第二十八話
研究室の近くに、ちょっとした作業部屋がある。そこにエモース草とアンセプ草の根、レスタの実が次々と運ばれていく。
「これをどうするのですか?」
「土がまだ付いているからな、まずは洗浄する」
「……全部ですか?」
「当然だろう。全部だ」
手分けして、すべての素材を洗っていく。ご丁寧に二度洗いだ。
その間、クリス先輩はブライル様にべったりだった。数日ぶりに会えたのが余程嬉しかったのだろう。しかしわたしを牽制しているのか、こっそり睨んでくるのはやめていただきたい。誤解なのに。
そんな先輩は放っておいて、作業を進めよう。
まずはアンセプ草の根とレスタの実を籠の上に並べる。量が多いので、いくつもの籠を積むことになった。
エモース草は、作業部屋に張られた紐に吊るしていく。それもすごい量になった。
「これは壮観ですね」
「そうね、こんな量を一気に処理することは、中々ないから」
指示された作業が一通り終わり、くんと身体を伸ばす。中腰の姿勢がキツかったのだろう、フェリ様も腰を叩いている。
「それでこの後は何を?」
「ここでの作業は終了よ。干した物は魔石で乾かすの」
「魔石を使うのですか?」
「ええ。昔は自然の風で乾燥させてたらしいの。でも今は風の術式を組み込んだ魔石で、大幅に時間が短縮出来るようになったのよ」
そう言って、フェリ様はブライル様が持つ魔石を指差した。それをブライル様が発動させると、部屋の中をそよそよと柔らかな風が舞い始めた。しかもこの風は、向き、強さ、温度、湿度などが細かい術式が設定されているのだとか。
魔石って本当に万能だ
こんな風に風を送ることも、氷室のように冷やすことも出来るだなんてすごい。この旅では、魔物避けの効果を引き上げる為にも使われていた。
「術式というのは、一体いくつくらいあるのですか?」
「うーん、私は自分に必要なものしか知らないから。ねぇジル、貴方ならわかるんじゃない?」
「いや、私にも正確な数はわからない。魔法局の図書館に行けば資料があるだろう。しかし日々新しいものが研究されているからな、おそらく術式研究室の奴らでなければ、正しくは把握していない」
ははあ、そんな研究室も存在するのか。
わたしたちは魔法と一括りにしているけれど、それ一つで色々な研究がなされているのだろう。それくらい魔法というのは、国や貴族にとって価値があるのだ。
そして魔法局には図書館まであるという。確かに膨大な研究資料を纏めたら、図書館の本棚なんて簡単に埋まるだろう。
わたしは魔法局には近づいてはいけないので、どれも関係ないのだけれど。
このまましばらく乾燥させるというので、次は研究室に向かった。
「素材が乾くまでに、残っている物を片付けるぞ」
クリス先輩が採取してきた素材が、まだ少し残っているらしく、先にそれを処理するのだ。
それぞれが定位置に着き、
「では各自作業を始めろ」
「はい!」
「皆、頑張りましょうね」
「わたしはエモース草を刻みまくります」
まだ魔力を注ぐことに慣れてないので、まずは皆が苦手としているという刻み作業を担当することにした。
いつもは小刀で切っていると教えてもらったけれど、わたしは包丁を使わせてもらう。包丁は馴染みの道具だし、何より一度に処理出来る量が違う。
ダダダダダッ、と包丁を小刻みに動かしていく。するとあっという間にエモース草のみじん切りの完成だ。
しかしまだまだ量は残っているので、どんどんみじん切りにしていく。そしていつの間にか、エモース草の山がいくつも出来あがっていた。
「さすがリリアナちゃんね。この研究所で包丁を持たせたら、リリアナちゃんの右に出る者はいないわ」
「ありがとうございます」
それはそうだろう。何せ年季が違う。台所に立てない母に代わり、子供の頃から包丁を握っていたし、何より食事処で働くようになってからは、下拵えで大量の野菜を切っていたのだから。
フェリ様がわたしを褒めたことが癪に触ったのか、クリス先輩が魔法薬作りの速度を上げる。
「クリス先輩、大丈夫ですか?」
「フン、これくらい出来て当然だろう。僕はお前と違って、一年間毎日やっているのだからな」
「そうなのですね。すごいです、クリス先輩」
そう答えると、多少気分が良くなったのか、ニヤけそうになる顔を必死に抑えるのが見えた。とても可愛い。
クリス先輩は大丈夫なようなので、次はアンセプ草の根とレスタの実を、すり潰し易いように刻んでいく。少し包丁を入れておくだけで、潰すのが格段に楽になるのだ。これらでも山を作っていく。
そしてすり潰す作業だ。これは力が必要になるのだけれど、それがない分、少し体重をかけるようにして擦っていく。
しかし包丁を使っていた時よりも、明らかに作業速度が落ちてしまう。けれど気合いを入れ直せば、少しずつではあるが、すり鉢の中身が増えてきた。
皆が魔力を使って頑張っているので、わたしはそれ以外のところで貢献出来たら嬉しい。
次は、薬品置き場から精霊水を運んでくる。
これも昔は精霊の泉という場所から運んでいたというのだから、それは大変だっただろう。
しかし今は浄化と聖の術式を組み込んだ魔石を水に一晩浸けておくだけで、同じ物が出来上がるのだとか。便利な世の中になったものだ。これも術式を発見した研究員のおかげである。
その精霊水にすり潰した素材を投入し、成分を水に移すのだが、そこは魔力注入が必要になるので、わたしはここまでだ。
しかし投入するにのも、きちんとした割合があると言うので、秤で確かめながら、その割合通りに材料を分けていくことにした。
これも慣れると目分量で出来るようになるらしい。料理の味付けと一緒だなと思った。面倒でも最初はちゃんと調味料は計って入れた方が良い。
それが終われば、また最初から繰り返しだ。刻んで、すり潰して、分量を計る。乾燥が済んだ材料を運び込み、再び作業を繰り返す。
その間に、他の皆はひたすら魔力を注入していくのだ。
そんな中、魔力切れを起こしたのは、やっぱりクリス先輩だった。魔力を注入している途中で、突然机に突っ伏してしまった。
「先輩!」
「クリスくん、大丈夫!?」
落ち着いた様子で、ブライル様が魔力回復薬を飲ませる。しかし完全に魔力を使い切ってしまうと、魔力回復薬を飲んでも、しばらくは動けないらしい。
「せ、先生……すいません、僕……」
「隣りの部屋で休んでいろ」
ブライル様はそう言うと、クリス先輩を軽々と抱き上げ、隣りの休憩室に置いてあるベッドに横たえた。そしてドアを閉めると、何事もなかったかのように席に着き、わたしたちにも作業を続けるよう指示する。
「ジル、クリスくんは大丈夫なの?」
「ああ、少し休めば平気だ」
「わ、わたし様子を見てきます」
休んでいる身体に響かないよう、なるべく静かに休憩室に入ると、クリス先輩は顔を腕で覆ったまま、横になっていた。完全に魔力切れを起こすと、身体も辛いのだろうか。
「先輩?」
「……何しに来た。笑いにでも来たのか?」
「何でですか、違いますよ。身体は大丈夫ですか?」
「別に何ともない。張り切って魔力注入していたくせに、様がないな」
「そんなことありませんよ。必死に頑張っていた証拠じゃないですか」
「回復薬を飲む間を間違えるなんて、初心者がすることだ。先生もきっと呆れてる」
「それこそあり得ません。頑張っている人に呆れるなんて、ブライル様がそんなお方じゃないことは、先輩の方が良く知っているでしょう」
そう言えば、知っているさ、と小さく呟いたのが聞こえた。
それでも悔しいのだろう。尊敬する師匠に良いところを見せたかった。尊敬する師匠の前でみっともないところを見せてしまった。
クリス先輩の無念と歯痒さがわたしにまで伝わってくる。
「わたし、今回素材採取に行って、その大変さを思い知りました。先輩はその大変なことを、騎士団が付いていたとはいえ、たった一人で何日も何日も頑張ってこられました。なのにやっと帰って来たと思ったら、休む間も無く魔法薬作りです。先輩のどこに呆れる要素があるんですか」
クリス先輩の喉や口元が震えているのが見えた。それを宥めるように、サラサラの銀髪を優しく撫でる。振り払われるようなことはなかった。
「ゆっくり休んで、そして魔力が回復すれば、また頑張れば良いのです。ブライル様もフェリ様も、クリス先輩のことを頼りにしているのですから」
今度は声は聞こえなかった。だけど微かに頷いたのが見えたので、ホッとする。
「少し寝てください。そして起きたら食事にしましょう。わたし先輩の為に、美味しいスープを作っておきます」
「……肉も食べたい」
「ええ、お肉もたくさん用意します。なのでゆっくり休んだください」
最後にもう一度頭を撫でて、部屋を出た。
少しは落ち着いてくれたと思う。これで身体も心も休めてくれると良い。
さてと、と腕を捲る。
クリス先輩の為に、美味しいごはんを作りますか。
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