第一話 悩める少年
(なぜなのか分からない……だけど……あなたが好き……)
(気が付いたら、私の目はいつもあなたを追いかけてたわ)
(なんで私が……あんたみたいな男のことを………)
学校中のアイドルのかわいい子がこんな平凡な男を根拠もなく好きになるなんてこと………あるかああああ!!!!
自分の席に座って本を読んでいた飯田真|≪いいだ まこと≫は、本を勢いよく閉じた。
ここは聖アール学園高校の1年1組の教室である。
広々とした校内の至るところから話し声や笑い声が聞こえる。
夏休みがあけ、夏もそろそろと終わりを迎えた頃。
はるか上空からこれでもかと照りつけてくる太陽の日差しは、少し和らぎ、秋の気配を醸し出してきた。
そのせいだろうか、外でお弁当を広げる人々が3階にある1年生の教室から多く見える。
どうやら昼休みの時間らしい。
「どうだった! 真! 僕の最近のお気に入り!」
真が本を閉じるやいないや、真の後ろに座っている楠陸斗|≪くすのき りくと≫が身を乗り出してきた。
振り返って、黙ってその持っていた本を後ろの陸斗に突っ返す真。
「どうしたの? 面白くなかった? これ最近の僕が読んだ中では一番……」
「どうしたもこうしたもない」
心配そうに聞く陸斗の言葉を、真は一瞬で遮った。
先ほどまで読んでいた本はどうやら陸斗が真に貸したものらしい。
「文章が『ぎゃ~』とか『うは~』とか読みづらい! 挿絵が多いしそれも全部女の子のかわいいショットばかり! 展開が意味不明で何の脈絡もなく唐突すぎだ!」
なるほど。
陸斗が貸した本というのはライトノベルだったようだ。
「かなり偏見もあると思うけど……ラノベってのはそういうもんなんだよ。すぐ慣れるって」
えてして初めてライトノベルを読んだ感想など大体そんなものである。
「だけどな、それは百歩譲って許すとしよう」
真は真剣な表情で首を振りながら話を続ける。
「どうしてこの主人公は女の子にモテモテなんだ!」
どうやらこれが本題らしい。
「どうしてって……」
返答に困る陸斗。
「だって……そうじゃないと話が進まないじゃない? 一応これ、ラブコメだからさ?」
「頭もよくない? 顔もよくない? 運動もできない? ただの平凡なダメ男じゃないか! なんでそんなにモテるんだよ!」
「まあそれはさ、ほら、優しいとか……気が利く……とか」
「そんなんでモテたら苦労しね~っつーの」
陸斗の反論をばっさり切り捨てる真。
「まあ……真の言いたいこともわかるけどさ」
陸斗は苦笑いを隠せないといった感じで、口に手をあててくすくすと笑っていた。
「で、参考にはなった?」
「ならん!」
真はそう言って黒板のほうへと向き直った。
「そうかな~? 真が潤った高校生活を送りたいっていうからさ、この本参考になると思ったんだけどな?」
どうやら、楽しい高校生活を送るための参考書としてそのラノベはこの場に存在したらしい。
「僕の持ってるラノベの中では一番ハーレムなエンドだよ?」
この陸斗という少年、さわやかな風貌と整った顔立ちをして気品にあふれているが、その見た目とは裏腹になかなかなオタクらしい。
それは、高校生活の参考にラノベを持ってくるあたり、一般人とずれいているのは火を見るより明らかだ。
その点、一般人の中の一般人である真からすると理解不能になるのは至極当然のことだった。
「なんだよそのハーレムなエンドって! 俺はただ!………」
真はそういって教室の端に目をやった。
「ただ?」
陸斗はそういいながら真の目線を追う。
この先には、友達と仲良く机を囲んでお弁当を食べている美少女のクラスメイト、浅井歩葉|≪あさい あゆは≫の姿があった。
顔立ちはもちろん、スタイル、気品、そういったすべての要素で他の女子と一緒にいても一つ抜けている。
そういった種類の美少女だ。
「浅井さん?」
陸斗が、今度は真に向き直りながら聞く。
「う、うるせえよ! なんでもねえ!」
そういいながら、真はふんと彼女から目をそらした。
「いや~本当にかわいいもんね~浅井さん」
陸斗は楽しそうだ。
(俺だって……さっきの本の主人公だったら簡単に今頃知り合えたのにな……)
真はそんなことを考えながら、陸斗に気づかれない程度に小さく、ため息をついた。