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第二十九話

 腕を捲ってみたはいいが、まずは買い物に行かなければならない。保管庫がほとんど空っぽなのだ。

 作業を抜けることをブライル様に断わって、急いで城下の市場に向かった。


「嬢ちゃん、帰ってきたのかい!」


 いつもの八百屋を覗くと、店主のおじさんが笑顔で迎え入れてくれた。


「おじさん、ただいま! やっぱりベルムの街は活気があって良いわね」

「おや、そんな田舎に行ってたのか」

「そうなの。街道外れの村とかにね」


 微妙に誤魔化したけれど、嘘は言っていない。しかし、まさか魔物がわんさか居る森に行ったとは言えないだろう。


 残っている食材を思い出しつつ、足りない野菜を見繕っていく。

 そして今日の主役を求めて、肉屋にも赴く。ここでは牛の塊肉と牛の脂を買う。屑同然に置かれていた鶏ガラも一緒に貰った。



 研究所にもどると、いつもの様に出汁(ブイヨン)作りから始める。今日は鶏ガラと野菜の出汁だ。

 次に薄く切ってバターで炒めたじゃがいもとポワロ葱を、出汁でトロトロになるまで煮ていく。そして中の具を滑らかになるよう裏漉ししたら、牛乳を注ぎ入れ、一煮立ちさせる。塩で味を調えれば、じゃがいもとポワロ葱のポタージュの完成である。


 次は主菜のハンバーグだ。肉料理がクリス先輩の要望なのだから、心して作らねば。

 まず玉ねぎをひたすらみじん切りする。切る。切る。くそぅ、泣けてくる。

 そしてその玉ねぎをバターで炒める。ひたすら炒める。すると火を通した玉ねぎ特有の甘い香りが漂ってくる。色が透き通って少し黄色く色付き、くったりしたら、火からおろして充分に冷ます。

 次に塊のままの牛肉を切る。細かくなるまで切ったら、その後はまたひたすら叩く。この時、叩く前の肉を少し残しておく。そうすれば食感が違って、食べ応えも出てくると思うのだ。

 その肉に、先程の玉ねぎと卵、牛乳に浸したパン、塩胡椒、ナツメグ、それと牛の脂肪を細かくしたものを加える。そして練る。ひたすら練る。

 ねっとりするまで練ったら、楕円形に成形するのだが、ちゃんと空気を抜くのも忘れない。そうしないと、焼いた時にひび割れして、そこから肉汁が流れてしまうからだ。

 フライパンで表面に焼き色が付くまで焼いたら、あとはオーブンでじっくりと火を通す。


 ソースにはトマトを使う。

 オリーブ油とみじん切りにした大蒜(にんにく)を、弱火でじっくり炒め、香りを立たせる。その中に玉ねぎとマッシュルーム入れ、少し火を強めて炒める。そこに少量の小麦粉を振り入れ、ダマにならないようしっかりと混ぜる。

 次に湯むきしたトマトを入れ、鍋の中で細かく潰していく。そしてワインと出汁、砂糖、塩胡椒で味付けをし、しばらく煮込む、というか味と粘りが濃くなるまで煮詰める。

 最後は盛り付けた上に、細かく千切ったバジルを振りかければ出来上がりだ。


 あとはデザートなんだけど、今日はもういいかな。時間もそんなにないし。

 ……いや、やっぱりダメか。ブライル様の気力というか、仕事に対する活力が損なわれるような気がする。

 そう考えて卵を手に取った。



 夕食の準備が整ったので、研究室に声をかける。皆一様に疲れた顔をしたまま、食堂に入ってきた。

 クリス先輩は何だかばつが悪そうだ。ちょっとだけど弱音を吐いてしまったことが、恥ずかしいのだろう。

 わたしは何も気にしてない、そんな気持ちを込めて笑いかければ、フンと思い切っりそっぽを向かれた。

 どうしよう、先輩が可愛いくて仕方ない。


「リリアナちゃんの手料理、久しぶりだから嬉しいわ!」


 席に着いたフェリ様が、目の前に並べられた料理を見て、はしゃぐように喜んだ。

 主菜(メイン)のハンバーグ、それに添えられたサラダ、ポタージュスープと城下で売られている白パン。

 クリス先輩の目も輝いている。


「たくさん作ったので、お腹いっぱい食べてくださいね」


 食前のお祈りを済ませ、それぞれカトラリーを手にする。しかしさすがはお貴族様。いくら空腹でも、がっつくような真似はしない。


「んんーっ、おいしい!」


 最初にスープを飲んだフェリ様が、ぐにゃりと崩れた。

 続いてわたしも一口飲んでみると、クリーミーな口当たりの中に、出汁の旨味とポワロ葱の甘みが広がって、とても優しい味だと思えた。


 クリス先輩を見ると、ソースをたっぷり絡めたハンバーグを頬張っていた。そして目を閉じたかと思うと、ふるふると震えだした。


「う、うまい……!」


 唸るように出た一言は、クリス先輩の感情すべてを表しているかのようだ。そして続けざまに一口、もう一口とハンバーグを口に放り込む。

 食欲はあるみたいなので、良かった。


 ハンバーグはプツ、とナイフを入れると、肉汁が溢れてくる。それを見ただけで、唾液を飲み込んでしまう程だ。噛みしめれば肉肉しい旨味とコクのあるソースが合間って、口の中が幸せで沸き立つ。

 皿にはハンバーグを二つ盛り付けていて、一つは今食べたプレーンのハンバーグ。そしてもう一つは、ナイフを入れると中から白い物が蕩けて出てきた。


「リリアナちゃん、中に何か……」

「チーズを入れてみたのです。立ち寄った村で美味しそうな物が売っていたので」

「チーズ!」


 目の前でクリス先輩が吠えた。


「あ、お好きでしたか?」

「い、いや。別に取り分け好きというわけじゃないが……」


 そう否定するが、クリス先輩の後ろで見えない尻尾が振られているのがわかる。どうやら好きらしい。

 そしてそのチーズが絡んだハンバーグを口に入れると、またしても震えた。

 しかし反対にブライル様は難しそうな顔をしている。おかしい、眉は動いているのに。


「二号、これは駄目だ」

「も、申し訳ございません」


 クリス先輩の為を思って作ったので、ブライル様の口には合わなかったのかもしれない。

 不味いとは言われたことがなかったので、気付かぬうちに調子に乗っていた。


「こんな物、ワインが欲しくなるではないか」

「は?」

「わかるわ、ジル。もうこのチーズ入りハンバーグは犯罪級よね!」


 あ、ハンバーグが不味かったわけではないのか。むしろ気に入っているようだ。

 今夜はこの後も作業が続くので、アルコールは出していない。なのでお二人の前にもワインの代わりに水を置いてあるのだけど、それが不満らしい。

 フェリ様は五日間禁酒していると言うからまだわかるのだが、ブライル様は昨日あんなに飲んだではないか。しかもわたしを存分に揶揄いながら。


 そんな苦情を受け流し、夕食は終了した。皆が満足気な顔をしているのが、とても嬉しい。クリス先輩なんて、スープとハンバーグをお代わりしたくらいだ。


 しかしこれで終わりではないので、席を立ち台所へ向かう。オーブンを覗けば、膨らんだままのそれが甘い香りを放った。

 食堂に戻ると、ワゴンに乗ったそれを見て、ブライル様の眉か激しく動いた。先輩の目も輝いている。どうやら全員甘いものが好きみたいだ。


「チーズスフレです。温かいうちにお召し上がりください」


 取り分け易いようにココットに入れて焼いたので、潰れずに出すことが出来た。

 フォークを刺すと、シュワ、とも、ふわ、ともつかない感触が小気味良い。口にすれば、空気のように軽くなめらかな食感と、チーズと卵の優しい風味が後に残る。

 卵白をひたすら泡立てるた甲斐がある。ただし明日はきっと筋肉痛だろう。


 甘いスフレを食べながら、旅の道中に起こった話をする。

 道が凸凹で、酔ってしまったこと。

 一人で見張りをするのが初めてだったこと。

 野営なのにごはんが美味しかったこと。

 野営なのにデザートが出てきたこと。

 二体のキングトロールに遭遇した話では、フェリ様が泣いてわたしに抱きつき、クリス先輩はキラキラした瞳でブライル様を見ていた。


「ああ、僕も先生の勇姿をこの目で見たかった!」

「じゃあ次回は先輩とブライル様が行ってくれば良いですよ。目的の魔石は充分に確保できましたから」

「それは良いな! 先生、ぜひそうしましょう!」

「駄目だ。連れて行くなら二号でなければならない」

「そんな! どうしてですかっ。……ま、まさか!?」

「先輩、落ち着いてください。まさかも何もありませんから。どうせ食事が理由なだけです」

「なら今度は皆で行けば良いじゃない? ジルはリリアナちゃんのごはんが食べれるし、クリスくんはジルと居れるし、私は心配しなくて済むし」

「フェリクス様、それは名案です!」

「……フェリ様、わたしだけメリットがないのですが」


 そうは言ってみたものの、案外楽しいかもしれないなんて考えてしまった。それくらいこの賑やかな食卓が心地良かった。





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