第十三話
「え、連れて行くってリリアナちゃんを!? ちょっと待ってジル、それこそ本気で言ってるの!?」
フェリ様の驚いた表情を見ても、いまいち状況が理解出来てない。
えーと、誰をどこに連れていくって?
「ああ本気だとも。そうすれば食事の心配がない。こいつが居なくても、お前らは適当に食べれば良いだろう?」
さすがブライル様。こんな時でも食事が大事ですか。
そんなことを心配してるんじゃないわ、とフェリ様が噛み付く。
「素材が採れる場所には魔物がいるのよ!」
「まままま魔物!?」
「フン、それくらい私一人でどうとでもなる。それに同行することは弟子二号の願いを叶えることにも繋がるのだ」
え、それってどういうことですか?
もう少し詳しく!
「冷却装置が欲しいのだろう。金がかかると言ったが、それはお前のような者が手に入れようとした場合だ。では何故そんなに金がかかると思う」
「えーと材料が高いから、ですか?」
そうではない、と首を振られる。
「材料自体にそれほど価値はない。ただそれを取りに行くのに護衛が必要だからだ。お前のように戦う手段のない者はな」
「戦う?」
「魔物がいるからな」
「やっぱり魔物!」
冷却装置は欲しい。でも危険な目に合うのは嫌だ。
ブライル様の言った護衛を雇えば良いだけの話かもしれないが、わたしには雇えるだけのお金がない。
ああ、一体どうすればいいのか。
「今回赴く採取地は、偶然にもその大型の魔物が居る場所だ。同行すれば、無料で冷却装置の材料が手に入るぞ」
「そ、そんなのブライル様が取ってきれくれれば良いじゃないですかー!」
「そうしてやりたいのは山々だが、こればかりはお前が来なければ意味がない」
「ジル、まさかその材料って……」
「魔石だ」
魔石って……、ああ、小さい頃お伽話で聞いたことがある。魔物の中に存在するっていう宝石。
「そんな物、本当にあるんですね。見たことありません」
「魔石は基本的に取り引きされてない。使い道が限られているからな」
「使い道とは?」
「魔石は最初に魔力を注いだ者しか使えない。しかも魔物を倒し、そのまま誰の魔力も注がなければ数分後には消えてしまう」
「へぇーー」
そうか、だから魔石を欲している本人が行かなければならないんだ。
注いだ魔力がなくなっても、また注ぎ直せば問題ない。ただし注がなければ、これまた消えてしまうらしい。
魔石、中々面倒くさい代物だ。
「ではブライル様の魔力を込めた魔石で作ればいいのでは?」
素晴らしい発案をしたのに、ブライル様の表情は変わらない。
「それでも良いが、私が任務でここを離れている間に魔力が尽きれば、途端に冷却装置の機能は切れる」
それはマズい。そんなことになれば食材が傷んでしまう。
うーん、これはやっぱりわたしが行かなければならない案件なのだろうか。その際、身の安全は誰が保証してくれるのか。
「この場合ブライル様が護衛の代わりをしてくれるわけですよね? 大変失礼なことをお聞きしますが、ブライル様はその魔物を倒せるんですか?」
「ああ、ドラゴンやヒュドラでない限り、不覚はとらないだろう」
じゃあそのドラゴンやヒュドラに出会ったらどうするのだろうと思ったが、そんな貴重種は地の果てにしかいないとも聞く。
それに学生の頃、ブライル様は魔法はおろか剣術でも学園一の実力を誇っていたとか。しかも騎士団の魔物討伐に無理やり同行されられ、バジリスクやキマイラの群れなどを共に一掃したらしい。
フェリ様が嫌々ながらも頷いたので、本当のことなのだろう。
では何か問題があるだろうか。いやない。
「分かりました。わたしも行きます」
きっぱり宣言すると、やはりフェリ様は顔を歪めた。
「リリアナちゃん!? ダメよ、危険過ぎるわ!」
「落ち着け、フェリクス。魔物避けも持っていくし、万が一怪我でもしたらそれこそ傷液薬を使えば良い」
「でも、でも……っ」
心配してくれるのはとても嬉しいけど、こんな機会は今後ないかもしれない。なのでわたしはブライル様の案に乗ることに決めた。
魔石が欲しいわたしと、道中もきちんと食事がしたいブライル様。これはどちらにも得があるのだ。
「大丈夫ですよ、フェリ様。ブライル様が守ってくれます」
「リリアナちゃああああん!」
涙目のフェリ様を何とか説得し、わたしは旅の準備に取り掛かることにした。
採取場所は王都から馬車で二日。採取に丸一日かかるので、全五日の行程だ。
出発はクリスさんという人が戻ってきてからになるので、二、三日は猶予があるらしい。その間に準備をするのだけど、それと同時に魔法薬のお勉強も進めなければならない。
魔石に魔力を注ぐには、ちょっとしたコツというか練習が必要なのだとか。せっかく魔物を倒して魔石が出ても、わたしが失敗すれば元も子もない。
なので魔法薬を作る作業をしながら、魔力を操る練習をすることになった。
「まず私が作るところを見ていなさい」
ブライル様が取り出したのはクタの実とレスタの実。先日習った傷塗り薬の材料だ。
それをゴリゴリとすり潰し、精霊水に浸して成分を移す。それを丁寧に濾し、ブルーシアの油と蜜蝋を溶かしたものに混ぜるのだが、その時に精霊水の方に魔力を注ぎながら混ぜるのだ。
ブライル様は慣れた手つきで行っているけど、これが案外難しい。
いつも使っている魔法は、頭に思い浮かべて、掌に魔力を込めれば良いだけなのだが、魔法薬を作るには指先から細い糸を出すような感覚が必要なのだ。
魔力を注ぐのは混ぜる時なので、それが出来なければ材料が無駄になってしまう。
だから今回は在庫に余裕のある塗り薬の方で練習するのだ。
「あ、ああーー……、ダメだ、また失敗しちゃった……」
もう何度目か覚えてない。
細く細く出そうとしているのに、いつものようにぽわんと丸くなってしまう。なぜだ。
少量ずつ試しているので、材料もさほど無駄にはなってないけど、その前に魔力が切れるかもしれない。
しかもわたしを見るブライル様の視線が冷た過ぎて、心が折れそうになる。
「ではもう一度だ。ちゃんと細い糸を想像しろ」
「してますよ。でもなぜか丸くなるんです」
「お前の想像力が足りないせいだろう」
ひどい!
でもこれが出来なければ、冷却装置は夢のまた夢なのだから頑張るしかない。
でもどうして細くならないんだろう。
じっと指先を見てみるが、何も分からない。
「ブライル様は一番最初から出来たのですか?」
「当然であろう」
「良いなぁ、良いなぁ」
「馬鹿なことを言ってないで、さっさとやれ」
溜め息を吐いたブライル様に、おでこをピンと弾かれた。痛い。
まあブライル様は特別優秀なのだろう。貴族だし、小さな頃から魔力を操る訓練をしていたのかもしれない。
その点わたしは魔力を隠して生きてきた。意識して使ったのも王都に出てきてからだ。
なのでこんな短時間に出来る筈がない。
「あーん、やっぱりダメだったー!」
「泣くな馬鹿者」
遅くまで続いた勉強会だが、その日のうちに成功することはなかった。




