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第二十四話

 日が沈む前には馬車へと戻れた。そして着くなり馬や荷物に異常がないことを確認した後、少しでも安全な場所まで引き返した。

 やはり魔物避けがあるということで、とても安心出来る。これを手放した状態だと、あんなにも魔物に遭遇したのだから、効果に感謝する他ない。


 そして夕食を作ることになったのだが、わたしはほぼほぼ魔力を使い果たしていたので、まだ余裕があると言うブライル様に色々と手伝ってもらった。

 お貴族様に何をさせるのだ、と怒られそうだけれど、誰も見ていないし、本人が楽しそうにしていたので良いのだろう。

 しかし料理にまで興味を示すのは勘弁してほしい。マシュマロを炙ることさえまともに出来ないお方が、フランベをしてみたいと仰ったのだ。なんたる戯言。

 そもそも野営にそんな度数の高いお酒は持ってきていない。


 夕食を終えたら、湯を使うことなくブライル様は早々に休んでしまった。余程疲れていたのだろう。あんな恐ろしい魔物の数々と、たった一人で戦っていたのだから。

 そんな功労者に対して申し訳ないが、数時間後にはいつも通り起こさせてもらおう。貢献度はブライル様の足元にも及ばないが、わたしも疲れているのだ。

 それでもいつもより長く見張りをするつもりなのだから、そこは褒めてほしい。


 片付けやら何やらがすべて終わり、ようやく一息つくと、仕舞っておいた袋の中から魔石を一つ取り出した。

 焚き火の明かりで少し赤めいて見えるそれは、この世のものと思えない美しさである。なのに市場価値がほぼないのは、魔力が切れると消えてしまうから。もうこれは、わたしにしか使えないのだ。

 ブライル様が頑張ってくれて、やっと今わたしの手の中にある。大事にしようと心に誓った。これが消えてなくならないように。わたしの魔力が燃料ならば、その魔力が使えなくなるまで注ぎ続けよう。

 旅の目的を達成出来たこと、そしてブライル様が無事だったことに感謝し、この美しい魔石を固く握り締めた。



 四日目は帰還に向けて朝から出発する。その日は一日中移動に費やした。

 リベラド大森林を抜けた時には、心底ホッとした。あんな恐ろしい魔物に襲われる可能性が、これでかなり低くなったからだ。

 そして夕方前には一日目に立ち寄った村に到着することが出来た。たった数日離れていただけなのに、人の気配がとても懐かしく感じる。そしてそののんびりとした空気に安堵してか、涙が溢れそうになるのをぐっと堪える。


「ようやく人里に戻って来れましたね」

「ああ」


 無表情でわかりにくいが、ブライル様でさえ嬉しそうにしている。それほど人が生活している土地というのは有り難いのだと、今回身にしみて感じた。


「今日はここで宿を取ろうと思う」

「宿……、ありますかねぇ」


 小さな村だから、宿屋はないかもしれない。かといって村の横で、お貴族様が野宿するのもおかしい。

 とにかく、前に来た時に牛乳やチーズを買った店の女将さんのところへ話を聞きに行くことにした。

 時間が遅いこともあって、女将さんは閉店の作業にわれていた。すみません、と声をかければ、数日前と同じ笑顔で迎えてくれる。わたしたちを覚えていてくれたことに安心した。

 しかしブライル様はこのおばさんが苦手なのか、少しばかり距離を置いている。前回のことを、まだ根に持っているようだ。


「おや、あんたたち。無事に帰って来れたんだね」

「ええ、おかげ様で。それで今夜は村に泊まろうと思うんですけど、ここって宿はありますか?」

「宿かい? うちの裏手に小さいのが一軒あるけど」

「そうですか! 良かったですね、ブライル様」


 そう喜んだのも束の間。おばさんは困った様子で頬に手を当てた。


「でも今日はどうかねぇ。珍しく旅商人の一行が来たから、部屋は埋まってるかもしれないよ」


 女将さんによると、王都へ行く旅の商人が、時々この村に寄って行くのだと言う。


「うーん、とりあえず行ってみます。おばさん、忙しいのにありがとう」

「構わないよ。今度来た時にでも、また何か買っとくれ」


 教えてくれた通りに裏手に回ると、宿の看板を掲げた建物があった。王都や街で見る宿屋とは違い、そんなに大きくはない。おそらく大人数は利用出来ないだろう。

 その宿の扉を開けると、帳簿を付けていたと思われる店番の男が顔を上げた。


「お客さん、泊まりかい?」

「ええ、そうです。一泊なんですけど、二部屋空いてますか?」

「生憎今日は大入りでね、二人部屋なら一つ空いているよ。それでも良ければ」

「一部屋だけですか。ではブライル様はそちらにお泊まりください。わたしは馬車で休みます」


 そう言って、ブライル様に部屋の鍵を渡す。だけどブライル様は、待て待て、と言ってわたしの腕を掴んだ。


「宿があるのに、何故馬車に戻る必要があるのだ」

「一部屋しか空いてないのだから、仕方ないじゃないですか」

「一部屋といっても二人部屋だ。主人、ベッドは二つあるのだろう?」

「はぁ、そりゃ勿論」


店番の男は、問われるままに頷いた。


「というわけだ。人数分のベッドがあるのだから、そこで休め」

「でも同じ部屋というのは……」

「昨日まで同じ場所で寝ていたではないか」

「それは野営だったからで……。だけど寝る時は荷台に入っていたから、ある意味別の場所と言えるかもしれません」

「つまらぬことを言って手間を取らせるな。私は疲れているのだ」


 ブライル様はわたしの腕を掴んだまま、さっさと二階に上がって行った。引きずられるように後を追い、続けて部屋に入る。

 本当に疲れていたのか、外套だけを外すと、ブライル様はベッドに腰を下ろした。今日は移動だけだったが、ここ数日の疲れが溜まっているのだろう。

 わたしはそれを入り口の側で眺めていたが、急に心臓がそわそわし出した。なんというか、この場に居たくない。


「やっぱりわたし馬車で寝てきます」


 そう告げれば、またしても腕を掴まれた。


「お前は何をそんな頑なに拒絶しているのだ」


 ブライル様の怒ったような、困ったような、なんとも言えない表情でわたしを見つめている。それが益々心臓を騒つかせる。


「別に拒絶なんかしていません。ただブライル様は貴族でわたしは平民です。出で立ちだけで、立場が違うということが周りにもわかります。なのに同じ部屋で寝泊まりするというのは、外聞上宜しくないと考えただけです」

「それだけか?」

「え?」

「何故お前が今更そんなことを考えたのかは甚だ疑問だが、理由がそれだけなら問題ないだろう。私が命令すれば良いだけだ。同じ部屋で休めとな」

「……それはそうですけど」


 貴族のブライル様が一言命令すれば、わたしはその命令を聞くしかない。

 普段、命令という言葉を使わないブライル様が、こうして意図的に言ったのは、わたしをベッドで休ませる為だろう。その気遣いは嬉しいのだが、やっぱり同じ部屋で休むということに抵抗を覚えてしまうのだ。



 その後、宿の食堂で夕食をとったのだけれど、メニューついてブライル様の不満が止まらなかった。

 庶民の食べ物は貧し過ぎるとか、台所を借りてお前が作れば良かったなど。宿の従業員が下がってからだったのが、せめてもの救いだ。

 それでも手を止めないのだから、味はそこそこだったのだろう。それに見張りが要らないこともあり、久々にワインを開けていた。

 文句を言う割に楽しんでいるではないか。

 楽しんでいるついでに、口も滑らかになってきたようだ。


「それにしても、お前は緩いのか頑固なのか分からぬ。お前があんなことを言い出しのは、男と同じ部屋なのが嫌だとか、そういうことかと思ったのだが」

「……は?」


 パンを千切っていた手が、ピシリと固まる。


「夜営で身を清める際に、何やら恥ずかしがっていたではないか。同室を嫌がるのも、その延長線上だと思ったのだ」

「……そんなわけ、ないじゃないですか」

「何だ、図星か」


 ブライル様が笑った気がした。実際に表情は何も変わっていないのだけれど、わたしには確かに笑ったように見えたのだ。




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