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第十話

 気分を害したのか、昼食を終えたブライル様は研究室へと戻っていった。なのでフェリ様だけに食後の紅茶を淹れる。

 フェリ様は優雅に紅茶を楽しみ、やっぱりリリアナちゃんのお茶はホッとする味で美味しいわ、と優しい笑顔付きで言ってくれた。わたしなんかにまで気遣ってくれるフェリ様は、本当に素晴らしい女性だと思う。




「それにしても、噂一つで朝からあんなに大勢の人が押し寄せて……。なぜ皆さん、そんなにもフェリ様やブライル様の話に興味津々なんでしょう」

「まあそれはジルと私だから、かしらね」


 フェリ様の仰った意味が分からないわたしは、はてと首を傾げた。


「ジルは若くして魔法薬研究所の責任者になったでしょう? このまま順調に行けば、魔法研究局の局長にまで登りつめる可能性が大いにあるのよ」


 魔法研究局というのは、魔憑きの研究をしているという例の組織のことらしい。正確には魔憑きの研究『も』している、だが。

 魔法研究局は、この国に存在する魔法のすべてを司る機関であり、ブライル様率いる魔法薬研究所もその一部なのだとか。


「それに魔法研究局を辞めたとしても、家督を継げばブライル公爵として宰相や大臣あたりの役職に就かなきゃいけないから、どっちにしろ将来有望なのよねぇ」


 なんと!

 ブライル様は公爵家の嫡男だったのです。

 公爵といえば貴族の中でも一番上の階級だと、平民のわたしでさえ知っているくらいだ。美麗なる見目も相まって、さぞかし貴族のご令嬢からおモテになっていることだろう。



「ではなぜフェリ様まで?」

「あまり言いたくはないけど、私もそれなりの家の出身なのよ。もちろんジルの家程じゃないけど。それに私ってこんな格好してるから、変に目立つじゃない?」

「それは格好の問題ではなく、フェリ様が美しいからだと思います」


 そうはっきり言えば、フェリ様が驚いたように目を見開いた。そんなにびっくりしなくても、フェリ様の美しさは疑いようもないことなのに。



「じゃあそんなお二人が女性を囲ったとなると、そりゃ噂になりますよね」

「そうなのよ。昔からある事ない事噂されて……。ジルだって今でこそ気にしてないけど、最初の頃なんて本当にうんざりしてたわ。これも私達が独り身のままふらふらしているのがいけないのかしら?」

「ブライル様はともかく、フェリ様はまだお若いのだから問題ないのでは?」


 わたしの言葉に、フェリ様が変な顔をする。

 一般に女性の結婚適齢期は十七歳から二十歳過ぎ、男性は二十歳から三十歳と言われているのだけど、貴族の方はもう少し早いのかな?

 まあどちみちブライル様はギリギリだ。



「言ってなかったかしら。あのね、リリアナちゃんにはどう見えてるか分からないけど、私とジルって同い年なのよ?」

「えええ!?」


 なんという衝撃の事実。


「フ、フェリ様そんなに年を重ねてらっしゃるのですか!?」

「あ、どう見えてたのか察したわ」

「そんな、フェリ様が……」

「リリアナちゃん、リリアナちゃん」

「フェリ様が、三十路……」

「私は三十路じゃないわよ」

「でもブライル様と同い年だって」

「そうよ、だから私とジルは今年で二十四歳なの」

「ええええ!?」


 なんという衝撃の事実(二回目)


 いや、フェリ様は想定していた通りなのだけど、ブライル様が二十四歳だと?

 見た目で三十路近くだと勝手に思っていたし、研究所の責任者を任されるくらいだから、もう少しいっててもおかしくないと考えていた。

 それが二十四歳。結構若い部類に入るじゃないか。

 貫禄があると言えば、少しは聞こえが良くなるだろうか。だとしても三十路に見えることには変わりがないが。

 あの無表情がいけないのじゃないかと思う。フェリ様のようににこやかにしていれば、年相応に見えなくもない、かもしれないのに。

 いや、本人からすれば余計なお世話だろう。



「でも噂が流れる度こんなことになるなんて、フェリ様もブライル様も大変ですね」

「それはもう慣れたからいいのよ。今回迷惑がかかったのはリリアナちゃんでしょう? 本当にごめんなさいね」

「フェリ様が謝ることなんてなにもありません。それに思いがけず友達も出来ましたし」

「ああ、さっき言っていたアニエスという娘ね」


 アニエスとはまたお茶を飲みながらお喋りする約束をしたのだ。

 嬉しそうに語るわたしに、良かったわね、とフェリ様は優しく微笑んだ。


「フェリクス! いつまで無駄話をしているんだ。いい加減仕事に戻れ」

「はいはい。上司がうるさいから戻りまーす」


 さて、わたしもお仕事しますか。





 厨房に戻り、夕食の準備をしながら考える。

 先日のデザートに関して、ブライル様には本当に申し訳ないことをした。それに三十路近辺だと決めつけていた(本人には知られてないけど)。

 なのでその償いとまではいかないが、今日のお菓子は買わずに作りたいと思う。

 決してもう二度とあの上流階級だらけの店に足を踏み入れたくないというのが理由ではない。貴族のお嬢様軍団が下賎な者を見る目で見てきたり、店員に蔑ろに扱われたりしたとしても、決して。



 えーと、今ある材料で作るとなると、プディングが無難かしら。

 フェリ様情報によると、プディングはブライル様もお好きみたいだし。失敗は少ないし。簡単だし。今から他の材料買いに行くのも面倒だし。

 ああ、本音と建前がぽろぽろと。



 まず砂糖と水を鍋に入れて火にかける。沸騰しても煮続けると、次第に焦げて茶色くなってくる。程良い色になってきたところで素早く火から下ろし、そこにお湯を加える。


「ぎゃっ」


 この時、高温になった鍋の中身が飛び散るので気をつける。といっても防ぎようはないのだけれど。


「ああ熱っ、熱!」


 案の定、軽く火傷を負った。

 まあしょうがない。これはカラメル作りには付きものなのだ。

 出来上がったカラメルを型の底に敷き詰めて、卵液が出来るまで放置する。うーん香ばしい良い匂い。


 次は別の鍋に牛乳と砂糖を入れ、砂糖が溶けるまで温める。本当は香り付けにバニラビーンズも入れたいところだけど、結構高いし、そもそも買ってきてもないので今回は省略。

 温めた牛乳を温い(ぬるい)くらいまで冷まし、といておいた卵と混ぜ合わせるのだけれど、ここで泡立ててしまうとプディングに小さな気泡が入るので、(へら)などででゆっくりと混ぜていく。

 それを目の細かい布で何度か濾す。こうすることで口当たりが滑らかになり、口いっぱいにとろけるような甘さが広がるのだ。

 そしてカラメルを敷いた容器に流し込み、水を張った天板に乗せてオーブンで蒸し焼きにする。

 あとは氷水で冷やせば完成だ。

 ほのかに黄色味を帯びた艶やかな表面が、ぷるんと震える。

 お、おいしそうじゃないか!

 溢れそうになる唾液を慌てて飲み込んだ。



 そして夕食後、お二人の前にふるふると揺れるプディングをお出しする。

 どうだと言わんばかりにブライル様を見れば、やはり眉がピクリと反応した。

 ふふふ、喜んでる喜んでる。


「弟子二号、最近の城下ではこんな物まで売っているのか?」

「いえ、今日はわたしが作らせてもらいました」

「お前が?」

「はい、お好きだと伺ったので」

「まあ嫌いではないな」


 一口食べたブライル様の眉が素晴らしく動いたのは言うまでもない。

 しかも「これから時々作るように」と、注文までしてくれたのだ。

 表情からは気付き難いが、どうやらブライル様もご機嫌な様子。フェリ様もそんなブライル様を見て、ニコニコしている。

 やったね。


 これで勉強会がなければ皆が幸せになるのに。





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