第二話 過去の回想
真が彼女を初めて見たのは、半年前、入学式の時だった。
「次、新入生主席入学者より挨拶を行います」
壇上の司会者のアナウンスがマイク越しにそう告げる。
(へ~主席入学なんてスゲーな)
(誰なんだろうね~?)
そんな声が新入生の間で飛び交う。
自分たちの代で最も優秀な人間は誰なのだろうと、誰でもたいがいは気にするものだろう。
特に、この学校は地元ではもちろん、県でもなかなかのレベルの進学校として知られている。
皆、ある程度は学力に自身のある者ばかりなのだから、そういった気持ちが表れて当然なのだろう。
「新入生代表、浅井歩葉さん」
「はい。」
声を聴く限りそれは女のようだった。
とても落ち着きのある、それでいて澄んだ声が体育館に響き渡る。
体育館中の目線がその声のほうへと向けられた。
その返事をした女生徒は、すっと立ち上がると、ゆっくりと壇上に向かって歩き出した。
「お~い真~、どうしたの~?」
陸斗の声で真はふと我に返る。
(いかんいかん。心が完全にあの時の入学式に飛んでた)
「何考えてたの? また浅井さんのこと?」
「ち、違うって!」
(いや、違わないのだが)
あの入学式で壇上に向かう美少女の神々しいともいえる姿は、その場にいた人々の心をつかむのには十分だったようだ。
男子生徒だけではなく、女子生徒も思わずその姿に見とれてしまうほどなのだから、本物なのだろう。
それだけ、その時の彼女は輝いてた。
入学式を終えたその日から、浅井歩葉は学校中のアイドルとして正式に(?)認定されたのは言うまでもないことだった。
「べ、別に浅井のことなんか俺は興味ないって!」
なんて男子高校生がつきそうな嘘なのだろうと真自身でも思った。
その時だった。
「何~? 真も歩葉のこと好きなの?」
真と陸斗ははっとその声のほうを振り向く。
「せ、星利佳! お前、いつからそこに!」
真がそう叫ぶ。
隣にいつの間にか立っていたのは、森野星利佳《もりの せりか》だった。
「やあ、森野さん」
陸斗は特に動揺もせずに挨拶をする。
「こんにちは、楠君」
星利佳はにこやかに陸斗のほうを見て挨拶する。
「星利佳! お前人の話立ち聞きするんじゃねえよ!」
「あら、聞いてたんじゃないわ、聞こえたのよ?」
と意地悪そうに笑う。
小柄だが、笑顔が愛くるしいこれもなかなかの美少女としてクラスに隠れファンが多いと聞く。
「そういえば、森野さんと真は幼馴染なんだっけ?」
明らかにただのクラスメイト以上の親しさを見せる二人に、陸斗は思い出したように言った。
「ああ、親同士が同級生でな。家も近かったから幼稚園から今までずっと一緒だったんだ」
真はそう答える。
「そうそう! 昔はよく遊んだんだけどね~!」
星利佳も同意する。
「へぇ~そうなんだ~」
陸斗は星利佳の言葉に納得したようにうなずく。
「ま、最近じゃあたしも部活で忙しいし、一緒に何かすることなんてほとんどなくなったんだけどね~」
と星利佳は真のほうを見ると
「それとも~。マコくんも女の子と一緒に遊ぶのが恥ずかしいお年頃になっちゃったのかな~?」
と意地悪そうに付け加えた。
真は、ふんと星利佳から目をそらす。
その様子を見て、陸斗と星利佳はくすくす笑っていた。
「仲いいね~二人とも!」
陸斗は笑いながらそういった。
「ほらほら真、機嫌なおして! そういえば、今日家寄って行かない?」
星利佳が思い出したようにそう真に告げる。
「え、なんで?」
違う方を向いていた真が、星利佳の方へと向き直る。
「なんかね、真のご両親がうちに来るんだってさ? うちのお父さん、久しぶりに真のところのおじさんと飲みたいみたい。だから、真も誘っておいてって今日の朝言われたの」
なるほど。真の近くの席に来たのは用があったからで、立ち聞きするためでは本当になかったらしい。
だが、それをなぜうちの親から言われずに星利佳から言われるのかは真にとっては疑問だった。
「ん、わかったよ」
「それでね、あのね」
星利佳が何かを言いよどむ。
「どした?」
真が首をかしげる。
「あたしね、今日部活ないの。だからさ、その……一緒に帰らない? どうせ、お夕飯までちょっと時間あるから、買い物に付き合ってほしいんだけど……。お母さんから……お使いも頼まれているし……」
星利佳は心なしか、少し恥ずかしそうに真にそう告げる。
「え、べ、別にいいけど?」
真はさらっと返事をする。
それを聞いた星利佳は表情がぱっと明るくなったのが目に見えてわかった。
「ほんと!? やった! じゃあ、授業終わったらね!」
星利佳はそういって、自分の席へと帰っていった。
「変な奴だな」
真がそうぽろっというと、陸斗がくすくすと笑う。
「なんだよ陸斗」
そんな陸斗を真がギロっとにらむ。
「ううん、別になんでもないよ」
陸斗はまだ笑いが収まらないといった様子である。
「いやさ、真って鈍感だし、わかりやすいし、ラノベの主人公みたいだなってね」
「本の登場人物と一緒にすんなよ。大体俺はあんなにモテないぜ」
と、真は怪訝な表情を浮かべた。
「そうかな~……」
その時、先生が教室に入ってきた。
「お~い授業始めるぞ~」
どうやら、気づかぬうちに授業を知らせるチャイムが鳴っていたようだった。
真は陸斗との会話をやめ、前を向いた。
その時もまだ、陸斗はくすくす笑っていたのを真は聞いて、はあ、とため息をついたのだった。