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第一話

 大陸一、二を争う大国、ノワール王国。その首都ベルムにある王城は、さすがと言わざるを得ない大きさだった。

 そしてわたしはその城の前に立っている。まあまだ城門の前であり、高く堅牢な城壁と登城する人集りによって建物一つも見えないけど。


「次の者、前へ」

「はい!」


 列に並んでから三十分程経ち、漸くわたしの順番がやって来た。屈強そうな衛兵さんからお呼びがかかる。

 言われるがまま門の中に入れば受付があり、さっきの衛兵さんとは違う、身なりの良い、しかし気難しそうな係官がいた。きっと来訪者を管理する役職に就いているお貴族様なのだろう。


「名前と用件を言え」

「リリアナ・フローエと申します。本日はジルヴェスター・ブライル様からの呼び立てがあり、参りました」

「……ブライル卿が?」


 途端にジロリと睨まれる。そして不躾な視線で、全身を隈なく凝視される。何故に。

 お城に行くってことで、よそ行きの服を着てきた。金色にほんのり薄紅色がかった髪だって、いつもより念入りに梳かしているからキラキラだ。怪しい人物には見えまい。


「お前のような平民が、ブライル卿に何用だ」

「あちらに呼ばれましたので、どんな用件かまでは……」

「あの御方が、平民なんぞを呼びつけるわけないだろう」

「そ、そう言われましても……」


 わたしだって帰れるなら帰りたい。でもそうはいかない理由があるのだ。


「あ、手紙! ブライル様からの手紙がありますっ」


 慌てて鞄から封筒を出せば、係官は引ったくって中身を確認する。何度も何度も読み返し、そして驚いたように目を見開いた。


「……本物だ。印章も間違いない」


 ざまぁ、とまでは思わないしにろ、係官の態度に幾分胸のすいた思いをした。

 しかし疑うのも彼の仕事なんだから仕方ない。万が一不審者を侵入させてしまったら、それこそ大事件になるからね。


 入城の許可証を受け取り、案内係に付いていく。

 お城の中ってどんな感じだろう。やっぱり色々と豪華なのかしら。

 生まれて初めての登城に、落ち着かない視線が勝手にあちこちへ飛んでしまう。

 なのに目の前の案内係は、お城とは逆の方向に歩いて行く。


「あのー、お城は反対の道ですよ?」


 恐る恐る尋ねた。が、


「こちらで合ってます」


 と、一言だけ返ってきた。お城の中が見れないと分かると、興味は一瞬で消え失せてしまう。

 一体どこまで行くのかと不安になるくらいどんどん奥に進む。かなりの距離を歩かされて、漸く一軒の建物が見えてきた。

 お城と同じ材質でできた、石造りの中々に大きい館だ。館の奥には、鬱蒼とした森が見える。本当に城内の隅っこなのだ。

 呼び鈴を鳴らして中に入ると、手前の部屋から綺麗なお姉さんが現れた。薄い紺色のドレスを着て、亜麻色の長い髪を後ろで一纏めにしている、すごくすごく美人なお姉さん。


「ブライル様に客人をお連れしました」

「まあ、ご苦労様」


 にっこりと微笑む姿もうっとりするくらい美しい。なのにその人物から発せられた声は女性とは思えないほど低い。むしろお男性そのものだ。

 ああ、と瞬時に理解した。残念なのかおいしいのか、複雑なところだ。

 案内係の人は、わたしをオネェさんに引き渡して戻っていった。


「じゃあ、こちらに来てくれるかしら。かわいいお嬢さん。ジルヴェスターは、今出掛けてて。でもすぐ帰ってくる筈だから」


 いくら社交辞令と分かっていても、かわいいなんて言われ慣れていないから照れる。しかもこんな綺麗な人に言われると尚更だ。

 ただオネェさんに連れて行かれた部屋を見て心底驚いた。一応応接室の形状はとってあるものの、荷物が所狭しと置かれていたり、大量の書物が乱雑に積まれていたりと、明らかに人を招き入れる様子ではない。


「ごめんなさいね。ちょっと散らかってて。これでも少しは片付けたんだけど」


 ちょっと?

 これがちょっと?

 しかも片付けた?

 この状態で?

 これ以上に散らかった応接室の姿を想像して、ぞっとしてしまう。

 外れとはいえ、ここは本当にお城の一部なんだろうか。もっとこう、豪奢な調度品が綺麗に並べられているのを期待したのだけれど。あれはお伽話の中だけなのか。

 しかしオネェさんが用意してくれたティーセットは、さすが王城と思わせる一品だった。白磁に小花がいくつも描かれた可愛らしく華やかなそれは、オネェさんが持つと、そこだけ貴族のお茶会のような優雅さだ。

 なるべく荷物の少ない方のソファに腰掛け、おっかなびっくりカップに触れる。

 これ一つではたしていくらするのだろう。わたしの一ヶ月の給金でも賄えないかもしれない。

 使っている茶葉も高価なのだろう。いつも飲んでいるお茶とは、香りが全然違う。

 味もさぞかし美味しいだろうと一口飲めば、


「ぐ……っ!」


 なんだこれは……!

 あまりの不味さに悶絶した。苦い。苦過ぎる。


「こ、これは一体……」

「やだ、口に合わなかったかしら?」

「いえ、口に合う合わないの問題ではなく……」


 失礼してポットの中を覗けば、そこにはあり得ない量の茶葉が蓋を持ち上げんばかりに入っていた。おお、神よ。


「ごめんなさい。お茶を淹れるのって初めてで……」


 お茶が水代わりのこの国で、まさかそんな人が存在するのか。するのだ。今まさに目の前に居る。

 まあ、お貴族様ならそれも有り得るのだろう。

 この城で働く多くの人が、貴族階級にある。

 庶民もいるにはいるが、大層能力が高い場合を除き、その殆どが平兵士や使用人レベルである。

 その中でこのオネェさんは貴族なのだと思う。お茶を淹れたことがないという事実、そして彼女(?)の身なりと発言がその根拠だ。

 彼女の着ているドレスは、派手な意匠ではないけれど、生地や仕立ては見るからにとても上等だ。それを普段着として使える経済的余裕は貴族に他ならない。

 それとブライル様を『ジルヴェスター』と呼んでいた事実。家名ではなく、名前で。しかも敬称がないということは、ブライル様と同じ、もしくはそれ以上の家柄なのかもしれない。

 ならばわたしはお貴族様にお茶を淹れさせたのか。それも上級の。

 はわわわわ、と慌てふためくわたしを余所に、オネェさんは、何がいけなかったのかしら、と可愛らしく首を傾げている。答えは茶葉の量です。


「あ、あの……」

「何かしら?」

「わたしがお茶を淹れても?」

「まあ! お客さまにそんなことさせれないわ」

「良いのです良いのです!」


 わたしこそ、お貴族様にそんなことさせてしまいましたので。

 用意された新しいティーセットで、いつものように手際よく淹れる。


「茶葉はそんな少しで良いのね」

「ええ、基本は匙一杯で一人分と決まっています。今回は二人なので、二杯ですね」

「決まりはそれだけかしら?」

「大事なのは、いかに高い温度を保つかです。まずポットとカップを予め温めておきます。そして茶葉を入れたポットに、ボコボコと沸騰したばかりのお湯を勢い良く注ぎます。そして熱が逃げないように、すぐさまティーコージーを被せて、3、4分蒸らせば完成です」


 出来上がった物を、オネェさんに差し出す。


「美味しい! さっきのとはまったくの別物だわ」

「ありがとうございます」


 良かった。お貴族様の口にも合ったようだ。

 オネェさんから合格点を貰ったので、わたしも安心して飲める。

 と、そこに。


「なんだ、もう来ていたのか」


 一人の男性が現れた。

 ジルヴェスター・ブライル様。

 わたしをここに呼び出した張本人である。

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