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第十五話

 クリス先輩が帰ってきたことで、出発は翌日になった。慌ただしいことこの上ないが、今回ばかりは仕方ない。時間に余裕がないのは分かっていたことだ。

 なので夜も明けない時間からわたしはせっせとパンを焼いている。まるで本職のようだ。

 一応普段食べているものよりは日持ちするパンを作ったのだけれど、それでもなるべくギリギリで作らないといけない。万が一にもお貴族様に傷んだ物を食べさすわけにはならないからだ。


 そして用意された馬車の中に、すべての荷物を積み込む。中々の大荷物になってしまったので、ちょっと重いけれど、お馬さんには是非とも頑張ってもらいたい。

 玄関先では、ブライル様が出勤してきたフェリ様とクリス先輩に責任者らしく留守中の指示を与えていた。しかしその言葉をかき消したクリス先輩が、勢いのままブライル様にしがみつき何かを訴えている。



「先生ぇええ! 何でこの女なんですか。何で僕じゃダメなんですか〜。昨日やっと再会できたのに〜!」


 何となく誤解を生みそうなギリギリの台詞を吐くクリス先輩。ブライル様はそんな先輩を鬱陶しそうにペイと引き剥がした。

 ドロドロの恋愛小説にあるような、三角関係の末、愛する恋人に捨てられた情景を思い浮かべたのはわたしだけじゃない筈だ。しかも不機嫌さと美形具合が相まって、ブライル様がどうしても悪役に見えてしまう。隣りに立つ美しいフェリ様は、さしずめ三角関係の勝者の方だろうか。



「クリス、お前が行けば製作作業が進まないだろう」

「だからってこの女を連れて行くなんて!」

「もうやめてクリスくんっ。私だってリリアナちゃんが危険な目に合うくらいなら、ジル一人で行けばいいって思ってるのに!」

「フェリクス、貴様……!」


 こっちはこっちで仲良しさん達が、いつもの可愛らしい喧嘩を始めた。それを微笑ましく聴きながら、最後に荷物の確認をする。

 よし、よし、よし。忘れ物はない。準備万端だと満足気に頷いていると、さっきまでブライル様にしがみついていた筈のクリス先輩に、いきなり肩を掴まれた。



「おい、リリアナ・フローエ!」

「な、何ですか、クリス先輩」

「お前に忠告する」

「忠告?」

「分かっているとは思うけど、お前、自分の立場をわきまえろよ」

「はあ、立場ですか」

「間違っても先生に色目なんか……」

「はい?」


 色目?

 クリス先輩は何を言っているのだろうか。

 もし先輩の言う色目というものをブライル様相手に使ったとして、果たしてそこに何が生まれるというのか。せいぜい蔑んだ眼差しと罵倒の言葉を延々といただけるくらいだろう。

 それにそもそも色目の使い方がわからない。

 馬鹿馬鹿し過ぎて相手もしていられないので、さっさと馬車に乗り込もうとした。

 しかしそこで、はたと立ち止まる。


 目の前には二頭の馬が繋がれた馬車がある。でもこれを一体誰が手綱を取るのか。

 わたしは馬にも乗れないし、ましてや馬車を操ることなど出来やしない。

 いくら田舎育ちといえど、一人で馬に乗る機会はなかった。せいぜい父親や友達が操る馬に一緒に乗せてもらった程度だ。

 まあ普通の貴族なら専属の御者を召しかかえている筈だから、今回もその方にお世話なるのだろう。食料も余分に用意していて良かった。色々と一安心だ。

 そんなことを考えていると、出発するぞと頭上から声がかかった。

 ブライル様だ。何故かブライル様が御者台に座ってらっしゃる。



「……あの、何をされているのですか?」

「見ればわかるだろう。馬車に乗っている」

「御者の方は」

「そんなものは必要ない。馬くらい私でも操縦出来るのだからな。それに人数が増えれば、その分面倒も増える」

「それはそうでしょうけど……」

「くだらないことを言ってないで、さっさと乗れ」



 お貴族様というのは、ちょっとした場所にも仰々しく使用人を引き連れて赴くものと思っていた。数日間にも及ぶ旅となれば、それは大層な人数を引き連れて行くのだろうと。

 しかし今回は町どころか村さえない道を進み、しかも野営なのであまり大袈裟には出来ないと聞いていた。人数が多いと、それだけ獣や魔物に襲われ易くなるのだそうだ。だけれど使用人の一人も連れないなんて。

 ブライル様という方は、わたしの想像していた貴族とはどこか違う。ちょっと偉そうとか自分勝手なところはそれそのものだけど、自分で馬車を操る貴族なんて聞いたことがない。


 まあそんなことを疑問に思っていてもしょうがない。怒られる前に、さっさと馬車に乗り込もう。

 幌の中にある座席に座ると同時に、出発の合図を出された馬が嘶いた。



「では行ってくる」

「リリアナちゃん気をつけてね! 本当に気をつけてね!」

「はい、フェリ様もお薬作り頑張ってください。あとクリス先輩も」

「ふん、余計なお世話だ。そんなことよりリリアナ・フローエっ。僕の忠告を忘れるなよ!」

「ああ、ハイハイ」

「ハイは一回だ!」



 というか皆様、ブライル様にお声掛けしなくてよろしいのですか?

 御者台に目を向けると、憮然とした様子のブライル様が馬に鞭を打ち、そして静かに動き出した。フェリ様たちが段々と小さくなっていき、あっという間に姿が見えなくなった。

 さっきまであんなに騒がしかったのに、二人になった途端寂しく感じるのだから不思議だ。


 いつも使っている門とは違う馬車用の門を抜け、城下へと入る。賑やかで見慣れた風景も通り過ぎ、そしてとうとうベルムの街を出た。

 首都といっても栄えているのは街中だけで、一歩外に出ると、周りは畑や牧場、草原や森などの緑が溢れている。久しぶりに見る景色に懐かしさを覚える。

 そんな自然豊かな場所とは不釣り合いな背中を見て思う。

 わたし、本当にブライル様と旅に出るんだ。






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