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第十六話

 ガタガタと揺れながら、馬車は土の道を駆けてゆく。

 時折大きく揺れるけれど、座席にはふかふかのクッション材が張っている為、お尻はさして痛くない。見た目は普通の幌馬車なのに、こういう所までお貴族様仕様なのか。

 まあ痛くはないのだけれど、舗装もされていない田舎道を走るのだから、揺れるのはどうしようもない。だけどその衝撃で内臓まで揺さぶられ、段々と気持ち悪くなってきた。

 うーん、これはマズい気がする。



「あのー、すみません」

「何だ」

「ブライル様の隣りに行っても良いですか?」

「は!?」

「ちょっと酔ったかもしれません」

「……ああ。そういうことか。少し待っていろ、すぐ馬車を停める」

「あ、停めなくても大丈夫ですよ」



 そう言って荷台部分から直接御者台に移る。背もたれと座席部分を越えるだけなので一々馬車を停めるほどではない。

 スカートを捲り上げ、よいしょと座席を跨ぐ。それを見たブライル様か、ギョッと目を剥いた。



「おい!」

「大丈夫です、いけます」

「いけるいけないの問題ではない! 女が自ら脚を出すなど……っ」

靴下(ショース)を履いていますよ?」

「だからそういう問題ではないだろう! 馬車が停まる少しの間も待てないのか、お前はっ」

「こんなことでお手を煩わすのも悪いかなと思いまして」

「それくらい大した手間ではない。弟子二号、お前は少し女としての恥じらいを待て!」



 女性が脚を出すことに異常なほど抵抗を見せるブライル様。生脚なら未だしも、布で覆われているのに、何をそんなに怒る必要があるのだろうか。

 公衆の洗濯場に行けば、生脚を晒している女性などわんさかいる。冷たい水の中に入る姿を見て大変だなとは思っても、怒る男性なんかいない筈だ。



「もう良い、おとなしく座っていろ」

「はあ、申し訳ありません」



 出発したばかりなのに疲れたと溜め息を吐くブライル様に頭を下げる。

 きっと貴族のお嬢様ばかりを相手にしてこられた方なので、庶民の感覚が理解出来ないのだろう。まぁわたしも貴族の感覚などわからないので、おあいこかしら。



 御者台から見る景色はとても美しく、酔いかけていたのも忘れそうになる。それに爽やかな風を受けていると、いくらか気分もスッキリしてきた。

 なのに隣りではまだぶつぶつ言っているので、早々に話題を変えさせていただこうと思う。



「今回行く所は、街道から大きく外れるんですよね」

「……ああ、薬草は人気(ひとけ)がなく魔素の多い場所を好むからな。昼過ぎに到着する村を過ぎたら、あとはひたすら山道や森の中を走る。街道沿いを行って宿場に泊まることも出来るが、生憎今回は時間がない。なので野営にはなるが最短距離を選んだ」

「あ、じゃあお手数ですが、その村で少し買い物をしても良いですか?」

「別にそれくらい構わないが、ついさっき、手を煩わすのが嫌だと言った奴の台詞とは思えないな」

「だから謝ったじゃないですか。それにその買い物だってブライル様の為なんですからね」

「私のだと?」

「ええ、少しでも新鮮な食材を手に入れようと思いまして。今朝は忙しくて市場に行けなかったですし」



 食料も多めには用意してあるけれど、新鮮な物が手に入るなら、それに越したことはない。道中何が起こるかわからないし、もし余ったら帰ってから使えばいいだけだ。



「フム、その為なら仕方ないな」

「わかって下さって何よりです。でもベルムと違って村なので、あんまり期待はしないで下さいね」



 辺鄙な村は、基本物資が少ない。わたしの故郷の村もそうだった。

 何でも揃う王都とは違うのだ。



 そうしてもう暫く走った所にあった川のほとりで、休憩することになった。馬に水を飲ませ、わたしたちも昼食を摂る。

 メニューは定番のサンドウィッチだ。中身はハムチーズレタス、海老と野菜のミントソース、虹鱒の燻製マヨネーズ和えの三種類。朝早く作ったので、野菜が少ししなしなになっているが、これはこれで美味しい。

 フェリ様たちにも同じ物を置いてきたので、クリス先輩と一緒に食べている頃だろう。



 そこからまた二時間程走り、目的の村に到着した。

 大人たちは仕事に精を出し、子供たちが楽しそうに走り回る、ごくごく普通の村だ。その光景を見ているだけで、感慨深いものがある。

 村の入り口に馬を括り、早速買い物に繰り出した。と言ってもやはり店の数は少ない。その数軒を覗き、目当ての物を探していく。

 ブライル様はその間、わたしの横でキョロキョロと物珍しそうに村の中を観察していた。村人たちも、すこぶる美形のブライル様を見て驚いていた。お年寄りに至っては、良いものを見せてもらったと手を合わせて拝んでいる。冥土の土産というやつかしら。



「良かった、野菜は置いてありますね。もう午後だから売り切れてるかと心配してたんです」

「しかしこれは売り物なのか? まだどれも泥だらけではないか」

「当たり前ですよ、畑で採れるんですから。ブライル様がご覧になる野菜は、お目汚しにならない様、その前に他の人が綺麗に洗ってあるんですよ、きっと」



 こうして常識外れの発言をぶっ込んでくるところが、やっぱりお貴族様だなぁと思わせる。まあこれも仕方ないことだけれど。




「あ、ブライル様。牛乳がありますよ! それにチーズも!」

「それがどうかしたのか?」

「田舎の村は行商が来ないと、こういった物は手に入らないんですよ」

「何故だ、必要なら毎日来させれば良いではないか」

「だからですねーー」

「まあまあ、その辺にしときな。しかしお兄さん、男前のうえに面白いねぇ。世間知らずのお坊ちゃんってとこかい?」



 わたしたちの会話を聞いていた店の女将さんが、笑いながら宥めてくる。

 ふくよかで中々貫禄のある女将さんだ。余所者でも関係なく接してくれる、気の良さそうな女性だ。わたしの故郷にもこういう人が居たなぁ。

 そんな女将さんの言葉で、ブライル様の眉間に深い皺が刻まれるが、さすがに女性相手にどうこうしようとは思わないらしい。但し不機嫌オーラは抑えられていないけれど。

 はいどうどう、堪えて堪えてー。



「近くに酪農を生業にしている村があってね、二日に一度売りに来てくれるのさ」

「へえ、ありがたいことですねぇ」

「うちの村からも野菜なんかを売りに行くから、お互い様なんだけどね」

「持ちつ持たれつ、というやつですね」

「そうしないとこんな村、すぐにくたばっちまうよ」


 そう言って豪快に笑う女将さんに、必要な物をお願いする。



「お兄さんがあんまり格好良いからね、ちょっとだけどおまけしてあげるよ」

「うわあ、ありがとうございます! 良かったですね、ブライル様」


 女将さんにはわからないように、ブライル様の脇腹を肘で突っつく。わたしの言わんとしていることに気付いたのか、嫌そうな顔をしながらも、どうにか「感謝する」と吐き出した。ブライル様にしては上出来だ。


 店を出た途端、「世間知らずとは何事だ」とか「感謝せねばならないくらいなら定価で良い」などと文句を垂れていたけど、わたしとしては良い物が安く手に入ったので大変満足である。





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