その反応に呆れているようだった。年下の先輩にそんな態度を取られ、いっそ子供になった気分になる。まるでわたしが意地を張っているみたいじゃないか。


「そ、そんなことより先輩が今おっしゃったことですよ。エアハルト様とはそんな厄介なお方なのですか?」


 そう問えば、クリス先輩は難しい顔をして唸った。


「うーん、あの方が……というか周囲が厄介というか……」


 おやおや?

 珍しく歯切れの悪い物言いだ。


「エアハルト様の周囲がどうかしたのですか?」

「いや、僕がとやかく言うことじゃないな。とにかくお前はなるべく関わらないようにしろよ。どのみち本人も厄介なのは変わりないんだからな」

「はあ」


 不思議なことに、関わるなとエアハルト様のことを言われても、まったく腹が立たない。むしろ少しホッとしている部分もある。

 どうやらこれは、わたし自身が仲良くしたいかどうかが関係しているのだろう。何という勝手な話だ。自分のことながら嫌になる。


 喋りながら歩いていると、すぐに辻馬車の乗り場に着いた。しかしここに来てみたのは良いけれど、どうやらクリス先輩は乗る気にはならなかったらしい。きっと馬車ではすぐに城に着いてしまい、じっくりと話す時間が取れないと思ったのだろう。わたしも何となく歩きたい気分だったので、ちょうど良かった。


 城までの道を二人並んで歩く。いつも一人で歩く道なのに、貴族のクリス先輩が一緒だと何だか変な感じがした。


「それで、どうしてエアハルト様と一緒だったんだ?」

「えっと……買い物の途中にですね、前の職場のお客さんにしつこく言い寄られていたところをあのお方に助けていただいたのです。それでお礼にお茶を付き合ってほしいと言われ……」


 そこまで言って、クリス先輩が隣でぽかんと口を開けていることに気がついた。


「……何ですか? 変な顔をして」

「い、いや、その……言い寄られるっていうのは、そういう意味か? というかリリアナ・フローエ。お前は意味を知ってるのか?」

「失礼ですね、それくらい知っていますよ。だからそのお客さんに結婚を前提にナンタラと迫られていたのです」

「け っ こ ん !?」


 何だ何だ、その不可解な表情は。確かにわたしは先輩の妹弟子ですけど、二歳もお姉さんなのですからね。十八歳にもなれば、そんな色恋めいたことも出でくるでしょうよ。

 まあ、わたしにはまったく必要ないのだけれど。


「そ、それでお前は何と答えたんだ?」

「もちろんお断りしましたよ。だってわたしのことをブライル様の愛人だの妾だのと言ってきたのですよ。ブライル様を蔑むにも程があると思いませんか?」


 アヒムさんに言われた言葉を思い出しで、再び怒りが込み上げてきた。なのにクリス先輩は又してもぽかんと口を開けている。一体どうしたのだろう。

 先輩のことだから「何だと!? 先生を侮辱するなんて万死に値する!」くらいは言いそうだと思ったのだけれど。


「まったくお前は……ハァ」


 しかも溜め息まで吐いてくださいました。

 なのに「どういう意味ですか」と問えば、「何でもない」と躱される。そんなやり取りを何度か続けていれば、いつの間にかエアハルト様の話に戻されていた。ぐぬぅ。


「それであの方とどんな話をしていたんだ?」

「大したことは話していません。ブライル様の下で働いているということで、興味を持っただけのようです」


 考えれば、わたしが怒られるのもおかしな話だ。結局はブライル様が皆に注目されているだけなのに。

 言うなれば、わたしは被害者なのではないだろうか。そう思えば凹んでいた気持ちも幾らか浮上するというものだ。

 なので、さっきからずっと気になっていたことを訊くことにした。


「クリス先輩こそ、お兄様と何を話していたのです?

 兄弟が和気藹々で、とは見えませんでしたけど」

「……ふん、お前には関係ない」

「魔法薬研究所を辞めて、騎士か文官になれと言われていたように思うのですが」

「聞こえてるじゃないか!」

「そりゃあ、あんな大きな声で話していたら、嫌でも耳に入りますよ」


 そう言えば、ばつが悪そうに眉を顰めた。


「だけど何故辞めなければならないのですか? 魔法薬研究だって立派な仕事だと思うのですけれど」


 お兄様の言い方では、武官や文官の方が立場が上の様に聞こえた。わたしは平民だし部外者だから詳しい内情は知らないけれど、先輩に問えば、「(まつりごと)に深く関わるということに重きを置くならそうかもしれないけど、それ以外は関係ない」と教えてくれた。じゃあどうして。


「それは家庭の事情というやつだ。我がハイネン家は、代々騎士の家系なんだよ。父上や兄上は騎士というものに誇りを持ってる。だから僕も子供の頃から、騎士になるように教育されていた。でも家族の思惑とは違い、魔法局に入局した。兄上はそれが許せないんだと思う」

「そんな……やりたいことがあるのだから応援してあげればいいのに。好きな職業に就くのが、そんなにいけないことなのですか? だってそれが一番幸せなことですよね」

「家にもよるだろうけど、ハイネン家では許されてない。こういう家は多いだろうな」

「……そうですよね、お貴族様ですものね」


 家業を持たない平民なら、ある程度職業選択の自由はあるだろう。でも貴族はそうもいかないのだろう。

 でもブライル様はどうなのだろう。代々宰相の家系なのだと、以前フェリ様が教えてくれた。案外ブライル公爵家は自由なのかもしれない。


「それでどうするのです? 研究所、辞めるのですか?」

「辞めるわけないだろう! せっかく弟子になれたんだ。先生に捨てられる様なことがない限り、意地でも離れるもんか」


 熱く断言するクリス先輩をしょっぱい気持ちで見つめる。どれだけ師匠大好きっ子だ。


「しかしそうなれば、お兄様がおっしゃったように、何かしらの成果を上げるしかないというわけですね」

「うっ……」


 クリス先輩はまだ魔法薬研究所に所属して一年しか経っていない。もちろんその間、一所懸命勉強したのだろうけど、何せ魔法薬は覚えることが多過ぎる。

 発見されている薬草の種類だけでもすごい数なのに、その効能、幾通りもある組み合わせ。それらをすべて覚えるだけで、普通の人なら数年はかかるらしい。それでもまだ発見されてない薬草や組み合わせがごまんとあるというのだから、魔法薬は奥が深い。深過ぎる。

 そんなものを無理やり教え込まれているわたしは、やはり被害者なのだろう。


「とりあえずブライル様に相談されたら如何ですか? 何かしらの手立てを考えてくれるかもしれませんよ」

「ダメだ。僕ごときの問題で、先生のお手を煩わすわけにはいかない」


 まあ、そう思う気持ちはわからなくもない。もし本当にルディウス様が何かしら仕掛けきたとして、ブライル様やフェリ様たちに迷惑をかけるのはわたしだって嫌だ。


「だからお前も言うなよ。わかったな」

「はい、了解しました」


 ここに兄妹弟子の密約が交わされたのだ。




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