忘れたくない
※BLです。ですが、キスなどそういう行為はありません。
『……やっぱ、キモいよな──男が男を好きって』
『……っ、……ごめん』
『謝んなよ──。……じゃ、お互い元気にやろうぜ──』
──ピピピピピピピピ……
「……はぁ──」
目覚まし時計を止めて、額を押さえる。
……久しぶりに、また同じ夢を見た。
有弥の告白を、断る夢……。
高校の卒業式、有弥に告白された。
おれはそれを断った──好きだったけど。
「準、大学遅れるわよー」
「……わかってる──」
母さんの声で渋々ベッドから下り、着替える。
もう大学二年だ。それでもまだ、夢に見る──。
有弥の泣くのを堪えたような笑顔を、おれは忘れられない……。
「準ー?」
「聞こえてるよ──!」
夢のせいなのか何なのか、おれは少し苛立った声で返事をした。
*
「準さん、準さん──」
「…………ん?」
肩を叩かれ、机から顔を上げた。
家に帰ってきてからも夢のことが頭から離れず、考えている間に寝てしまったのだろう。
「おはようございます。準さん」
「え……? 誰──」
改めて声のした方を見ると、水色のワンピースを身に付け、背中に羽を生やした可愛らしい?女性が隣に立っていた。
もちろんおれには彼女はいないし、姉や妹もいない……。
「変質者か!」
「違います違います!」
彼女は肩まで伸びた黒い髪を、バサバサと激しく左右に揺れる程に頭を振って弁解した。
「私は『腐女神』です!」
「ふ、ふじょ……?」
「簡単に言うと、神です! わかりましたか?」
「か、神様? 何で神様がここに?」
理解できない。なぜここに神様がいるのか……。てか──
「神様?!」
「はい。信じられないと思いますが、私は神なのです」
と神様は両手を組んで、目を輝かせる。
「私は、迷える男性を案内する役割を担っているのです──準さんは、過去に戻りたいと思っているのではないですか? それも、恋愛関係で」
「…………」
当たっている。だから、何も言えない。
「やっぱり──。戻りたいですか?」
「……できるなら、戻りたい」
夢に見るぐらい、まだ引きずっているのだ──戻りたい。何度も何度も、そう思った……
「じゃあ」
「でも……、戻ってどうなる? もし戻れたとして、おれが頷いてたら、幸せになれるのか? そんなの……」
無理だ──。だって……
「おれは男で、相手も……」
「知ってますよ──有弥さんですよね! 卒業式に告白! いやー、萌えますねぇ」
「は?」
「だから、私は『腐女神』だと言ったでしょう? 男同士の恋愛を手助けする神です──もちろん、男女や女性同士の恋愛を助ける神も存在します」
「はぁ……」
全く理解できない。夢だろうか──。
頬をつねる。痛い……。現実らしい……。
「で、私たちはそれぞれモニターを見て、縁の修復、縁結びと仕事を振り分けられるのです。そして最近、戻り縁という新しいことも出来るようになりました……っ!」
「なんて素晴らしいことでしょう!」と神様はおいおいと涙をハンカチで拭いた。
それからハンカチをポケットにしまうと、また話し出す。
「あの時伝えられなかった想いを、その時に戻り、伝えることができるのです!」
一瞬、目を見開いてしまった。
もし戻れたら……。気持ちを──
「だから、準さん。戻りませんか? 有弥さんに、気持ち伝えましょうよ──私、モニターで見てすぐ」
「簡単に、言うなよ……」
神様の表情が固まった。
そんな表情をさせても、なぜ気持ちを伝えなかったのか、おれは言わないといけない気がした。いや、言って誤魔化したかった。有弥への気持ちを……
「世の中、同性同士って良く見られないだろ? 戻って、気持ち伝えて……、周りの目はどうする? 誤魔化せるか? 肩身の狭い思いをするに決まってる……。それを踏まえた上で、付き合えるか? ……おれは、嫌だ。有弥の将来が暗くなるのは──だから、戻らない」
神様を見ると、神様は泣いていて、ハンカチで目をごしごし擦っていた。
「神様……!?」
「それを踏まえた上で、有弥さんが告白したとしたら……っ? 肩身の狭い思いをするとしても、周りの目があったとしてもっ……、有弥さんが準さんと一緒の未来を望んでいたとしたら──それでも、準さんは断るんですか……っ?」
神様は鼻をズズッと啜って笑う。
「二人は、相思相愛なんですよ? 想い合っているのに……、そんな、嫌です……腐女神……いや、一人の腐女子として言わせてもらいます──!」
神様は涙を拭って、鼻をもう一度啜ってから言った。
「好き同士は、幸せになるべきなんです! バッドエンドなんて、認めません! ハッピーエンドになるべきなんです! だから──」
神様はガッとおれの手を取ると、真っ直ぐに目を見つめて続けた。
「戻ってから、決めてください! 断るなら、また断ればいい──私は、断固受け入れる方に期待しますが!」
「……っはは──職権乱用?」
思わず笑っておれが言うと、神様は少しムッとしたような顔をしてから「仕事ですから」と笑った。
*
「……じゃあ、目を閉じてください。次開いた時は、あの時に戻っていますから」
「うん」
結局、戻ることにした。
神様に言われたということもあるが、やっぱり自分の気持ちは変わらないから……。
「目的を終えたら、また目を閉じてください。そしたら、またここに戻ってきますので」
「わかった──」
おれはそっと目を閉じた。
そして、ゆっくり目を開くと…………
「聞いてんの──?」
「え──あ、ごめん……」
あの時に戻っていた。
桜が舞う、校庭の隅。制服に身を包み、リュックは自転車のかごに放置して、有弥が話したいことがあるとおれを誘ったあの時に──
「準さ、好きな人いる?」
「え……?」
「……俺さぁ、準のこと、好きなんだわ──」
有弥の顔が赤く見えて、夕日のせいかとあの時は思った。でも、やっぱり違った。
「……やっぱ、キモいよな──男が男を好きって」
「…………そんなことない」
「ぇ……?」
「おれも、好きだから──」
あの時言えなかった、本当の気持ち。
「マジか……マジかああぁぁぁ」
顔をくしゃくしゃにさせて、有弥は嬉しそうに笑った。
「なんだよ、俺ら相思相愛じゃん──」
「そうだな……」
「あれだぜ? キスとか、抱きしめたりとか、セックスとか」
「下品だなぁ、有弥……」
「でもさあ! そういうことだろ?」
……そういうことだ。赤ちゃんを儲けたり──。
でもおれは、男だから……やっぱりさ──。
「有弥」
「ん?」
有弥が赤く染まった顔で、おれを見る。
おれは、笑顔で言った。
「気持ち、嬉しかった。ありがとう──でも、やっぱりおれじゃだめだ……」
気持ちは言った。これでいい。
目の前が歪む。声が掠れて……。
「準──」
「ずっと、ずっと……っ、好きだった──ごめんっ……」
泣いているのか笑っているのか、自分でもよくわからないまま、そう言って目を閉じた……。
目を開けると、いつもの自分の部屋で、神様なんてどこにもいなかった。
「……あぁ──なんだ……」
夢か──そう呟くと、頬に何かが伝って落ちる。
それから嗚咽が止まらなくて、両手で顔を覆って声を殺した……。
「準!」
懐かしい声がして、おれは顔を上げた。
ドアの前に、あの時より少し大人になった有弥が立っていた。
「え……? は? な、んで──?」
状況が把握しきれない。
なぜ有弥がここに?
有弥はここから二時間離れた所に引っ越して、一人暮らしで、実家だってこことは反対方向にあって……
「夢オチだと思いましたか……? 夢じゃないですからっ!」
神様が少し息切れしながら部屋に入ってきて、状況を把握しきれないおれに説明しだした。
「だからっ、バッドエンドなんて認めないって、言いましたよね?! 手持ちのモニター観てたら、勝手に終わらせるからっ、その映像、有弥さんに見せました──ひとっ飛びして。神様嘗めないでください!」
と神様はふんっと鼻から息を出した。
「それで、有弥さんも連れてきました」と神様は有弥を手で示す。
「後は、二人に任せます──私はもう仕事をしたので帰りますが、あれですからね。バッドエンドなんて認めませんから! 相思相愛なら、イチャイチャしてればいいんですよ! それでは失礼します」
神様は言うだけ言って、窓から出て行った。
おれは泣いていたのを思い出し、急いで涙を拭った。
「……モニター、見せてもらったんだけど」
「え、あ……うん──」
「俺のこと、好きだったんだよな」
「…………」
口ごもるおれを見て、有弥は「はぁ」と息を吐くと、おれの前まで来る。
「『好きだった』じゃないよな──『好き』なんだよな」
「なんで、そんな自信満々なんだよ……」
照れたように笑う有弥は「だって」と言葉を紡ぐ。
「お前、泣いてたじゃん──好きじゃなかったら、泣かないだろ。それに、戻ってまで告白するか?」
「……しない」
「ほらな──」
と有弥は苦笑いした。
呆れただろうか、こんなおれを。
「……あとさ、神様とのやりとりの映像も見させてもらったんだけど」
「はっ?!」
「うん、見た──で、俺彼女とかいないし……てか準以外考えられなくて、映像見て思ったんだけど……」
有弥は頭を掻いて、髪をくしゃりとしてから手を離した。
「愛されてるよな、俺。自分で言うのもなんだけど──だからさ、付き合うべきだと思うんだよね。俺のこと大切に想ってくれてて、俺も大切に想ってるわけだから」
「このさき、どうすんだよ……周りの目とか」
「そんなの、俺気にしないし。周りの目があっても、肩身の狭い思いしたって、好きな人と一緒に居られれば、俺はいい──で、準が気にしてた問題が今なくなったわけだけど」
と有弥は真っ直ぐおれを見つめる。
「それでも、断る理由は? 俺はないと思うよ」
「…………有弥は、恋人いないのか?」
「いないよ。さっき言ったろ──準が忘れられないんだよ。二度も言わせんな、恥ずかしい」
「今好きな人は……?」
「だから……、お前だって言ってんじゃん! 俺は準が好きなの、ずっと変わってねえの。だから──」
すっとしゃがんで、有弥はおれと目線を合わせて言った。
「俺と付き合ってよ」
「…………」
頷いた。思ってたよりすんなりと、頷けてしまった。あんなに悩んでいたのに──。
「……っ、ごめん──ずっと好きだった……」
「知ってるって。ま、俺の方が大好きだけど?」
「なんだよそれ──」
思わず笑うと、有弥も笑った。
あの時の笑顔より、少し大人になった笑顔が目の前にあって……。
その笑顔を忘れたくないと、心から思った──
モニターで最後まで見届けた。
腐女神「やっぱり、こうじゃなくちゃですよね!」
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