第1話
待ちに待った閉庁時間だ。そろそろ、帰宅のため婦人警官が私服に着替え始める。
僕は、科学捜査研究室のいちばん奥にある自分のオフィスで、胸を高鳴らせながら、デスクトップの表示をカメラ画像に切り替えた。
クテシフォン市警本部ビルの十階にある職員更衣室の女子更衣ブース。合計十五個のそのブースの天井と床下に隠しカメラを設置し、それらの取得した映像を四十二階の科学捜査研究室のオフィスまで転送する回路を作るのは、クテシフォン市立大学始まって以来の天才と称えられたこの僕、J・P・ニコライ博士にとっては、朝飯前と言ってもよかった。
そして閉庁時間にはこうやってオフィスに施錠し、仕事の手を休め、スナック菓子を頬ばりながら、カメラの送ってくる貴重な映像を心ゆくまで堪能するのが僕の日課となっている。
僕は椅子にふんぞり返り、デスクトップに表示された十五個の更衣ブースの映像を眺めた。
おかしいな。いつもなら昼勤を終えた婦人警官たちがいっせいに着替えを始めるのだが。今日はだれもブースに入って来ない。
僕がじれ始めたとき、ようやく赤毛の婦人警官がブースに入ってきた。
ラッキーだ。僕は彼女を知っていた――ミカル・バスチーバ巡査。交通管制課でいちばんの美人と評判が高い二十二歳だ。スタイルも抜群だ。まもなく晒される彼女の豊満なおっぱい、むっちりした内腿などを期待して、僕はごくりと生唾を飲み込んだ。
何をやってるんだよ。どうしてさっさと服を脱がないんだ。時計ばかり見て。更衣ブースは時計を見るための場所じゃないだろう?
そのとき、僕のオフィスの扉が轟音と共に蹴開けられた。
テンシル鋼製の自動ドアを蹴り開けられるだけの怪力の持ち主は、署内にひとりしかいない。特務課のジョー・ブレア警部補だ。あの、女の皮をかぶったモンスター。扉がけたたましい音をたててこちら向きに倒れ、それを乗り越えるようにして黒髪の女刑事が突進してきた。思いもかけない激しい破壊行為に僕が呆然としていると、ブレアが僕の右手首をつかんだ。そのまま乱暴に右腕を背中へねじ上げられ、顔面をデスクに叩きつけられる。僕は悲鳴をあげた。
「やった! のぞきの現場を押さえたぞ!」
猛々しい声が響いた。特務課のリンダ・グロズナー部長刑事だ。
上半身を完全にデスクに押さえ込まれた体勢の僕は、いきなり髪をぐいとつかまれ、顔を上げさせられた。凶悪な笑みを浮かべたグロズナーがこちらをのぞき込んでいた。
「ばっちり現行犯です。このデスクトップの画像は、証拠として署長室へ転送しましたからね。もう言い逃れはできませんよ、ニコライ博士。……今日こそ観念してもらいましょうか」
僕は呻いた。
本当は反論したかった。僕は、おまえらだけはのぞいたことはない。おばさんには興味がないし、まして、怪力魔人のブレアとアマゾネス・グロズナーの裸なんて頼まれたって見たくない。おまえらが更衣ブースに入ってきた時は、いつも画像表示をオフにしてきたんだ……!
ブレアとグロズナ―に続いて、大勢の女たちがオフィスに乱入してきた。みんな顔を歪めて叫んでいる。
「このスケベ! 変態!」
「女の敵!」
「最低!」
一人残らずブスばっかりだ。
このぉっ、おまえら、うぬぼれんな。僕がおまえらの裸なんぞに興味があると思ってるのか。僕がじっくり鑑賞するのは美人だけだ。おまえらなんか、初めから眼中にないんだ。まるで僕がおまえらに目をつけてるみたいな言い方をしやがって……。
女たちはよってたかって僕を科学捜査研究室から引きずり出し、女子更衣室まで連行した。