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第3話

 カイトウ署長が科学捜査研究室の僕のオフィスを訪ねてきたのは、その二日後の夕方のことだった。


 僕は女子更衣室をのぞくという楽しみを奪われたので、仕方なく、仕事の空き時間は趣味にいそしんでいた。ただの日用品にしか見えない小物に破壊力抜群の兵器を仕込むのが僕の趣味だ(いちおう仕事にも多少役立ってるから、業務時間中にやっていてもサボリではない)。腕時計型爆弾、タイピン型閃光弾、踵が手榴弾になっているビジネスシューズ――。


 署長がオフィスに入ってきたとき、僕はちょうど、作りかけで長い間放ったらかしにしていた試作品を完成させたところだった。


「あ。ちょうどいい所に来たね、署長。毒ガス散布ハンカチを作ったんだけど、実験に立ち会う? けっこう自信作なんだ。折りたたんだ状態でポケットに入れて持ち歩く物なんだけど、ポケットから出して開いたら、光に反応して、二分後に致死性のアンゴウルガスを発生させる。周囲三フィート以内の人間は全員一瞬でおだぶつさ。どうだい?」


 署長はいつも僕の発明品を実地で使ってくれる良いお客様(カスタマー)なのだが、今日は食いつきが悪かった。僕の新作のハンカチには見向きもせず、


「これ、なんとかできないか」


と仏頂面で尋ねた。


 見ると署長の左手首に銀色のブレスレットがはまっている。頑丈そうで、装飾品という雰囲気ではない。


 僕はデスクの引き出しからアナライザを取り出して起動させた。アナライザのスキャン準備が整うまでの間、ブレスレットを目視でチェックした。見たところ、外殻は普通のテンシル鋼だ。


「どうしたんだよ、この腕輪?」


「発信機さ。あのヒステリー女にはめられた。個人に固有の生体パターンをモニタリングし、ぼくの所在を常にあいつに知らせるようになってる。許可なく外そうとすると連邦法違反になるそうだ」


「え? 『ヒステリー女』って、あのミス・フンゲルトハイマーのこと? ……いったいどうして、そこまでこじれちゃったんだよ。あんたら二人、なんか良い雰囲気に見えたのにさ」


 アナライザが完全に立ち上がった。僕は署長の腕ごとブレスレットを戴架台に乗せた。すかさず分析が始まり、腕輪の内部の複雑な電子機構がディスプレイに描画される。


 署長が不機嫌そうに説明を始めた。


「途中まではうまくいってたんだが、あの女が、ぼくに同行して実際の行動を見きわめたいと言い出して……」


「ふむふむ」


「ちょうど予定が大陸南部保安連絡会のロングミーティングだったから、特に問題はないだろうと思って同行させたら、折悪く移動中にトーレム・ギャング団の残党が襲撃してきて……」


「あー、そりゃあまずいねー」


「ギャングを皆殺しにするところを調査員に見られちゃいけないと思って、彼女を途中で振り捨てたんだ。なるべく怪我させないように振り捨てたつもりだが……そのやり方が気に食わなかったらしい」


「何だよ、『振り捨てた』って? どういう状況なんだよ、それ!」


 僕は大声をあげずにいられなかった。しかし、電子工学の博士号は伊達ではない。おしゃべりしながらも僕はすみやかにブレスレット内部の解析を終え、結論に達していた。


「あんたの言う通り……生体パターンをモニタリングして送信する代物だね、これは。無理に外そうとすると信号を送るようになってる。ロック機構は複雑だけど、信号を送らせずに開錠できなくはないよ。だけどさー、これ、外しても無駄じゃない? 調査員は明日もあんたにぴったりついて来るつもりなんだろ? 明日会った時にあんたがこのブレスレットをはめてなきゃ、向こうを怒らせるだけだよ」


「明日、開庁時間にあの女が現れたら、署長室でしばらく眠っていてもらう。事故によるパラライザの暴発で。……情報によると、明日は《セメスト》の『祝祭日』だ。犯罪組織の結成記念日を祝うために、構成員が市内で『派手な事をやらかす』という(はた)迷惑な日だ。普段より多くの凶悪犯罪の発生が予想される。だから明日は、あの女について来られちゃ困るんだ」


《セメスト》とは、この惑星ガリア全土を恐怖に陥れている巨大犯罪組織だ。その権力は国さえ凌ぐと噂されており、何万人もの犯罪者を傘下に収めている。


 彼らは、五十年ほど前に《セメスト》が初めて結成された日を『祝祭日』と呼び、大がかりな犯罪を犯すことによって毎年その日を祝うという困った慣習を持ち合わせている。昨年の『祝祭日』にはクテシフォン市内で十件の銀行強盗が同時発生し、市警がてんてこ舞いさせられたことを、僕もよく覚えていた。


 そんな危険な日を、この好戦的な署長が黙って見過ごすはずがない。


「それはつまり……あんたが街へ出て行って、警官隊の先頭に立って《セメスト》のやくざ共を殺しまくるつもりだから、ってことだよね? そりゃまあ、そんな姿を調査員に見られたら、人権侵害を認定されちゃうのは確実だねー」


 僕はミス・フンゲルトハイマーの可愛らしい顔、おとなしそうな表情、ちっともおとなしくないボディなどをありありと思い出した。あれだけの美人がこんなにも粗雑に扱われるのは気の毒だったし、もったいなかった。もし彼女が、一日中ずっと僕に同行したいと言ってくれれば、僕なら喜んで応えるのに。あんなにきれいな女をずっと眺めていられるなんて最高だ。


 いや、待てよ。――いい考えがある。


 僕は上機嫌で署長に微笑みかけた。


「ねえ。今、天才的なアイディアがひらめいたんだけど……聞きたいかい?」


 僕の上機嫌は署長に伝染しなかった。僕を見返す顔には全面的に「うさん臭い」と書いてあった。


「きみは今、とても猟奇的な顔をしてるぞ、ニコライ博士」


「僕が明日、あんたになりすますっていうのはどうだい? ブレスレットの電子機構をちょいといじれば、あんたじゃなく僕の生体パターンをモニタリングするよう変更できる。僕は一日中、このブレスレットをはめて、カイトウ署長として彼女とおとなしくお留守番してるよ。その間に、あんたは好きなだけ街へ出て犯罪者を殺せばいい」


 僕の提案を聞いても、署長の不審の表情は強くなっただけだった。


「きみがぼくになりすますって? 無理があるだろう。体型も骨格もぜんぜん違う……」


「任せてくれよ。僕が生化学の専門家なのを忘れたのかい? 人間の外見を変える化学薬品についての知識なら十分にある。ごまかしてみせるさ」


「……」


 署長はあまり納得した様子ではなかったが、とりあえず僕の提案に同意した。たぶん、ミス・フンゲルトハイマーをパラライザの事故で眠らせようが僕に押しつけようが、後の面倒には大差ないという結論に達したんだろう。僕はブレスレットを開錠して署長の手首から外し、センサーを調整して僕の生体パターンをモニタリングするようにさせてから、僕の手首にはめた。


 わくわくしていた。こんな気分は初めてだ。


「ぼくになりすますんだったら……あの女のことは『ジュディス』と呼んだ方がいいぜ。そう呼ぶように言われてるから」


 立ち去りぎわに署長が残していった言葉が、僕の気分をさらに高揚させた。


 ジュディス、ジュディス。


 身内と部下以外の女をファーストネームで呼ぶなんて、生まれて初めてだ。何と言っても僕は生まれてこのかた、女と個人的に親しくなったことがないのだ。


 銀色のブレスレットをうっとりと眺める。


 このブレスレットを通じて、彼女と僕とはつながっている。彼女は僕の生体パターンを真剣にモニタリングしてくれているんだ。あんな巨乳美人が。


 そう考えると、背中を快感が走り抜ける。


 明日という日をこんなに待ち焦がれるのも初めての経験だった。

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