表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/78

第十七話

 立ち寄った村を出発して数時間。

 街道を外れて、山道を暫く走った所で、本日の移動は終わりとなった。陽が暮れないうちに野営場所を確保しないと危険なのだそうだ。

 ぽっかりと開けた場所で、周りには馬の餌になりそうな草も生えているので困らないだろう。



 ブライル様が周辺の散策に加えて、以前言っていた魔物避けなる物を配置しに出たのを見て、わたしも夕食作りに取り掛かる。

 といっても、まずは煮炊きする為の(かまど)作りから始めなければならないのだけれど、それも土魔法を使えば簡単に解決できる。

 普通なら数を集めるだけでも苦労する石が、魔法なら形と大きさを思い浮かべるだけで出現させることができるのだ。それを鍋に合うように丸く積み、円の内側にある土を、これも魔法で凹ませる。こうすることで空間ができ、薪の量で火力も調節できる。

 その竃を隣りにもう一つ作って完成だ。


 この石を出すという能力は、ブライル様に呼び出された時に初めて知ったものだ。土を生成した後に、砂、泥、粘土、砂利と続き、砂利が出来たのだから石もいけるのではないかと言われ、やってみたら出来たのだ。

 今まで魔憑きであることを隠して生きてきたので、こうして自分の知らない能力を目の当たりにすると、本当に驚くばかりである。そして今みたいな場合でも力を発揮してくれる便利な魔法に、今は感謝しきりだ。



 竃の次は、燃料になる焚き木を拾って来なくてはならない。散策に出たブライル様に頼もうかとも思ったけれど、生木を持ってきそうな予感がぷんぷんしたので諦めた。

 焚き木を探すついでに、木の実や食用きのこの一つでも見つからないかと、籠を片手に森の中に入ると、



「何をしている」


 きゃー。

 わたしがブライル様に見つかりました。



「ええとですね、焚き木を集めているのです」

「だからと言って一人で彷徨くな。いくら魔物避けがあるといえど、危険がゼロになったわけではない」

「でもそれがないと料理が出来ないので……」



 言いきってから、しまったと思った。

 となると答えは一つ。



「それくらい私がする」

「やっぱり!」

「……何がやっぱりだ?」

「いいえ、何でもありません。じゃあ一緒に探しましょう。そうすれば時間もかからないし、ブライル様がいるから安全だし!」



 怪訝そうな顔をするブライル様を丸め込もうと畳み掛けるが、お前は食事の支度をしておけと言い残して、わたしの籠を奪い、颯爽と森に消えて行きました。

 ああ、心配。

 でも心配ばかりしていても、時間がもったいないので、仕方なく言われた通り調理に取り掛かる。

 馬車の中から調理器具や食材を取り出して、準備開始だ。




 せっかく牧場直送の物を買えたので、その中から今日は牛乳とチーズを使いたいと思う。

 まずは豚肉の塩漬けを水に浸し、塩抜きをする。本来なら時間をかけてしっかりと塩抜きするのだけれど、今回は数回水を替えるだけで大丈夫だ。

 次に玉ねぎと人参、じゃがいもの皮を剥く。そしてそれを適当な大きさに切ったところで、



「おい、取ってきたぞ」

「あ、ありがとうございます」



 焚き木がたんまり入った籠を持ったブライル様が帰ってきた。

 しかもちゃんと乾燥した物を選んでいるではないか。偉いぞー。

 魔物の討伐にも出てたと言っていたから、案外こういうことには慣れていて、しかも意外に詳しいのかもしれない。


 ブライル様が拾ってきてくれた焚き木を竃に放り込み、火を入れる。

 そしてその上に水を張った鍋を置き、軽く塩抜きした豚肉を投入する。これを暫く煮込めば、水に塩分と旨味が溶け出し、良い塩梅のスープの素になるのだ。

 充分に煮込んだら豚肉を取り出し、残ったスープの中に人参とじゃがいもを入れ、こちらもしっかりと火を通す。


 もう片方の竃では、鍋にバターを溶かし、玉ねぎが透明になるまで炒める。そこに小麦粉を入れ、粉っぽさがなくなるまで加熱する。玉ねぎに纏わりついてねちねちするが、暫くするとそのねちねちが緩んで少しさらりとしてくる。これが小麦粉に火が通った証拠で、香りも良くなるのだ。

 その中に少しずつ牛乳を入れ、完全に混ざりきるまでせっせとヘラを動かす。ここで牛乳をドバッと入れてしまうと、小麦粉がダマになってしまうので、本当に少しずつ入れては混ぜるのを繰り返す。

 そしてそれを鍋の底を刮げるように絶え間なく混ぜながら、とろみが強くなるまで加熱する。そこにスープと一緒に人参、じゃがいもを入れ、仕上げに白ワインとチーズ、少量の砂糖をコク出しとして加える。

 これをくつくつと煮込めばシチューの完成だ。うーん、良い香り。


 次に先ほど茹でた塩漬け肉を、フライパンで表面を香ばしく焼き、食べ良い大きさにスライスする。

 そこに添えるのは、ハニーマスタードソース。粒マスタードに蜂蜜とレモンの絞り汁、オリーブ油を混ぜ、黒胡椒を挽く。本当ならここに塩も加えるのだけれど、肉自体に塩味がついているので今回は省くことにする。


 サラダは、村で買ったクレソンとほうれん草のベビーリーフを合わせただけの簡単なものだ。一応さっぱりとしたドレッシングをかけてはいるが、肉と一緒に食べても良い。



 一応これで夕食の準備は出来た。

 だけれど、と横目で窺えば、ブライル様は今日一日頑張ってくれた馬の世話をしている。普通なら使用人がする仕事だろう。いや、この場でのその役目はわたしか。

 だけどブライル様は、わたしにそれをさせる気は微塵もないようだ。自分の出来ることは自分でする、という心算なのか。日頃研究室に閉じ篭ってばかりなので、率先してのびのび動いているのかも知れない。

 しかも心穏やかな動物と触れ合っているせいか、何処となく微笑んでいる、……ようにも見える。

 というか何あれ!? 完全に微笑んでいるじゃないですか!

 そしてわたしはそれを見てしまったのです。



「……はうんっ!」


 これほどの美男子、しかも普段無表情のブライル様が微笑むというのは、とんでもない破壊力であり、何故か胸の奥の方をドゴーンと殴られたような衝撃を覚えた。それがあまりの凄まじさで、咄嗟に心臓を押さえてしまう。


 ……いかん。いかんいかん!

 正気に戻れ、わたし。

 人間なら笑うのは当たり前だ。昨今では猿や鬼まで笑うと聞いたことがある。

 だからあのブライル様が微笑んでいたからといって、それがどうした。弟子兼お世話係のわたしには、何の関係もないじゃないか。

 あの人は魔法薬の師匠で、且ただの雇い主。

 そしてわたしは料理をする為にここにいるのだ!

 そうだ、わたしは料理をするのだ!


 何だか思考が恐ろしい方向に向かいそうだったので、わたしは目の前にあったチーズを縋る思いで手に取った。

 このまま何かを作ってさえいれば、変なことを考えないで済む。そう考えて、必死に手を動かした。



 まずチーズを潰して柔らかくする。そこに砂糖、牛乳、卵、小麦粉、レモン果汁を入れ、もったりするまで混ぜる混ぜる混ぜる。得体の知れない何かを振り払うかのように混ぜる混ぜる混ぜる。

 そうして出来上がった物をを型に流すのだが、旅ということで肝心の型がない。仕方なく陶器のマグに入れ、じっくりと蒸せば出来上がりだ。


 簡単な作業だが、そのおかげで変な思考も治った。ブライル様も、いつの間にか元の無表情に戻っていて通常営業だ。

 その後も特に表情を変えることはなかったので、わたしの心臓も事なきを得た。

 ああ、良かった良かった!




「ブライル様ーー、夕食出来ましたよーー」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ