第十八話
馬車の荷台から、折り畳み式のテーブルと椅子を引っ張り出す。
これは台所で使っている一人用のテーブルを物置で探していた時に、一緒に見つけた物である。軽い木材で出来ていて、見た目よりもそれほど重くない。
さすがにブライル様を地べたで食事させるわけにはいかないので、今回これにご同行願ったのだ。
その上に真っ白なクロスを掛け、野菜シチュー、メインの肉料理とサラダ、それに今朝焼いたパンを並べる。
もう見た目は野営とは思えない豪華さで、王都へ来る際に体験した、一般的な野営の食事を思い出すと泣けてしまう。確かあの時は、ほとんど味のしない白湯のようなスープと、石のように固い黒パンだった。
ああ、貧富の差が辛い。
「ほぉ、美味そうだな」
馬の世話を終え、席に着いたブライル様が料理を眺めながら呟いた。わたしも続いて席に着く。
そしてお祈りをした後、いつもとさして変わらない夕食が始まった。
返す返すも、旅に出ているとは思えないぐらい、本当に豪華で優雅である。但し周りに木々が鬱蒼としていて、動物たちの鳴き声がしなければの話だが。
「ブライル様、お飲み物はどうされます? 少しならワインもありますけど」
ちなみにワインは料理に使う為に持ってきた物だ。ただブライル様たちが夕食時に飲んでいた残りなので、物は良い筈だけれど、開けて時間が経っているから味は落ちているだろう。
「いや、必要ない。少人数の野営にアルコールは禁物だからな。二号も飲まないように」
「飲みませんよ。というかお酒飲んだことないので」
「そうなのか? 成人はしていると聞いたが」
「ええ、成人なら三年も前に。でもお酒は贅沢品なので、これまで買う余裕はなかったのです」
前に働いていた店の給金だと、自分一人生活するだけで精一杯だったし、頑張って節約してちょっとでも余裕が出来たら、それは食材や調味料を買うに使っていた。酒場で楽しそうにワインやエールを飲んでいる同年代の若者を見ると、少しは羨ましい気持ちもあったけど、それよりも美味しいものを作って食べることの方が、わたしにとっては有意義だと思ったからである。といってもお酒に興味がないわけではない。
「フム、ならば近いうちに飲ませてやろう。嗜みとして少しは経験していた方が良い」
「本当ですか? わあ、ありがとうございます」
もう少し生活に余裕が出来たら、一度試してみようと考えていたのだけれど、思いがけずブライル様からの提案があった。お貴族様の飲むお酒なら、美味しくて、さぞかしお高いのでしょう? それを無料で飲ませてくれるとは、なんて太っ腹!
「それにしても森の中で、こんな料理が食べれるとはな」
そう言って最後の一片をソースに絡め、名残惜しそうに口の中へ放り込んだ。移動や外の作業ばかりで空腹だったのか、いつもより食べる速度も早い。
満足してくれたようだし、わたしとしても仕事が果たせて良かった。
「魔物討伐の時はどうだったのですか? 騎士団も貴族の方々が多いのでしょう? それなりの物が用意されていそうですが」
「……討伐の遠征か、あれは最悪だったな」
当時を思い出したのか、無表情の筈の眉間に深い皺が刻まれた。そんなに嫌な思い出なのか。
「確かキマイラの群れを討伐する時だったか。いつも通り料理人を連れて行ったからな、最初はまだマシだった。といっても腸詰めや燻製肉を焼いただけの物に、スパイスの効きすぎたスープばかり食わされたな。それにパンもこんなに柔らかくはなかった」
ブライル様は、皿に残っていたパンを突く。
このパンだって、いつも研究所で食べているパンよりは日持ちがする分固い筈だ。それよりも固いとなれば、庶民パンに近い物だったのかもしれない。
「遠征なのだから仕方ないと割り切ってはいたのだが、同じメニューばかりの上に美味くない、しかも量だけは多いのだから堪えたな」
料理人を連れて行くとはさすが貴族、と言いたいところだが、そこはやはり騎士団だった。戦う男には味はどうあれ大量の料理を出しておけば良いとの判断なのだろう。
それにしても今日のブライル様は良くお喋りになる。そういえば都会暮らしの人が自然豊かな場所に来ると、とても解放的な気分になると聞いたことがあった。日頃から多忙な業務に追われているブライルも、きっとそういう気分なのだ。
「その討伐も終盤に差し掛かっていた頃に、運悪く物資隊が魔物に襲われのだ。勿論食料を積んだ馬車も被害を受けて、殆どの食料が駄目になった」
「うわー、悲惨ですね」
「それで一度退却することになったのだが、一番近くの町に行くのにも数日かかる。その間飲まず食わずというわけにはいかないから、自分たちで狩りや採取をするしかなかった」
お貴族様が自らの命を繋ぐ為に狩りをするなんて、ちょっと想像がつかない。しかしそれだけ追い詰められた状況だったのだろう。
「基本、魔物が強い場所に動物は少ない。己が餌になってしまうからな。だから狩りは苦戦した。夜になって、今日も具のないスープだけか、と皆が落胆していたところに、何処ぞの子爵家の息子がしたり顔で戻って来た。その手には矢が刺さったままの鳥を持ってな」
「わ、良かったじゃないですか。でも、あれ? 矢って……」
「ああ、しかも首まで付いたままだったから、今まさに捕らえた物だと思った。だがあの男は皆の落胆した顔が見たかったからと、朝に獲った鳥を夕食を取る直前まで隠していたのだ」
「あ、もしかして……」
「そう、血抜きも何もされていなかった。それを知らない私たちは、有り難くそれを食ったのだ。そしてあまりの臭さに悶絶した」
「うわー……」
まず血抜きをして、すぐに食べない場合は水に浸けるなどの処理が必要なのだ。そうしないと臭くて食べれたものじゃない。絞められてもおらず、且つ矢が刺さった状態なら、流れ出る筈のちも血も体内に残ったままだったのだろう。
聞けば聞くほど不憫で可哀想である。知らないところでブライル様も苦労されていたのね、と涙したくなった。
「それ以降、私は不味い物は食べないと決めた。いくら遠征や旅に出てもだ」
そう力強く断言したブライルに、いつものように食後のお茶をお出しする。おお、と一瞬喜んだ声を上げたものの、ここが森の中ということを思い出したのか、すぐに無表情に戻った。若干しょんぼりしているようにも見える。
わかります、わかります。例のブツがなくて物足りないのですね。
わたしは最後に作ったチーズケーキをこっそりと取り出し、ブライル様の前に置いた。
「弟子二号! これは……」
その驚いた顔といったらもう。
「食後のデザートです。召し上がられますよね?」
「も、勿論だとも……。料理だけでも驚いたのに、まさかこんな物まで用意しているとは。ああ、お前はなんと優秀な弟子なのだ!」
ブライル様にここまで褒めちぎられると、ちょっと気持ち悪い。でもそれだけ感動してくれたということだから、有り難くその言葉を受け取ろうと思う。
こちらこそ一日中御者を受け持ってくださって、ありがとうございました。
但し、手抜きとはいえ、こうしてまともなデザートが出せるのは今日だけですので。




