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第四十話

「……どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ」


 自分でもわかるくらい、低い声が漏れた。久しく出していない声色に、和やかだった筈の空気が震えたのを感じる。それを感じ取ったフェリ様が、わたしたちの様子をおろおろと伺っていた。


「その女がどうだとは知らぬ。興味もない。だが面倒なことに巻き込まれる前に、手を切っておけ」


 返ってきたあまりの返答に、胃の辺りがモヤモヤしてしまう。モヤモヤしてぐるぐるして、何だかすごく気持ち悪い。


「アニエスとは友達なのです。彼女からならともかく、わたしからは縁を切りたくありません」


 はっきりとそう言えば、わたしを見据えていた菫色に、気怠さと冷ややかさが混じる。こんな話をしていること自体、面倒臭いと思っているのだろう。


「確かにわたしはブライル様に雇っていただいています。だけどいくらそのブライル様からだとしても、そこまで干渉される謂れはないと思うのですが」

「おい、リリアナ・フローエ! 先生に対して、口が過ぎるぞ!」

「よせクリス。構わない」


 わたしの無礼を諌めるクリス先輩を、ブライル様が抑える。そしてわたしに対する温度は変わらぬまま、静かに立ち上がった。


「私も交友関係まで口出ししたくはないが、まあ良い。お前がアニエスとやらと仲良くするのなら好きにするがいい。だが、どうなっても私は関知しない」

「先生!」


 そう冷たく突き放した言葉を言い残して、ブライル様は食堂から出て行った。慌てて、クリス先輩も追いかけていく。わたしはそれを、何とも言えない気持ちで見送った。


 ついさっきまで、いつも通りの雰囲気だったのに、どうしてこうなったのだろうか。わたしがルディウス様の名前を出したのがいけなかったのか。だけどそれってここまで拗れる内容なのだろうか。


 初めて見せられた、あからさまな負の感情。それを真正面から向けられたのは、ルディウス様であり、わたし自身でもある。

 少し勘違いしていたのかもしれない。

 ブライル様は、時々優しい言葉をかけてくれるから。わたしの憂いを共有したいと言ってくれたから。守ると言ってくれたから。

 だからほんのちょっとだけ、特別な気分になっていたのだ。自惚れるのもいい加減にしろ、と数分前までの自分に言いたい。


 まあしかし、結果は悪いなりに良い方に出た。ブライル様から「好きにしろ」と、言ってくれたのだから。彼にそんな命令をされても、簡単に「かしこまりました」とは言えない。


 これまでにも魔法薬の勉強や旅の同行など、わたしの意思と反した決定がなされたことはあった。けれどそれらは、無理やりでもちゃんと納得したから良いのだ。

 でも今回のことは、ブライル様の思惑通りに進めるわけにはいかない。だってあまりにも理不尽だ。


「フェリ様。わたしは誰かと仲良くするのに、ブライル様の許可が必要なのですか?」

「そんなことないわ。リリアナちゃんが友達を作るのは自由よ」

「そうですよね。それが普通ですよね」

「でもね、これに限ってだけど、ジルの言っていることも私は理解できるのよ」

「そんな、フェリ様まで?」

「誤解しないで。アニエスちゃんに何かあると思っているわけじゃないの。それはジルも同じよ」

「ブライル様は……そうでしょうか?」


 ついさっきまで目の前にいた彼の表情を思い出ぜば、フェリ様の優しい言葉を信じたいという気持ちが、わたしの中で揺らいでしまう。


 魔憑きのせいで、幼い頃から、たくさんの嫌な感情をぶつけられてきた。だけどそれは、ある意味仕方ないと諦めていた部分がある。

 けれど、これは何ていうか……悲しい。ブライル様を慕っていた部分があるだけに、悲しくて悔しい。彼からすれば、わたしなど簡単に切り捨てられる存在なのかもしれない。


「ジルはちょっと言葉足らずなところがあるから。リリアナちゃんも知ってるでしょう?」

「……まあ、それは、はい」


 わたしも皆と毎日一緒に過ごしていたら、それぞれの性格くらいはわかってくる。中でもブライル様は、時々要点しか話さないことがあるから、わたしのように頭の回転が遅いと、その言葉を噛み砕いて理解しなければならない。じゃあ今のもそれだと言うのだろうか。


「アニエスちゃんが仕えているルディウスはね、それは鬱陶しい男なのよ」

「鬱陶しいって……」


 確かにルディウス様の名前を出した時、ブライル様だけでなくフェリ様までもが微妙な態度だったから、お二人とはあまり相性は良くない方なのかしら、と予想はしていたけれど。


「あの男は昔からジルをライバル視してて、何かと突っかかってくるのよね。ジルも最初は嫌々ながら相手してたけど、いい加減疎ましくなっちゃって。それからはずっと無視してるの」


 確かにそれは鬱陶しい。しかもブライル様が一番嫌いなタイプではなかろうか。


「でもそれって逆効果ではありませんか? そういう方は、相手にされなくなると余計ムキになるのではないでしょうか」

「そうなのよ。しかも直接勝負しても勝てないってわかると、仕事に絡めて嫌がらせしてくるようになったのよね。定例会議の度に無茶な依頼が入るのも、ルディウスが関わってるのに違いないんだから」


 それじゃあこの前の傷液薬五百個というのも、ルディウス様の差し金なのだろうか。アニエスの仕えている御方がそんなことをするなんて、考えたくないのだけれど。


「リリアナちゃんとアニエスちゃんが友達だって知られれば、ルディウスはアニエスちゃんを使って何かを仕掛けてくるかもしれないわ」

「そんな、まさか。アニエスはそんなことしません」

「でも命令なら、アニエスちゃんだって逆らえないでしょう? そしてその矛先が、リリアナちゃんに向かうかもしれないの」

「わたし、ですか?」

「ええ、ジルが一番心配しているのはそこよ。リリアナちゃんに何か起こるかもしれない。それを危惧してるの」


 ブライル様が心配? それこそ『そんな、まさか』だ。

 ああ、別にわたしの身が心配なんて言ってないか。おそらくわたしを起点として、フェリ様たちや研究所自体に被害が及ぶのを心配しているのだろう。


 それにわたしに何かあれば、料理が作れなくなるかもしれない。そうなればブライル様は毎日甘味が食べれなくなって、結果わたしはお払い箱になる。


 ああもうダメだ。

 どうしてこんな卑屈で悲観的にしか、物事を考えられないのだろう。本来なら、わたしはもっと能天気な性格をしていた筈だ。何か言われたって、大して気にも留めない。そんな人間だった筈なのに。


 途中からは自分からこうなるように会話を持っていったくせに、ブライル様に突き放されたことを、こんなにもショックに感じてしまうだなんて思わなかった。


 大丈夫、大丈夫。

 こんなことは慣れているじゃない。


 ブライル様を怒らせてしまったけれど、それについてはきちんと謝ろう。仮にもお貴族様に楯突いたのだから。許してくれないかもしれないが、その時はその時で考えればいい。


 そしてフェリ様の言う通り、ルディウス様がアニエスを使って何か仕掛けてきたとしても、できる限り自分でどうにかしよう。その為には、ちゃんと魔法薬の勉強をして、魔力についても学ばなければならない。そこについてはブライル様の力を借りることになるが、弟子が学びたいと言っているのだから、嫌とは言わないだろう。まだ解雇はされてないのだから。


 今後の方向性が決まって、漸く少し落ち着いた。アニエスとの関係を守る為にも頑張らなくては。


 ああ、それにしても色々と(こた)えた。

 ブライル様に刃向かってしまったことが最善だったのか、自分でもわからない。わかるのは、ブライル様にだけはあんな目で見られたくなかった、ということだけだ。




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