第三話
目の前には、無表情のまま腕組みしたブライル様。そしてその横に、心配そうな顔をしたオネェさん。まるで親に怒られている子供の図である。
そのブライル様も、わたしが淹れたお茶を飲むと、一瞬だけ眉が動いたように見えたが、それは多分気のせいだろう。
それではお話の開始だ。
「さて、本日お前を召喚した理由だが」
「駄目よ、ジル。そんな言い方じゃ彼女が萎縮してしまうわ」
「……娘、硬くなるな」
無理である。
今から死亡宣告をされるかもしれないのだから。
いくら腹を括ったといっても、怖いものは怖い。ビクビクしながら、ブライル様の言葉を待つ。
「今日は、お前の魔法をじっくり見てみようと思ってな」
……やっぱりか。
というか、わたしが魔法を使えることを、他人のいる前で、ベラベラ喋っても良いのか。
ちろりと目をやれば、穏やかで綺麗な微笑みをくださるオネェさん。女神でしょうか。
「安心しろ。お前のことはこいつにも言ってある」
なんですってー、と驚いてみたが、考えれば別にどうということでもないような気がした。
だってわたしはもうお貴族様に捕らえ、研究材料として生涯を終えることが決まっているのだ。だから今更他の貴族にバレた所で、処遇は変わらないだろう。
あの手紙に書かれていたことを信じるならば、今と同じくらいの生活を保障してくれる(但し城からは出れない)とか、身体に多大な影響を及ぼす実験はしない(但し少しばかり痛い思いはする)とかかな。
恨めしい気持ちでブライル様を睨んだが、彼は事も無げに話を進めて行く。ちくしょう。
「前は水魔法を見たからな。火はどうだ?
やってみろ」
拒否権はないらしい。いや、ここに来ると決めた時点で、覚悟はしていたけど。
言われるがまま、指先に炎を灯した。蝋燭の火ほどの大きさだ。
ちなみに、熱くはない。この炎が他のものに燃え移った時、初めて術者は熱を感じれるのだ。
「まあ、本当に魔法が使えるのね!」
オネェさんが嬉しそうに笑った。何故わたしの魔法で、彼女が喜ぶのか。
ブライル様は、ふむ、と何かを考えるように菫色の目を細めた。そして何かを紙に書き出した。
「あ、あの……」
「では次だ。風を起こすことは出来るか?」
「…………はい」
こうしてブライル様は、様々な魔法をわたしに試させては、その都度結果を記録していく。
水、風の温度を変えられるか、氷は出せるか、土はどうだ、炎の威力を上げられるか、等々。
こんな魔法に一体何の意味があるのだろう。
「すごいわ……。四大魔法、すべて使えるなんて……」
「魔核解放もせず、ここまで細かい調整が出来るなどとはな」
これほど一度に魔力を使ったことはないので、もういい加減疲れてきた。
ぐったりとしているわたしを見て、漸く終了を告げてくれたブライル様は、ああでも無いこうでも無いとぶつぶつ呟きながら、記録を纏めている。
楽しそうで何よりである。
「それで、わたしは今後どうなるのでしょう」
「そのことだけれどね」
わたしの問い掛けに、何も答えてくれないブライル様の代わりに、オネェさんが口を開いた。
「先日この城で爆発騒ぎがあってね、魔法薬研究所の一部が崩壊したの」
「はぁ」
爆発とは物騒な。
だけどいきなり何の話だ。わたしに関係あるのだろうか。
「その爆発を起こした張本人が、この男。ジルヴェスター・ブライル」
「え!?」
「薬の研究には、稀にそうしたことが起こりうるのだけれど。本当に稀なのよ。気を付けて実験すれば、そうそう起こらないわ。でも建物を崩壊させたとなれば、処罰なしとはいかなくて」
「だ、大丈夫だったんですか?」
「大丈夫だったからここにいる」
「それはそうですけど……」
ブライル様は何事もなかったかのように、ペンを走らせている。まるで他人事のみたいだ。
「こう見えても、ジルは魔法薬研究の第一人者だから、一カ月の自宅謹慎で済んだの。でも研究所はバラバラになってしまったから、この建物を新しい研究所として頂戴したのよ」
一カ月の謹慎。新しい研究所への引っ越し。
だからブライル様は、あれ以降わたしを放置するしかなくて、この部屋もこんなに散らかっているんだ。
一通り記録し終わったのか、目の前でペンを置く音がした。
「見ての通り、この研究所は城の中でも特に端にある」
「そうですね。ここまで来るのに結構かかりましたから」
「そして我々城で働く者達が普段使う食堂はここの真反対に位置する」
「はい?」
食堂?
「このくそ忙しい中、飯を食う為だけに、毎日そんな所まで行けるものか。娘、そうは思わないか?」
「まあ大変ではありますよね」
真反対ということは、単純計算でさっき来た距離の倍かかるということになる。軽く食事に行って帰ってくるだけで、二時間近く。その多くが移動に費やされる。それが毎日となると、わたしでも嫌だ。それくらいお城は広いのだろう。
「運良く、この建物には厨房が備え付けられていてな。面倒な思いをしなくとも、ここで済ませれるというわけだ」
「良かったじゃないですか」
「だが料理人がいない」
「や、雇えばいいのでは? お城には料理人も沢山いますよね」
そう言えば、すいと視線を晒される。
おお不機嫌そうだ。
「それが全員に断られちゃって。外から呼んだ人も、ジルの存在に恐れをなして逃げちゃったし」
「それはなんというか、……お気の毒でした」
まあ逃げ出した料理人の気持ちも分からんでもない。
自分の作った料理を、この氷のような瞳で見つめられるだけで、胃がキリキリと悲鳴をあげそうだ。
そしてその目がこちらを向いた。
「そこで、お前だ」
「はい?」
「初対面でも、お前は私に対して怯えたりしなかっただろう?」
それは仕事だからです、と言えないわたしは小心者なのだろうか。
「そして魔法が使えるということは、私の研究の雑用も賄える。一石二鳥ではないか」
「あ、あの……っ、わたし魔憑き研究の生け贄になるんじゃあ……」
「何を言っている。ここは魔法薬の研究所だ」
魔憑きの研究局は別にある。
そう言ったブライル様とオネェさんが、笑みを浮かべてわたしを見た。
「ということで喜べ。お前を弟子二号にしてやろう」
「訳:この研究所のお世話係になってくれないかしら」
弟子?
お世話係?
わたしが!?
「え、えええええええええーーーー!?」