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第三十八話

 翌日、わたしは冷蔵装置の威力に感動した。


「おおおお、冷えてる……!」


 昨日のうちに入れていた食材が、しっかりちゃんと冷たいのだ。牛乳やチーズ、お肉に野菜、果物も。

 これで毎日買い物に行かなくても済むかもしれない。

 一方、冷凍装置の方にはまだ何も入ってはいないが、それはこれから能力を発揮してもらおう。


 昼食の後、早速氷菓子作りに取り掛かる。と言っても、作り方はごくごく簡単なものだけれど。

 さて、どんな味にしようかと考えていると、


「リリアナ、いるかしら」


 可愛らしい女の子が厨房の裏口から顔を覗かせた。手には籠を持っていて、そこから独特な甘い香りが漂ってくる。


「あらアニエス? どうしたの?」

「あのね、知り合いから桃をたくさんいただいたのよ。でも桃って傷みやすいでしょ? だから少しで申し訳ないけど、貰ってくれないかしら」

「本当に? 嬉しい、今からデザート作ろうと思ってたの。ちょうど良かったわ」


 桃ならブライル様もお好きなはずだ。前に市場でじっくりと見ていたくらいだし。


「デザート? 何を作るの?」

「えっとね、ソルベにしようかなって」

「ソルベって、氷菓子でしょう? そんな物どうやって作るの?」


 不思議がるアニエスに、ブライル様が用意してくれた冷蔵装置と冷凍装置を紹介した。もちろん魔石のことは内緒で。

 この様な装置は、王城や高級なレストランにはあるだろうし、もしかすると貴族の屋敷にもあるのかもしれない。

 しかしアニエスは見たことがないらしい。冷蔵装置の中に手を入れ、その冷たさに驚いていた。


「優しいご主人様ね。使用人の仕事にまで心を傾けてくれるなんて」

「え、ええ……本当に」


 確かにブライル様はわたしの願いを叶えてくれたけれど、実際は氷菓子に釣られたのだとはとても言えない。

 それに使用人ではなくて弟子兼お世話係なのだが、それも訂正するのは止めた。わたしも魔法薬を作っていると話せば、必然的に魔憑きであることがバレるし、それ以外の業務は使用人となんら変わらないからだ。


 仕事に戻るというアニエスに、今度氷菓子をご馳走することを約束すると、嬉しそうに笑って去っていった。本当に可愛らしい。


 さて、貰った桃を使って冷んやり甘いソルベを作ろう。

 まずは水と砂糖を火にかけて、シロップを作る。そこに皮を剥いてざく切りにした桃と白ワインを入れて少し煮つめ、火から下ろす直前にレモン汁を入れる。

 中の桃を何度か裏ごししたら、シロップに戻し、底に氷水を当てて粗熱を取る。これを冷凍装置に入れて、一時間おきにかき混ぜれば良い。


「うわー、本当に凍ってきてる」


 最初は端や表面がうっすらと固まるくらいだったが、それを実際に見てしまうと、これまた感動してしまう。


「ヨハンさんって本当にすごいのね。あんなふざけたことを言ってくるから、ちょっと疑っちゃったわ」


 わたしとブライル様が付き合ってるとかどうとか。そんなこと考えなくてもわかるだろうに。

 ヨハンさんは男の人だけど、年頃の女性のように恋愛話が好きなのかしら。だからあんな突拍子もない妄想が出来るのかもしれない。


 凍らせている合間に他の仕事をこなし、時間がくればかき混ぜる。それを何度か繰り返せば、空気を含んで段々もったりとしてくる。


「あ、そうだ。器も冷やしておけば、溶けにくいんじゃないかしら」


 良いことを思いついたと、いそいそとガラスの器を装置の中に入れる。

 ふふふ、完璧だ。


「何を怪しげに笑っている」

「きゃーー!」


 突然背後からブライル様の声がして、飛び上がる程にびっくりした。なぜこうも気配なく現れるのか。


「どうしたのですか? お仕事中では」

「抜けてきた。朝からフェリクスの奴に落ち着きがない上に、気色悪い目でこちらを見てくるのが耐えられん」

「ああ……」


 思わずブライル様から目線を逸らし、遠くを見てしまう。

 おそらくフェリ様は、貴方にどんなドレスが似合うのか想像しているのですよ。なんて、こんなこと口が裂けても言えないけれど。


「ではお茶でも用意いたしましょうか」

「いや、いい。それより今日あたり氷菓子が食せると思ったのだが」

「ええ、今凍らせているところです。あ、そろそろ混ぜなきゃ」


 冷凍装置からソルベを取り出し、何度目かの撹拌を行う。

 おお! かなりなめらかになってきている。

 かき混ぜる度に、桃の芳醇な香りがわたしを誘う。そしてスプーンの先端に付いたソルベを見た途端、たまらず口に含んでしまった。


「ん〜〜〜〜!!」


 その冷たさと美味しさに、震える。


「二号、何をしている」

「え? えっと、毒見、ですかね」

「お前は自分が作った物までも、毒入りかどうか疑っているのか?」

「間違えました。毒なんて入れておりません。味見です、味見。なにせ初めて作ったものですから」


 無作法を何とか誤魔化そうと、再びソルベを掬い、そのスプーンを手に振り返る。


「なかなか良い出来ですよ。ブライル様も味見しますか? なぁんて……」

「いただこう」

「へ?」


 冗談でそんなことを言えば、ブライル様はわたしの手を掴み、なんとそのまま手ごと口元に運んだ。そしてあろうことか、わたしの使用済みのスプーンを咥えたのだ。それはもう、ぱくりと。


「ブ、ブライル、さま……?」

「フム、桃を使ったのか」

「い……いやいやいやいや! 桃とかどうでもいいですし! 何やってるんですか、コレわたしが使った物ですよ!?」

「それがどうした」

「どうしたって……っ」

「毒は入っていないのだろう? ならば問題ないではないか」


 そういうことではないと思う。貴族が平民の、というより、男性が女性の口づけた物に触れるなんて……。しかも口で!


「ブ、ブライル様はもっと常識を持たれるべきだと思います」

「常識? 一般的なものは備えているつもりだが」

「備わってませんよ! こんなことをされた女の子の気持ちを考えろって話ですっ」

「何がいけないのだ。お前は以前、フェリクスの食べた串に口を付けていたではないか。それと何が違う」

「うう、だからそれはフェリ様だからいいのです。でもブライル様は男の人じゃないですか!」


 痛いところを突かれたが、そもそもブライル様とフェリ様は違う。ブライル様は紛うことなき男の人で、フェリ様は優しく素敵なお姉様なのだ。


「……フェリクスの立ち位置がどうなのかはさておき、お前の中で私はちゃんと男なのだな」

「あ、当たり前です。ブライル様が男の人でなければ何なのですか」

「そうか、男か」


 そう呟いて、なぜかブライル様は満足気に顎を撫でた。

 何をそこで満ち足りた気分になっているのですか。わたしなど恥ずかしい気持ちでいっぱいなのに。

 どうしてブライル様は、わたしの感情をかき乱すのだろうか。簡単に狼狽える自分も嫌だけれど、ブライル様が何もしなければ、こんなにも動揺しないで済むのに。


「ああここに居たのね、ジル。さっき話してた在庫の確認なんだけど……」

「フェリさま!」


 そこに、仕事中に行方不明になったブライル様を探していたであろうフェリ様が現れた。そしてわたしはその拠り所に縋り、やり場のない感情をぶつけた。


「ど、どうしたの、リリアナちゃん?」

「ブライル様なんか、ブライル様なんかっ……めちゃめちゃ綺麗に着飾ってしまってください」

「え、いいの?」


 ジルは女装がしたいのだと、そう勘違いしたままのフェリ様の声が弾む。その喜びの表情を見て、ブライル様は思い切り顔を顰めた。


「やめろフェリクス。何のことだかわからないが、嫌な予感しかしない」


 その後ブライル様から仕立て屋の件を説明されたフェリ様は、期待していた分すごくしょんぼりしていて、見ているこちらが辛くなってしまった。

 訂正しなかったわたしにも責任があるが、これはもうブライル様には別件で女装してもらうしかない。そんなことを思ったが、ブライル様側からの報復が恐ろしいので、今回は口を噤んでおくことにした。申し訳ない。



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