第十二話
「どうした。早く座れ」
勘弁してください、ブライル様。
「そうよ、リリアナちゃん。昼間は一緒に食べてくれたじゃない」
フェリ様まで、そんなこと仰らないでください。
「そ、それはブライル様がいらっしゃらなかったし、女子会みたいで楽しそうだったから……」
「私が良いと言っているんだ」
でもでも、といつまでも尻込みしていたら、ブライル様に腕を掴まれ、無理やり座らされた。
お貴族様に囲まれて食事だなんて、親が知ったら卒倒するかもしれない。
「ふふ、やっぱり可愛い女の子と食べる食事って素敵ね。いつもはこの無愛想な男と二人なんだもの」
「悪かったな。私もお前となど飽々していたところだ」
「もう少し愛想良く出来ないのかしら。ね、ジル、ちょっと笑ってみてくれない?」
「断る。何故お前なんぞにヘラヘラ笑いかけねばならないんだ」
お祈りを済ませたテーブルに、聞き慣れた軽口が行き交う。
それを横目に、おずおずとスープに手を付ける。
こんな状況で食事なんかしても、味なんて分からないし、食べてる気がしないだろう。そんな気がする。しかしわたしの舌や胃は、思いの外丈夫だったらしい。
萎縮しないよう、適度にフェリ様から話題を振られ、その答えに時々ブライル様が反応する。二人の気遣いに緊張は少しずつほぐれ、食事も楽しめるようになってきた。
ビーツとじゃがいものスープ。
ビーツといんげん豆のサラダ。
今日はビーツが安かったので、サラダとスープの両方に使ってみた。だけど生と火を通したものじゃ、味も食感も違うから、それぞれに楽しめる。
主菜の豚肉のエール煮はとても柔らかく、こっくりとした味がたまらない。エールどころかまだワインも飲んだことないけれど、料理に使えばこんなに素敵な味になるのだから、お酒って素晴らしいものに違いない。
食事も終わり、デザートの焼き菓子を摘みながらまったりしていると、
「リリアナちゃん、今の生活で何か不自由はないかしら?」
突然フェリ様がそんなことを言い出した。
不自由? はて?
「遠慮なく言ってちょうだい。頑張ってるリリアナちゃんのお願いなら何だって叶えるから、ジルが」
「おい、何故私だ」
いきなり名指しされたブライル様が、解せない顔でフェリ様が睨む。
「えーと、充分気持ち良く働けてますけど、そうですね、強いて挙げるなら……」
「弟子二号、お前も簡単に答えるな」
「え、でもこれがあればきっとブライル様も喜ばれると思うんですけど」
「私が? 何だ、転移魔法か?」
「違いますよ。ていうかそんなもの実際にあるんですか?」
「ないから言っているんだ。それがあれば何日もかかる素材採取が短時間で終わる」
「それは素晴らしいですね。城下への買い物も一瞬で行けますし」
「城下の美味しいレストランまでも一瞬ね」
素敵ー、とフェリ様と手を合わせる。そんなわたし達を冷めた目で見るブライル様。
「城下などすぐそこではないか。それでお前は何が欲しいのだ」
「あのですね、食材を冷却する物が欲しいです」
「冷却? そんなこと魔法で出来るだろう。現にいつもやっているではないか」
そう、サラダや冷たいスープを作る際、魔法で氷水を生成し冷やす。だけどそれは下から冷やすだけなのだ。
それも大事だけど、今言っているのは上から下から全体的に冷やしてくれるものだ。
「それって氷が溶けたら終わりですよね。そういうのじゃなくて、わたしが居なくても冷やし続けてくれるものです。そうすれば食材の保存も出来ますし、何よりお菓子作りにすごく役立ちます」
「……何だと?」
ブライル様の目の色が変わった。
「牛乳やバターなど、お菓子作りに必要な食材も保存出来ます。プディングやババロアなんかも大量に作れます。それにもっと温度を下げることができれば、氷菓子も夢ではありません」
「氷菓子……!」
ブライル様の目の輝きが変わった。
「なのでそういう夢のような物があれば良いなぁと」
「ふむ」
氷室という手もあるが、残念ながらこの館には備え付けられてない。貯蔵庫を氷室に、と考えたこともあるが、中には冷やしてはいけない食材もあるし、何より貯蔵庫を覆う程の氷を、魔法をもってしても作り出せるとは思わない。
これ以上わたし程度の知恵では思いつかないので、可能性は低いと分かりつつブライル様にお願いしてみたのだ。
なのに唸るばかりで、彼の首は横には動かない。
「ま、まさかあるんですか?」
「まあ手段が無いこともない」
「本当ですか? やったぁー!」
「しかしかなりの金がかかるがな」
喜んだのも束の間、期待は一瞬で摘み取られる。
やっぱりそうかー。世の中お金かぁー。
そう自棄になってもおかしくない。
「ちなみにですが、いかほど?」
「そうだな。お前の給金だと二年分くらいか」
「わぁー……」
突き付けられた現実は、やはりそんなに甘くないのでした。
でもブライル様は氷菓子の魅力に取り憑かれたのか、まだ何か考えている様子。そんな彼をわたし達は肩を竦めて眺めた。
「ところでジル、会議は無事に終わったの?」
「いつも通りだ」
その言葉に、フェリ様は眉を顰める。
「まさかまた無茶な注文ぶつけてきたの?」
「それもいつも通りだ。傷液薬を五百用意しろと言ってきた」
「五百!? そんなにたくさん何に使うのよ!」
「騎士団から近いうちにの遠征があると報告があった」
騎士団は魔物討伐などで時々遠征に出るらしい。戦闘になる以上、魔法薬は予備も含めて大量に持っていかなければならない。
それを用意するのはここ、魔法薬研究所なのだ。
「でも五百だなんて、どう考えても素材が足りないわ」
「そうだな。今から採取依頼を出しても引き受けてはもらえないだろう」
その採取依頼を出すのは、他ならぬ騎士団だ。しかしその騎士団も遠征準備でそれどころではない。
そんな大事なことを何故黙っていたのかと、フェリ様は食ってかかった。反対にブライル様は、早く言ったところで現実は何も変わらないと、呑気にお茶を啜っている。
「ああ、もう、本当にどうしたら良いの……」
解決策が見つからないフェリ様は、ついに頭を抱えてしまった。
お優しいフェリ様が苦しんでいる姿を見るのが辛い。
ああ何か一つでも、わたしに出来ることがあれば良いのに。
部外者のわたしまで沈痛な面持ちになっていると、一人だけ飄々としたブライル様が、いつもの無表情で言い放った。
「安心しろ。私が採取に向かう」
一瞬、彼の言った意味を理解出来なかった。しかしその問題点にいち早く気付いたフェリ様が声を荒げる。
「何馬鹿なこと言ってるのよ、ジル! 貴方が居なくてどうするの!」
こと魔法薬に関しては、責任者のブライル様が研究所の中で一番手慣れている、なので彼がいるのといないのでは作れる薬の数に大きく差が出るらしい。
そんな彼が製作ではなく採取に向かうとなれば、依頼達成は絶望的である。
「クリスが帰ってくれば、多少は素材の補充もできる。当面の備蓄は賄えるだろう。だから私が出てる間は二人死ぬ気で作業すれば良い」
寝る間も惜しんで作れ。なんて鬼畜な発言。
「でも一人で行くなんて……」
「大丈夫だ。今回はこいつを連れて行く」
そう言ってブライル様が指を差したのは、
「…………は?」
わたしだった。




