かわいい熊さんとこわもて子猫
俺は人から良く『表情がなく怖い』とか『無口で何を考えてるかわからない』と言われて遠巻きにされることが多かった。
孤児院育ちの俺は、子供のころから体が大きかったせいでよくもめごとに巻き込まれていた。まあ、俺はけんかもできないもんだから、腕を組んだまま突っ立っていた。ただ立ってるだけで周りが勝手にびびってくれて、たいてい自滅してくれてた。無表情で腕を組んで立っていると妙な迫力があって怖いんだと。
いわく、村に押し入った盗賊団を全滅させた。警ら隊が踏み込んだ時に立っていたのは一人だけだった。
いわく、裏社会にも通じている。喧嘩をした人物がいつの間にか消えている。消したに違いない。
なんていろんな噂もたってしまったが、めんどうくさいし放っておいたらいつの間にかすごいことになってしまった。だって、やってもいないこと、否定して歩くのっておかしくね?
「ひっ!!赤鬼だ!」
「最近はおとなしくなったって聞いたがな。」
「この間隣町で旅のごろつきを黙らせたって聞いたぜ。」
「ああ、俺も聞いた。なんでも店主にいちゃもんつけてたやつにガツンと一発お見舞いしたらしいぜ。」
「「すげーなー」」
---何の話?
首をかしげていると唯一といっていい友人のハリーが肩をたたいてきた。
「おはよ! 相変わらずの無愛想だな。ジン。」
「おはよう。」
「今日のうわさはすげえな。お前、隣町まで遠征したのか?」
ふるふると首を横に振るとハリーが笑いながら背中をバンバンとたたきながら言う。
「だよなーーーー!! おまえ、見かけによらず弱いからな。」
「・・・うるせー」
「仕事だって、造園業だしな。」
「・・・植物は見かけで判断しないからな。」
「親方はいい爺さんだしな。」
「うん。恩人だ。」
親方は孤児院でなじめずに孤立していた俺に弟子にならないかと声をかけてくれたんだ。なんでも孤児院の花壇の手入れをしていたのが俺だって聞いて後継として育てたいと思ってくれたらしい。
5年くらい前、仕事で村道を荷馬車で移動している時に、喧嘩で負けたらしくぼろぼろになったハリーが落ちていた。そのままだと夜になって凍えてしまうと思った俺はハリーを拾って帰った。前にも子犬と子猫、子ぎつねも拾って帰ったから、拾うのは慣れたもんだ。
その時はまだ親方の弟子になったばっかりで荷馬車に積んで帰ったらえらい勢いで怒られた。
『変なもの拾ってきたな、今度は人間か! てめーで面倒見るんだぞ。』と、言いながら住み込みしてた親方の家で治療させてもらった。ハリーは調合師だったようで、ヘンリー親方の薬草園を見て狂喜乱舞していた。
余分な部屋がなかったから同じ部屋で1か月ぐらい一緒に住んだんだが、怪我が治って出て行くまで、友達と弟がいっぺんにできたみたいで毎日が楽しかった。故郷は遠くだったから怪我が治ったらこの町を出て行ってしまうのか、と思ったら近くの下宿屋を借りて住み着いてしまった。
「これからもよろしくな、ジン。」
満面の笑みで言われて戸惑いつつもうれしくてつい笑っちゃったんだ。
「こちらこそよろしく。」
そんなわけでハリーは俺の中身をよく知っている。見掛け倒しの中身を。
俺はとっても小さいものが好きだ。可愛いからな。こども、子猫、子犬。まあ、大体子供には怖がられて終わってしまうんだが。拾ってきた動物たちもきちんと育てている。自然に帰そうと何度かチャレンジしたがなぜか戻ってきてしまって俺の住んでいる裏の林に住み着いちまった。たまに自分たちの様子を見せに来てくれたり、仕事で失敗した時に落ち込んでいると、『元気出せよ。ほら、撫でてもいいぜ。』みたいな感じで膝の上に乗っかってくる。モフモフに癒されて持ちつ持たれつ暮らしている。いつの間にか世代交代もしているみたいだが、俺が困るようなことは何故かしない。
そんな俺のなんてことのない毎日に最近色が付き始めた。
******
たまに飯を食いに行く食堂があるんだが、その日は食堂の看板娘さんが困っていたんだ。飯を食いながら聞くところによると1週間前に裏口に猫を捨てたやつがいたらしい。
俺にしてみたら大したことないが、食堂じゃあまずいかもな。相変わらずここの飯はうまいなあ。なんて思いつつ金を置いていこうと思った時、看板娘さんと目があっちまった。
その時、いつもだったら絶対にしないことを俺はしてしまった。魔が差したんだよな、うん。
「困っているようなら俺が引き取るけど?」
話しかけた瞬間、看板娘さんは固まってしまった。
固まっただけならまだいいが、どうやらまた怖がらせてしまったみたいだ。慣れているとはいえ、やっぱりこんなかわいい子に怖がられると凹むな。
「時間のある時でいいからちょっと俺の職場まで子猫を連れて来てくれないかな?」
多分来ないだろうな、と思いつつ金を払って外に出た。ちゃんとお釣りがでないようにする所まで気を使った。そのままそのことは忘れて次の日、顧客回りをしていたらちょうど昼時に食堂の前を通りかかったから、何も考えずに足を踏み入れた。
ざわざわしていた食堂も一瞬静かになる。やっぱりこれからは遠慮しておこう、と思ってなるべく一番端の暗い席に着く。ランチ大盛を注文してなるべく早く食べ終わらせた。
ごちそうさま、とつぶやくとそこに看板娘さんがやってきた。
「いかがでしたか?ご満足いただけましたか?」
俺? 俺に話しかけてる?
目の前には看板娘さん。こんなにか弱そうな子が俺に話しかけてくることがあるなんて。大丈夫かな、倒れたりしないよね?主に俺のせいで。
「おーい、聞こえてます?」
俺の目の前で小さい手を振る看板娘さん。やっぱり俺に話しかけられているようだ。
「あ、いつものようにうまかった、と思う。」
「よかったです。それで、この後時間ありますか?」
今度こそ何を言っているのかわからん。周りがざわざわしている。こんな時、何て言えばいいのだ!助けて、ハリーーーッ!!!!
「昨日言っていたヘンリーさんの所に行きたいんですけど、連れていってください。」
「・・・。」
良かった。ほっとした。これで娘さんが俺に何をしたかったのかわかった。安心した。
「聞いてます?」
「っ、ああ。わかった。」
これから一か所行かなければいけないところがあると伝えると笑って了解してくれた。
どうやらこの娘さんは俺のことが怖くないらしい。娘さんは俺の隣にちょこちょこ並んで歩き始めた。
こんな悪評だらけの俺と道を歩けば娘さんに嫌な思いをさせるかと思って距離を置いて歩こうとしたが、なかなか距離が空かない。しばらく連れ立って歩いているとやはり目立つんだろう、道行く人にいろいろ詮索される。
「大丈夫か?」 「なにかあったのか?」
親切な人が悪の手から守ろうと話しかけてくるが、そのたびに娘さんが俺の腕に巻き付いて笑顔で答える。
「うん。大丈夫よ。」 「子猫を飼ってくれるんですって、優しいわよね。」
ただ答えるだけじゃなくってものすごく怒ってる雰囲気をまき散らしてぎゅうぎゅう腕を巻き付けてくるんだ。もしかして俺に怒ってる?
「何で! ジンさんは何も言い返さないんですか? 」
「・・・俺が何か言うと変に怖がらせてしまうからな。」
やっぱり怒ってたか。なんかこの娘さん見た目は儚い感じなのに中身は強いんだなぁ。かっこいいな。でも、ぎゅうぎゅう握ってきている腕が肉体的にも精神的にも痛くなってきてるから離してくれないかな。
「それで、あの、君、腕を離して、くれないか?」
え?なんで?と、いうような顔をされた。この娘さんは俺に触れても平気なんだな。表情がいろいろ出て見ていると楽しくなってくる。俺の前で人が見せる表情は怒りと恐怖だから。
「あ、自己紹介してませんでしたね。私、キャシーって言います。よろしくお願いしますね。」
「ああ、すまん、俺はジンという。」
「知ってますよ。『赤鬼』さんですよね。食堂でも話に上がります。あれ、全部本当ですか?私はなんか違和感があるんですけど?」
また、この娘さん、いや、キャシーさんはほかの人が聞かないことを直球で聞いてくるな。ほかの人だったらそうはいかない。何もやましいことがないから聞いてくれれば全部話すのに、いつも遠巻きにひそひそするだけだから俺からは何も言えない。何も聞かれてなければ何も言えないだろう?
「あー・・・。あれはたいてい嘘だな。」
本当は見掛け倒しだってこと。
本当はこちらから手を出したことすらないこと。
本当は全部勝手に負けた相手が言いふらしてること。
仕事で庭仕事をしている時に顔役の趣味で栽培しているバラが枯れそうだったから、俺の作った栄養剤を少し融通してあげただけだ。それからはよく仕事が入るようになった。怖い顔してるけど趣味はバラの栽培とか、ちょっとかわいいよね。
その顔役のお屋敷を訪ねると優しい顔した髭爺さんが出てきて、俺の隣にいるキャシーさんを見てにやりと笑った。何かを言おうとした俺を遮るように話す髭爺さん。
「これはこれは、ようこそ。すみませんね、ちょとここでじじいと待っててくださいね。」
「あ、お手間をかけて申し訳ありません。」
「いいんですよ。こんなじじいの家に深紅のバラのような女性に来ていただけるだけでも寿命が延びた気がしますよ。おや、こっちには可愛い子猫まで。こんな美しい女性に飼われるなんてこの子猫は幸せですなあ。」
「まあ、お上手ですね。ありがとうございます。」
爺さんとキャシーさんが話をしている間さっさと仕事をする。庭木の世話とバラの様子をチェック。すべて終えて爺さんとキャシーさんがいる応接室に行き、庭木の手入れとバラの様子の報告、それと次回訪問の予定を話し合って屋敷を出た。
そのまま親方の仕事小屋の裏にある俺の自宅、というか小屋に向かう。裏に回るといつも通りに子犬と子ウサギと子ギツネが日向ぼっこをしてまどろんでいた。
「待たせたなー。飯だぞー。」
声を掛けるといつも餌を置いている場所に三匹ともとことこやってきた。ざっと体に異常がないことを確認して、餌を皿に出す。
「お前らにな、妹か弟ができるぞー。子猫だがなー。仲良くしろよー。」
キャシーさんに渡してもらったふわふわな子猫は最初こそは警戒していたが、子犬と子ギツネが自分に敵意を持ってないことが分かると鼻をスピスピ言わせながら餌の皿にそっと鼻先を突っ込んだ。こんなにふわふわしているという事はちゃんと世話をしていたんだな。キャシーさんは優しい人だなあ。
無心に食べているところを癒されつつ撫でたり眺めたりしていたら、キャシーさんの声が聞こえた。
「っ、かわいい。」
本当に心から言っている言葉に聞こえた俺はものすごくうれしくなっちまって、ついついべらべらと子犬たちの小さい頃の話を話し始めてしまった。
しばらくして俺だけしゃべっていた事に気付いて気恥ずかしくなり無心で持ち上げた子犬を撫でていた。
「あの、動物好きなんですか?」
「あ、ああ。こんな俺でもなついてくれるからな。こいつらは俺のことが怖くないんだろう。」
「そうなんですか。撫でてもらって気持ちよさそうですね~。」
「「・・・。」」
お互いに口数も少なくなって、ちょっと雰囲気が気まずい感じになってきた。
子猫と子犬と子ギツネが頑張って愛嬌を振りまいている。子ウサギは・・・寝てるし。
こんな時ハリーだったらうまく修正できるんだろうな。今度ハリーに相談でも・・・。
ん? なんで相談? キャシーさんがここにいるのは今日だけのことだろ? そんなことを考えたら急に息が苦しくなってきた。おかしいな、なにか病気かもしれない。
「あの・・・。」
キャシーさんの声にびくりと反応してしまった。そっと顔を上げてキャシーさんの方を見ると少し息がしやすくなった。
「もう帰らないといけないので、」
「ああ、送っていくよ。」
「いや、自分一人で帰れますよ?それにジンさんはお仕事があるんじゃ・・・。」
「大丈夫。さっきのでもう今日の仕事は終わった。あ、そうか。食堂は夜もあるんだよな。」
「はい。もう帰らないと夜の準備ができません。」
「そうか・・・今から送るよ。急がないとな。」
「ええ、いや、その、いいですよ。大変じゃないですか?」
「迷惑なら最初から言わない。あ、すまん。俺に送られてはキャシーさんに迷惑か。」
今度はチクチクと胸が痛くなってきた。いてて。これは本格的に病気かもしれない。
「いえ、うれしいです。ほんとにご迷惑でなければお願いしたいです。それに、キャシーって呼び捨てしてください。」
チョットうつむいていた俺の腕にスッと両手を添えてきたのがキャシーさんだってわかった瞬間、さっきまでの痛みはぶっ飛んだ。だが今度は心臓がドキドキしてきた。
ああ、ダメだ。これは完全に体調が悪い。キャシーさんを送った後にハリーのとこに行って相談しなきゃな。
送っている最中はほとんどなにを話したか覚えてない。なんか体がふわふわしていたのだけ覚えてる。
街について食堂の裏口に着いたときにまた胸がチクチクしてきた。いてて。
「あの、ジンさん。朝の餌の時間は何時ころですか?」
「えと、大体七つの鐘時には餌を上げて・・・。」
「じゃあ!! じゃあ、あの、食堂の残り物とか持っていってもいいですか?」
「ああ、それは助かるな。」
「さっそく明日から行きますね。」
「わかった。無理しなくてもいいからな。よろしく頼むよ。」
「はい。」
可愛らしい笑顔を見せて手を振っているキャシーが裏口の扉に入っていった。
これで今日だけじゃなくてしばらくキャシーと会えることになった。うれしくてニヤニヤしているのが自分でもわかる。顔のニヤニヤが収まらないままハリーの家について扉をノックする。扉を開けたハリーが俺の顔を見た瞬間ものすごく変なものを見た顔をした。そのまま途中で買った土産物の酒を渡して食卓に向かう。ざっと見渡して夕食がまだのようだったので、許可を得て冷蔵庫から材料を出し夕食を作らせてもらった。お、今日は白身魚があるぞ。買ってきた酒に会いそうなメニューを考えて作り出す。その間ハリーは変な顔をしたまま椅子に座って俺のことを見ていた。
「できたぞ。皿出せよ。」
「お、おう。」
皿にできた白身魚のムニエルと野菜のサラダを盛る。取り皿も用意してグラスに酒を注ぐ。今日は何となく選んでしまったフルーティーな白ワインだ。
「よし、いいぞ、ハリー。いただきます。」
「・・・イタダキマス」
魚を口に放り込むと程よい塩味。よし、うまくいった。そのあとワインを飲んだが、鼻に抜ける香りがフルーティーで少し甘かった。もうちょっと辛い方が好みだが、今日は何となく甘くてもいいか。
変な顔をしていたハリーが俺につられてワインを飲んだが、口に入れた瞬間にもっと変な顔になった。
「・・・おい、なんかあったのか?」
「あ?」
もぐもぐ食べてると怪訝な顔したハリーが聞いてきた。
「あーーーーー、子猫が増えた。」
「ああ、そうか。・・・でもそれだけじゃねーよな。」
「いや?特にはない。」
「いや、何かあったはず。ええい、もういい。とりあえず朝からの行動を話してみろ。」
朝からの行動を話していると昼飯に寄った食堂のあたりからハリーの顔がニヤニヤしてきた。
ハリーのにやけた顔が顔役の髭爺さんと重なる。
「なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ。」
「いや、まだいい。後でな。とりあえずその先を早く話せ。」
子猫が増えてその後、キャシーのことを食堂まで送っていったところまで話して、ふと思い出した。
「そういや、俺、ハリーに聞きたいことがあったんだ。」
「あ?なんだ?」
「ああ、さっきな、ちょっと病気になったみたいなんだけど、診てくれないか。」
「ジンが病気だと? 症状を話してみろ。」
「まず、息苦しい。それに段々と胸がチクチクと痛くなる。今もちょっと痛い。」
「・・・。」
「それと、さっきは足元がふわふわしてて気づいたら俺の家から食堂についていた。つまり記憶がない。」
「ふうん。それは本当の話か。」
「ああ。本当だ。もし伝染するようなら子犬たちの世話もできないし、キャシーにも会えないだろう。」
そう言ったとたんに息苦しくなってきた。
「おい、これはヤバいぞ、何だかまた息苦しくなってきた。」
「そうか。わかった。」
ハリーが笑いをこらえているような顔から一転、ものすごく真面目な顔で話し出した。
「ジン、お前は病気だ。それもかなり危険な状態らしい。その病気に効く薬は誰も作れないだろうし、誰も持ってはいない。ただ安心しろ、人にはうつらない。」
あんまりなことに呆然としてしまった。俺、死ぬのかな。
「大丈夫だよ。死にはしない。この病気はうまくいけば幸せになれるはずだからな。あとな、特効薬が一つある。」
「ん? 薬は無いんじゃなかったのか?」
「ああ。普通に飲んだり塗ったりする薬は無い。この病気には人それぞれの特効薬があってな、その特効薬を服用するとうまくいくと治る、はず。」
「はず? 」
「おう。実は俺もまだその病気にはなったことなくてな。こればっかりはわからん。この病気は急にかかることで有名なんだ。」
「へえ~。そんな病気もあるんだな。で、どうしたらいいんだ? 」
「それはな、ジンの場合はおそらくキャシーだ。」
「は? キャシー? 」
「ああ。彼女と話したり一緒にいると症状が軽くならなかったか? 」
「あ、確かに。でも緊張して何を話したらいいかわからないんだが、それはどうすればいいんだ。」
「そうだな・・・。一回俺もキャシーに会いたいんだけど、いいかな? 会ってから特効薬の使い方を説明してやるよ。」
「わかった。ちょうど明日の朝に俺の小屋に子犬たちの餌を運んでくれることになってる。」
「じゃあ、決まり。今日は泊ってけ。明日の朝、少し早めにジンのうちに行こう。」
そんなことになってそのまま甘いワインを飲み続け、ほろ酔い気分のままハリーの家に泊まった。
次の日の朝、いつもより早めに目を覚ました俺はハリーを起こして俺のうちに向かうことになった。
この後に何を朝食を食べようか、何て話しながら森の方に歩いていると後ろから呼びかける声が聞こえた。
「ジンさん!! おはようございます!! 」
その声を聴いた瞬間に一気に心臓がバクバクしてきた。体が勝手に動かなくなった俺に駆け寄ってくるキャシーが見えた。
「ひょっとしてもう餌やり終わってしまいましたか? 」
「い、いや、これからだ。昨日は友達のうちに泊まって・・・。」
「お友達、ですか? 」
「ああ。ちょっと聞きたいこともあったし・・・。」
ここまで話してハリーの方を見ると、ものすごく愛想笑いをしているハリーがいた。
「やあ、カワイ子ちゃん。俺ね、『赤鬼』ジンの友達でハリー。」
「・・・。おはようございます、ハリーさん。キャシーです。よろしくお願いします。」
にっこりと笑って挨拶をするキャシーと目が笑ってない笑みを浮かべたハリーが向かい合っている。
二人が向き合っている周りの空気がチリチリと肌に痛い。なんだろう、局地的に雷雲でも発生してるのか?
「えっと、もうそろそろお腹空かせてると思うんだけど、いこう? 」
俺を挟んでキャシーとハリーがなんか張り合っているのはわかった。
「俺なんかな、昨日一緒に酒飲んだもんねー。そのままお泊りだもんねー。」
「私は昨日腕組みましたよ。ジンさんと! ねー、ジンさん。」
なんなんだろう、この二人。まあ、二人が仲良くしてるのは楽しい、・・・楽しい?
ちょっと嫌な気持ちが胸に渦巻いたけど、気のせいかな?
そんな風にして歩いているうちに俺のうちに着いた。ここでは子犬たちとも顔見知りのハリーは大歓迎されている。
「ういーっす。どうだ、お前ら元気だったか? 」
ほらよっ、と、干し肉をエサ皿に入れてやり、構え、構えと来る猫たちの腹をわしわししているハリーをキャシーがなんだか悲壮な感じで見ていた。
「どうしたの? 」
「す、すみません。なんか、ハリーさんとみんなが馴染んでいて悔しいというか、その・・・。」
「まあ、しょうがないかな。一緒に住んでたし、結構世話もしてくれてたし。」
ちょっとしょぼんとしてしまったキャシーの顔を見ようと下からのぞき込んでみた。
のぞき込まなければよかった。
拗ねて少し口をとがらせて眉間にしわを寄せている顔がものすごくかわいくて、見た瞬間腰が抜けて座り込んでしまった。
びっくりして動けなくなった俺を見た後、一瞬で大輪のバラの花が咲いたような笑い顔を見せてくれた。
その時から俺の住む世界が鮮やかになった。
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世界が鮮やかに色づくと草木も花もいつもよりも輝いて見える。最近では親方によく褒められるようになってきた。
あれから何故かキャシーとハリーは仲良くなった。よく二人で話している姿を見かける。そのたびに嫌な気持ちになるが、友達同士が仲良くしているのはいいことだと思うことにしている。
「おう、ジン。ここ座れよ。」
「ありがとう、ハリー。やあ、キャシー。今日のランチ大盛で頼むよ。」
「はい、わかりました。すぐにお持ちしますね。」
厨房に向かう後姿を見て、何だか心細い気持ちになる。そんな俺の気持ちを知ってか知らずかちょっとからかうようにハリーが話しかけてくる。
「そういえば、ジンは最近よく笑うようになったな。病気の治療の方はいい感じなのか? 」
胸の痛みにとか息苦しさとかには慣れては来たけどあんまりよくないな。キャシーがいたら何だか息苦しくなるし、動けなくなる時が多くなった。いなきゃいないで気持ちは沈むし嫌なことばかり考える。キャシーがほかの男と仲良く話してるとか、俺と同じように笑いかけてるのか、とか。たまに食堂でキャシーが給仕している客をにらみつけてしまう時もある。
「ああ、わりといいかんじだぞ。」
こんなことはハリーにも言えないな。大体、ハリーは特効薬の使い方なんか教えてくれなかった。キャシーと会って話せばいいよ、なんて言うし。それに最近の俺、嫌な奴になってる。少しキャシーと会わない方がいいかもしれない。このままだとキャシーにも迷惑かけちゃいそうだし、病気のことは、まあ、俺が我慢すればいいんだし。
それから朝の餌の時間をずらしてみた。昼時にほぼ毎日通っていた食堂も行かないようにした。
ちょっと夜とかも遅めに帰宅したりして仕事ばっかりしてた。そんな様子を見て親方は何にも言わなかった。ちょっと仕事のミスが増えた。
そのままキャシーに会わないようになって十日が過ぎた。ものすごく長かったような気もするし、あっという間だった気がするし。
その日はバラ好きな顔役の髭爺さんのところで仕事をしていた。
最近はキャシーと会った時のことをよく思い出す。そういえば、ここにも連れてきたことがあったなあ。
「おい、ジンよ、お前、最近キャシーちゃんとどうなっとるんじゃ。」
「・・・どうにもなってませんけど。」
「あの子はいい女じゃぞ。あと20年若かったら口説いて口説いて口説き落としたんじゃがの。」
「・・・。ダメですよ。おかみさんにばれて怒られますよ。」
「大丈夫じゃ。そんな了見の狭い女じゃあない。もし生きとったら孫のようにかわいがったはずじゃ。」
「そうですか。」
「ああ。だからお前が口説け。」
何てこと言い出すんだ爺さん。あまりのことに声が出ない。口説き落とす?俺が?
「いや、いくら何でも無理だろう。俺なんかが口説いたって迷惑がられて終わりだよ。」
「そうかのう。いい感じと思ったんじゃがのう。」
そういいながら爺さんは丁寧に愛おしむ様に満開の深紅のバラをパチンと切り落とした。そのまま俺に向かって差し出す。
「ほれ、キャシーちゃんのようなこのバラを持って行ってよく考えるこった。」
「考えるも何も俺は・・・。」
「このままだと領主の息子にかっさらわれてしまうぞ。その時に後悔してからじゃ遅いんじゃ。」
そのまま追い出されてしまったが、手には深紅のバラ一本。
棘があって凛として深みのある深紅のバラ。気が強くって優しくて凛としているキャシーみたいだな。
「はぁ。」
自宅への道すがらに知らないうちにため息が出る。なんだなんだ、この重い気持ちは。
領主の息子か・・・。何度か親方について領主館の広い庭の手入れに行ったことがある。迎賓館として使われているせいでとても緻密に計算されている庭だったな。領主の息子はあんまり覚えてないが、優しそうな面持ちの男だったな。キャシーと並んだところを想像すると幸せそうに微笑みあう二人が想像できて何だか気分が沈む。でもなあ、俺と並ぶと熊と子猫みたいで不釣り合いだが、領主の息子と並ぶと美男美女でお似合いだ。
そんなことをつらつら何度も考えては最初に戻る、なんて不毛なことをしていると、食堂へ向かう道に出てしまった。しまった、無意識にやっちまった、と、踵を返そうと思った時にちょうど入り口から出てくるキャシーと領主の息子が見えた。
「ほら、夜ご飯のおかず。ちゃんと持って行ってよ。」
「うん。いつもありがとう、キャシー。」
「ううん、いいのよ。私が好きでやってることだし。食べてくれるのなら私もうれしいもの。」
「いや、うれしいにきまってるよ。それで、今度都合のつく時でいいからうちで夕食を共にして欲しいんだが、どうだろう。」
「そうね、明日ならいいわよ。今からたくさん材料を仕込んでおくわね。明日の夕食は期待してていいわよ。」
「本当かい? わあ、思い切って誘ってよかったよ。断られたらどうしようかと思った。」
「ええ、大げさね。よっぽどのことがなければ断らないわよ? 」
ここまで聞けば十分だな。もう帰らないと。
ふらふらと歩いて気づいたら家についていた。軽く夕食を食べてふと外を見るときれいな月が見えた。月の光に誘われるように外に出ると子犬と子猫が慰めてくれるようにすり寄ってきた。
「慰めてくれるのか? 」
余り木で作ったベンチに座ってモフモフと撫でていたら、子犬と子猫がスッと離れて行ってしまった。
もう今日のモフモフは終わりか、と、ちょっと名残惜しい気がして消えて行った方を見るとキャシーがいた。
やばいな。とうとう幻覚まで見えるようになっちまった。
今日はもうこのまま寝ようかと思って立ち上がろうとした時、ものすごい勢いでキャシーの幻が近づいてきた。
「ジンさん、私、悪いことしましたか? 怒ってますか? 」
「・・・。」
「わたし、ずうずうしかったですか? 嫌われてます? 」
「・・・。」
幻覚じゃなかった。泣きそうな顔で座ってる俺の前に来て話しかけてくる。十日ぶりのキャシーだ。久しぶりに見るキャシーは綺麗で、いい匂いで、そんなに明るくない月夜なのに光って見える。見とれていると、キャシーは綺麗な目からぽろぽろと涙を落とし始めた。
「見かけと中身が違うからですか? 中身は気が強くて生意気だから知らないうちにジンさんに嫌われるような酷いことしちゃいましたか? 」
「・・・。」
「それなら謝ります。だから私の事避けないでください。元通りになりたいんです。一緒に子犬たちのお世話をしたり、植物のお話もしたい。隣を歩きたいしもっと一緒にいたい。・・・わたし、ジンさんのことが好きなんです!!」
どうやら病気が進んだようだな。幻聴まで聞こえてきたぞ。
「ジンさんは普段怖い雰囲気なのに子犬や子猫たちと一緒にいるとものすごく優しい雰囲気になるんです。子犬たちを撫でる手は大きくて安心するし、目なんか溶けちゃうくらい優しくなるし、ご飯食べる所作もきれいで素敵だし、使わなくていいくらい気遣いのできる人です。仕事も手を抜かないし、ジンさんのお世話しているお花はとてもきれいに咲くし。」
「何言ってるんだよ、そんなのキャシーだって同じだろ? いつも可愛くてにこにこしてるからその場の雰囲気を明るくしてくれる。細かい所まで気が付くし行き届いているから食堂はあんなに繁盛している。見かけは儚そうなのに負けず嫌いで感情が豊かで強い。時間を忘れてしまうくらい素敵で見とれちまう。」
「・・・。」
「だから領主の息子との縁談があるなら俺は邪魔になるから消える。」
「何を言ってるんで・・・。」
「俺と一緒にいて悪い噂が立ってしまったらキャシーに悪いだろ。それにさっき聞いちゃったんだ。明日、領主様にあいさつするんだろ? 」
「それは・・・。」
「だから、いいんだ。キャシーが幸せになるんだったらそれでいい。何か言われたりしたら俺に脅されてたとか言えばいい。それで幸せになれば・・・。」
「もう! 話を! 聞け!! 」
キャシーがベンチに座っている俺の足の間にするっと滑り込んできた。一瞬の後、顔が頭ごとぎゅっと抱きしめられた。
「さっきの私の告白聞いてましたか? 私はジンさんが好きって言ったんですよ? それに対しての答えがあの褒め言葉ですか? 聞いてて恥ずかしくなりましたよ。それでこれはひょっとして両想いでいいのかしらって思った瞬間にアンドルーとの縁談ですか? そんな話ないし、あるわけない。そうしたら今度はジンさんを悪者にしろって・・・。本当に悪い人ですね。私の気持ちをちっとも考えてない。」
最後に吐いた言葉と共にキャシーの腕の力が少し緩む。そっと腕をつかむとすごく細かった。この腕のどこにあれだけの力があったのか。
そのままそっと優しくつかんで腕をほどくと真っ赤になって泣いているキャシーが目の前にいた。座っている俺に対して立っているキャシーは少しうつむきがちだったのだが、俺の目線から言ったら少し上だ。くっきりと顔が見える。
「ほんとだ。爺さんの言った通り。」
「・・・なんですか? 」
「ん? 深紅のバラだなって。本当にいい女だなって。」
「何を言っているのかわかりません・・・。」
「ごめんな、俺怖かったんだよ。キャシーに嫌われる前に逃げたかったんだ。キャシーを見るとドキドキするし、可愛くて目が離せない。どんどん病気が進行していくのにちっとも治らない。」
「ジンさん、病気なんですか? 」
「うん。病気。ハリーが言うにはキャシーが特効薬なんだって。キャシーなら必ず良くなるって言ってた。」
それに俺、今気づいた。
「俺、キャシーが好きだ。」
言いながらそっとキャシーを腕で囲って自分に引き寄せた。
そのまま抱きしめられるがままになっているキャシー。これは大丈夫ってことだよな。
気分が高揚しているのが分かる。そっと体を離してキャシーの顔を見ると真っ赤になっているけど、ものすごく幸せそうに笑っている。
「病気、治りましたか? 」
「治ってない。」
「じゃあ、最後の手段ですね。これでどうだ。」
キャシーがそう言うと両手で頬を挟まれて顔を上げられた。目の前には優しい顔で笑っているキャシー。
ああ、ホントに綺麗だな、と見とれていると、目の前が暗くなり俺の唇に優しく何かが触れた。
それがキャシーの唇だってわかった瞬間、俺の顔が熱くなったのが分かった。
「ふふふ。ジンさん、顔が真っ赤ですよ? 」
楽しそうに笑うキャシー。さっきからたくさんのいろいろな笑い顔を見せてくれるキャシー。
「ああ、もうだめかもしれない。」
「何がです? 」
「うん、病気が末期症状だよ。もうキャシーが離せない。」
「・・・離さなくていいですよ。」
「じゃあ、もっと特効薬が欲しいなあ。」
「えええええええ・・・。」
なんか照れだしたキャシーが可愛くて今度は俺の方からキャシーにキスをした。