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第二十一話

 三日目。

 朝から快晴で、まさに魔石狩り日和(?)である。ただし森の中は木々が鬱蒼としており、然程日光の恩恵は与えられていないように思えるのだけれど、それでも植物がこんなにも生き生きとしているのは魔素のおかげなのだとか。

 ただその魔石狩りの前に、まず薬草採取を終わらさなければならない。よし、今日も麻袋片手に、森の中を這いずり回ろうではないか。



 昨日エモース草を採った場所。そこを大きく囲うように、レスタの木を含む様々な樹木が並んでいる。 レスタの実は、先日の傷塗り薬を作る際に見たことがあるので、どの木がそれなのかはすぐにわかった。

 木自体は特に変わったところはなく、涅色の幹や枝に、しっかりと緑の葉を付けている。けれどその先になる実が、眩い程の橙色で、とても目立つのだ。

 それはまるで甘い果物のようで、見るからに美味しそうな姿をしているが、苦い上に酸っぱくて食べれたものではないと教わった。なるほど、だから鳥や動物に狙われることもなく、こんな鈴なりに実をつけているのか。

 そしてこの実は一粒ずつ採るのではなく、木の下に大きな布を敷き、枝を揺すって布の上に落とすらしい。こうすれば短時間で収穫出来る。ブライル様が実を落とし、わたしがそれを集める。なかなか良い連携だと思った。


 予定通りの時間でレスタの実の収穫が終わり、最後はアンセプ草の根に取り掛かる。しかしこれだけは近くにないらしく、更に奥へと馬車を走らせた。

 そして暫く行くと突然空間が開け、一面柔らかな色彩が敷き詰められた場所が現れる。

 緑を包む淡い白。アンセプ草の主色は緑なのだけど、何故か優しい色合いの白の方が目を惹く。その葉が風に揺られると、ここがリベラド大森林だということを忘れ、穏やかな気持ちにさえなってくる。


「へぇ、こんな綺麗な所もあるのですね」

「これを綺麗と思うのは最初だけだ」

「どういう意味でしょう?」

「まあ、抜いてみればわかる」


 ちょっとした感動にもあっさり水を差すブライル様を怪訝な目で見つつも、実際にアンセプ草を抜いて驚いた。なぜか傷液薬に必要な根だけは、どれも見事な藍緑色に真っ黒な斑点が浮き出ていたのだ。こんな柔らかな印象の植物なのに、日に当たってもいない根の部分が一番はっきり且つ毒々しい色だなんて、この上なく奇妙である。



「これはなんというか……、不思議な植物ですね」

「それ自体に含まれる魔素が多いと、こういった変わった色になるらしい。傷液薬にはこの根を使うが、葉の方も別の物の素材になる」

「捨てる部分は何もないってやつですか。わたし、そういうの大好きですよ」


 例えるなら人参一つをとってみても、葉は炒め物に、皮はスープの出汁用に使ったあと、細かく刻んでミートソースに入れたりする。そういう無駄がない使い方をすると、言い知れぬ達成感を感じるのだ。

 研究所で勤めている今は節約など必要ないけれど、こういった節約は密かに行なっている。いくらブライル様から食費をたっぷりいただいていても、経費はかからないに越したことはない。


 そんな無駄のないアンセプ草を、根が千切れないよう丁寧に抜いていく。抜いては麻袋に詰め、詰めてはまた抜く。それを繰り返し、いつの間にか過剰量を採取していた。少々熱中し過ぎて、気づいたら腰が痛くなったいたけれど。

 この量があれば、依頼分を作成しても暫くは補充しなくても良いとブライル様が満足気に頷いた。


 これで傷液薬に必要な素材はすべて集まった。精霊水は、魔法で生成した水や綺麗な湧き水に浄化と聖の加護の術式というものを組み込んだ魔石を一晩沈めれば、翌日には出来上がっているらしい。魔石とはなんと万能なのだろうか。

 そしていよいよその魔石に挑む時が来た。



「良いか。魔物に遭遇するまでは、絶対私から離れるな」

「は、はい」


 もう魔物避けはないのだから、いつ襲撃されてもおかしくない。こうして話している今も、突然背後から襲われる可能性があるのだ。

 理解しないまま腰に装着された短剣を、ぎゅっと握り締める。用心の為にと、無理やりこの短剣を待たされたが、これが武器なのだと思うと手が震えてきた。

 包丁の方が持ち慣れていると訴えてみたが、包丁の強度では魔物とは戦えないと敢え無く却下された。

 え、わたし戦うんですか? 違いますよね?



 少し歩いたところでブライル様が立ち止まり、後に続いていたわたしも慌てて止まった。そして木の陰に身を隠し、そっと前方の様子を伺う。ここからは小声で喋るよう指示された。



「……居たぞ、キラーアントだ」

「うわー……」


 本当だ。本当に魔物が居る。

 ブライル様が指差した方向、立派な樹木が立ち並んでいる場所に蟻型の物体を確認した。体長一メートル程もあるそれは、全身が光沢のない黒灰色に包まれている。

 そしてこれまた五十センチ程もあるミミズのような生き物を前足で器用に押さえ、鋭い顎を突き立てている。どうやらお食事中のようだ。ミミズ(仮)も、最後の抵抗なのか必死に蠢いている。



「これは……とても気持ち悪いですね」

「獲物に夢中だな。今なら気付かれずにやれる」


 ブライル様はそう言って、おもむろにキラーアントへ向かって手をかざした。


「な、何をされるおつもりですか!?」

「向こうが気付くのを待ってやる道理はない。ここから奴の戦力を削いでやるのだ」


 次の瞬間、ブライル様の掌から放たれた氷の(やいば)が無防備なキラーアントの体を真っ直ぐに貫いた。



 ギィイイイイイイイイイ!!



 この世の物とは思えない断末魔。現実だと思いたくない命の叫びに、目を背け、耳を塞ぎたくなる。

 一方で慣れた様子のブライル様は、いきなりとんでもない速さで走りすと、一瞬で距離を詰め、その勢いのまま手にした剣をとどめとばかりに振り下ろした。そしてキラーアントの体は真っ二つに裂ける。あっという間のことだった。


 驚いて声も出ない。

 魔物のこともそうだが、魔力注入以外でブライル様の魔法を見たのは初めてだったからだ。それがこんな強力なものだとは思いもよらなかった。

 わたしが使っているものとは、まったくの別物だ。わたしが使うのは家事を楽に熟す為の所謂生活魔法と呼ばれるもの。少量の水や氷、火を用途に合わせて作り出すだけ。

 けれど同じ魔力と呼ばれる力を使って、ブライル様は一つの生命を絶った。それを目の当たりにして、安堵感と恐怖がぐちゃぐちゃと混ざり合う。

 使い方が違うだけだ。魔力の大小はあるにせよ、わたしの中にも命を奪うだけの力が存在するのだ。それを知って、途端に何かが怖くなった。



「二号、来い」



 ブライル様の呼ぶ声で、はっと我に帰る。



「も、もう大丈夫なのですか?」

「ああ」



 言われるがままに近付くと、切られてもなおピクピクと痙攣していたキラーアントの動きが、漸く止まるところだった。そして命を終えたその体は、いきなりどろりと溶けだし、その形をなくしていく。



「ひっ! 何ですか、これ!?」

「魔物の体を作っているのは魔素だ。命が尽きれば、魔素は地に還っていく。そしてまた別の何かの養分となるのだ」


 源の循環。それは自然界に存在する魔素が、決して消滅しないことを意味していた。


「はあ……、魔素というのは本当にすごいのですね。薬草を育て、魔物も作り出すとは」

「そして残るのは、」


 黒ずんだ地面から、ひょいと拾い上げたそれは、



「魔石だ」



 わたしの求める物そのものだった。



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