第二十二話
摘み上げたそれは、魔の石という名から想像する印象とは程遠く、深い紺瑠璃がとても綺麗な石だった。
「日の光に翳して見ると良い」
掌に落とされた石を太陽に掲げて覗き込むと、内部に小さな光がキラキラと舞い、まるで星が降ってくるような感覚を覚えた。
「わぁ……!」
「悪しき存在とされる魔物の中に、このような燦爛たる物が隠されているとは、何とも不思議なことだな」
そう言いながらブライル様が瀕死のミミズ(仮)にとどめを刺すと、これもキラーアントと同じように溶けてしまった。しかし体の大きさが違うからか、ミミズ(仮)の魔石は小さ過ぎてさして使い物にならないらしく、一瞥するだけで触れもしなかった。
「その中に魔力を注入し、術式を組み込むことで様々な効果を発揮することが出来る。まずは魔力を注いでみろ」
「やってみます」
クリス先輩に教わったことを思い出し、指先から魔力を放出する。すると魔法薬作りの時と同じように結構な量の魔力を吸い取られた。そして充分に魔力が注入されると、魔石はなぜか浅葱色に変色した。
「え、え……? どうして!?」
「魔力が満たされた証拠だ。それが切れてくると、段々元の色に戻ってくる。そして魔力が完全に切れれば、この魔物たちのように溶けて消えてしまう」
「それじゃあその機会を逃すと、また魔石を取りに来ないといけないのですか?」
「安心しろ。強力な魔法を発動しない限り、そんな簡単に切れるものではない。お前の欲した冷蔵装置のような単純な魔道具なら、たまに補充するだけで充分だ」
「あ、なんだ、良かった」
魔石が消える度に、こんなところまで足を運ばなければならないなんて、面倒過ぎてぞっとしてしまう。
「ただこの大きさだと、もう少し数が必要だな。二号、まだ魔力は残っているか?」
「それは大丈夫ですけど……。これで終わりじゃないのですね」
溜め息混じりに呟く。当分攻撃魔法を見たくない程には、その威力にショックを受けているのだ。
しかし、そんなことを言ってはいられないのもわかっている。ここはリベラド大森林で、ブライル様が言うように、まだ魔石が足りないのだから。ならば狩るしかないのだ。
「なんだ、冷蔵装置は諦めるのか?」
「い、いいえ。……そうですね、頑張ります。冷やされるのを待っている食材の為にも」
「氷菓子のことも忘れるなよ」
「本当にブレませんね、ブライル様」
そうしてわたしたち……というかブライル様は、偶然遭遇したり、居場所を察知できた魔物を尽く狩っていった。
ゴブリン、オーク、火蜥蜴、大毒蜘蛛……等々。沢山の魔物と出会い、同じ数の魔石の中から使える大きさの物を選別していった。わたしは言われるがまま、それに魔力を注入していく。
その作業を繰り返すことで、今更ながらここは本当に魔物の巣窟なのだと実感していた。そして今は手元にない魔物避けの効果も。
「ブライル様。つかぬ事をお聞きしますが、魔物避けとは一体どのような物なのでしょう」
「魔物避け? 今回使用したあれは、魔法薬と魔石を掛け合わせた物だが」
「掛け合わせる?」
「ああ。一般的に使用されている魔物避けは、魔物が嫌う匂いを発する物質から作った魔法薬の一種なのだが、今回はその効力を魔石に移してみた」
「なぜ魔石に移す必要があるのですか? 魔法薬だけでも充分なのでは?」
「魔物は強さに反応する者が多い。そして魔力もその強さの一つだ。昨日も言った通り、自分より強い者のは自然と避ける傾向にある。私の魔力を込めた魔石に、魔物避け本来の効力を掛け合わせれば、より強力なものが出来上がるのではないかと考えたのだ。しかし我ながら中々使えたな」
ブライル様が思い出すように目を細め、顎を撫でた。これは何かに満足している時の表情だ。
「考えたって……、元々あった方法ではないのですか?」
「これを思い付いたのがつい先日で、今回初めて試してみたのだ」
「…………は?」
「リベラド大森林に来るに当たって、普通の魔物避けだけでは心許なかったからな。言っただろう、護衛が必要だと。魔物避けを持っていたとしても、ここの魔物には中途半端な効果しかなかった筈だ。そうなれば素材採取の間も余計な戦闘が増えていただろう。今回は時間も人数も極端に足りない状況だった。なので試験的に使用してみたのだ」
「はあああああああ!? ブライル様言ったじゃないですか、魔物避けを持っていくから大丈夫だって。あんな自信満々にっ。それが試験的!?」
「成功する確信はあった。それにちゃんと効果があったのだから良いではないか」
「それはそうですけど……」
そんなことは今だから言えるのだ。もし効かなかったらどうするつもりだったのか。わたしが薬草採取している間、ずっと魔物と戦っていたとでも言うのか。
やり場のない苛立ちを、ぐぐ、と抑え込む。
駄目だ、堪えろ。
これまで危険な目に遭わなかったのは、そのブライル様の魔力のおかげなのだ。新たに開発した魔物避けが有効なのだとしたら、置いてきた馬車だけは安全なのだろう。そこだけは安心出来る。そう自分に言い聞かせた。
ああ、早く馬車の所に帰りたい。
「もうそろそろ良いんじゃないですか。早く戻らないと、暗くなってきちゃいますよ」
魔石も充分過ぎる数を回収することが出来た。これまた過剰分である。なので余った数の半分は、ブライル様にお裾分けした。
元々自分の分の魔石も取る予定だったのだろうけど、その数が予想外に多かったのだろう。またしても満足気な顔を見せてくれた。
しかしその表情はすぐに真剣なものへと変化した。そして何かを探るように、辺りの様子を伺っている。
「……そうだな。あまり良くない気配も近くにあることだし」
「え、」
「二号、お前はあの木の後ろに隠れていろ。そして頃合いを見て、安全な距離まで離れるのだ」
ブライル様がそう言ったまさに次の瞬間、反対側から地響きのような音が鳴り響いたのだ。そしてその方向から、今までとは比べ物にならない大きさの魔物が飛び出してきた。
トロール!
それも最悪なことにキングトロールだ!
「ーーーーーーッ!!」
突然の出来事に声も出ない。それどころか足が竦んで動かない。
見上げる程の巨体。灰色がかった皮膚。窪み過ぎて見えない目と、ちょっとした動物なら丸呑み出来そうな大きな口。こんな化け物のような魔物が、すぐ近くに居たというのか。
「早く行け!」
背中を押され、その勢いのまま、どうにか走ることが出来た。そして言われた通り、大木の裏へ張り付くように隠れる。
すぐに戦いが始まったのだろう。背後からキングトロールの咆哮と互いの攻撃による衝撃音が聞こえてくる。
怖い、怖い怖い怖い!
でもどうにかして逃げなければ。
気付かれないようそっと顔を覗かせると、キングトロールの丸太のような腕が振り下ろされるところだった。
「ひっ!」
ブライル様がそれを軽やかに避ければ、さっきまで立っていた場所に巨大な拳がめり込んだ。とんでもない怪力だ。わたしの居る所まで振動が伝わってくる。
反撃とばかりに剣で切りかかるも、キングトロールの皮膚が固い為か弾かれてしまう。オークや火蜥蜴でさえ、ブライル様の剣は通用していたのに。
それだけキングトロールという魔物は強敵ということだ。




