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第四話

「……お世話係というのは具体的にはどのような?」

「簡単なことだ。炊事、洗濯、掃除、その他諸々の雑用をこなすだけで良い」

「だけとおっしゃいますけど、それ中々の仕事量ですよね!?」


 料理人や使用人などは、それぞれ担当が分かれていると思うのですが。それをわたし一人で賄えと。

 オネェさん曰く、ブライル様は出入りする人間が多いのがあまり好きではないそうだ。なるほど。


「魔法を使えるお前ならば、ある程度短縮出来るであろう。それに給金は、今の五倍出そうではないか」

「ごごごご五倍!?」


 五倍ということは、ちょっと贅沢したとしても、余裕を持って生活出来る。仕事帰り、話題のお菓子屋さんに寄ったり、休日には、お洒落して出掛けたり。

 わたしだって、そういうことを夢見る年頃なのだ。


「べ、別にお金目当てってわけじゃないですけど、本当に五倍も出してくれるんですか?」

「……口元が異様にニヤけているが何も言うまい。とにかく本当だ。私は嘘を吐かない、たまにしか」


 たまには嘘を吐くんですね。

 だけど今回は嘘ではない、と。


「情報によると、昨日付けで仕事を辞めてきてるらしいではないか。それで生活はしていけるのか?」

「そ、それは魔憑き研究に送られるとおもったから……」


 しかし辞めたのは正解だ、とブライル様は頷いた。


「お前が火傷を負った子供の応急処置をしたあの時、確かに他の客は気付いていないだろう」

「そう、ですよね」

「しかしたった一人だけ、見ていた者がいる」

「ですからそれは貴方様が……」


 そう、気付いたのはブライル様だけの筈。


「子供の親だ」

「……え?」


 親? あの子の?

 咄嗟にあの時の状況を思い出し、サッと血の気が引いていく。

 わたしはテーブルの影に隠れていて、そこから見える範囲には注意を払っていた。だけど確かに正面は気にしていなかったかもしれない。座ったままでいれば見えないだろうけど、自分の子供が怪我をしたのに座ったままなんておかしいもの。

 だから十中八九、ブライル様の言う通り見られたのだろう。なのに騒ぎはしなかった。


「子供のことが心配で、騒ぐどころではなかったのだろう。しかも一応、お前は子供を助けてくれた恩人でもあるわけだからな。だがほとぼりが冷めればどうなる。あの親はいつまで秘密を抱え込んでくれるのだ」

「そ、それは……」

「例の噂からか、魔憑きというものは忌むべき存在となっている。ならばお前のことも時間の問題だろう」


 人が抱えるには、あまりに大きな秘密だ。それをずっと黙っていてほしいなんて、虫が良すぎる話である。

 それにわたしは命の恩人のような大層なものではなく、ちょっとした怪我を手当てしただけなんだもの。それは店の従業員として当たり前の行動だ。彼らが恩を感じる必要はない。


「お前が魔憑きだということが広まれば、研究局も動き始めるだろう。そうなれば、お前が危惧している通りの展開になるかもしれないな」

「そんな……!」


 ブライル様の言葉に、顔が青ざめる。

 嫌だ、嫌だ。研究局になんか捕まりたくない。

 ここに来るまではそれも覚悟していた筈なのに、一度でも希望を与えられてしまったら、その覚悟なんて脆く崩れてしまう。


「だから私の手元にいれば、多少なりとも安全だ。あちらも簡単に手出しは出来なくなる」


 そう言われてしまえば、もうどうしようもない。わたしの答えはやっぱり一つしかないのだ。


「ここにいれば、大丈夫なんですね……?」

「絶対に、とは言えないが、私も出来る限り協力しよう」


 ブライル様がそう言ってくれた。オネェさんも頷いてくれる。縋るものがないわたしにとって、これは


「……よろしくお願いしますっ」


 ぴょこんと頭を下げれば、よろしくね、とオネェさんが手を差し伸べてくれる。貴族の御身をそんな軽々しく触って良いのかと悩みながらも、恐る恐るそれを握り返した。いくら線が細くても、やはりどこか女性の手とは違う。


「フェリクス・アルトマンよ。どうぞフェリって呼んで」

「リリアナ・フローエと申します。フェリ様」

「リリアナちゃん。ふふ、名前も可愛いのね」


 一通り挨拶が終わったところで、ブライル様が今後のことを告げていく。

 仕事は明日からで良いらしい。食事は明日の夕食からということになった。まあこちらとしても準備があるしね。


「それと、お前には住み込みで働いてもらう」

「住み込みですか?」

「この研究所は忙しい。故に泊まり込むことも珍しくない」

「ジルなんて、ここに住んでいるも同然なくらいだもの」

「別に通いでも良いが、朝食を作るのに間に合うのか? お前の借りている家から、ここまでどれくらいかかるのだ」


 わたしの住んでいる場所は、賃料が安い町外れにある。だから今日もお城に来るまでに、一時間近く歩いてきたのだ。それが毎日になると、ちょっと勘弁してもらいたい。


「住まわせてもらいます」


 それに家賃が浮けば、それだけ贅沢が出来るじゃないか。貯金もたくさん出来て、将来自分の店を持つのも夢ではなくなるかもしれない。


「ではフェリクスに案内してもらえ」


 そう言って、ブライル様は仕事に戻っていった。

 本当に仕事が立て込んでいるらしい。新しい実験に研究の報告書作成、王族や貴族からの注文依頼。

 お貴族様も大変だ。



 それからフェリ様に屋敷内を案内してもらった。

 厨房、保管庫、食堂、洗濯場、風呂場など、わたしに関係ある場所を中心に。だけどそのどれもが汚れていたり散らかっていたりと、散々な有様だった。これは掃除のしがいがある。

 研究室や薬品置き場は、また改めて案内してくれるらしく、最後にわたしが住むことになる部屋へ行くことになった。

 二階の一番手前にある扉を開けると、そこには真新しい天蓋付きのベッドや可愛らしい家具、小花柄の壁にレースのカーテンなどが目に入ってきた。まるでお伽話で読んだお姫様の部屋である。


「わあ! 本当にこの部屋を使って良いのですか?」

「ええ、ここがリリアナちゃんのお部屋よ。気に入ってもらえたかしら?」

「もちろんです!」

「良かった。リリアナちゃんが気分良く働けるようにって、ジルが整えさせたのよ」

「ブライル様が!?」

「色々選んだのは私だけどね。ジルに任せるととんでもなく無機質な内装になりそうで」

「そんな……、ありがとうございます」


 嬉しい。本当に嬉しい。

 目頭が熱くなるのを堪える。

 フェリ様だけじゃなく、ブライル様までもがわたしを気にしてくれていたなんて。まあ彼に言わせると、『辛気臭い部屋が原因で、仕事が疎かになると困る』というのが本音なのだろうけれど。

 ところで何故わたしの返答もないうちから部屋を準備していたのかはこの際考えないようにする。


 そしてその日のうちに、借りていた部屋を引き払って、屋敷に荷物を運んだ。賃貸契約の解除やお城に住む手続きみたいなものも、全部フェリ様がやってくれた。ありがたい。

 平民や城勤めをしていない貴族がお城を自由に出入りするには、城が発行した証明書か、許可証明印の押された指輪や首飾りが必要になる。

 これらは魔道具らしく、複製は出来ないらしい。偽物が出回って、むやみやたらに出入りされると困るからね。

 その中からわたしは首飾りを選んだ。証明書は無くすと困るから部屋に保管したいし、指輪は仕事の邪魔になるからだ。

 ちなみに城下へは馬車で移動したのだが、こんな綺麗な馬車に乗ったのは初めてだ。わたしが王都に来た時は、オンボロの乗り合い馬車だったから。

 そんな馬車を御者ごと出してくれるお城って、本当にすごい。



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