無線02
マントをはおったモノは後ろを振り返った。
「レイアン」
「はい」
そこには足音を忍ばせて、冷杏が立っていた。
「こんかいの手柄は、シラギのものだ」
「わかっておりまする」
「階級試験、SKKDBの者で、まだ試験を受けていない奴はいるのか」
「B階級の者は全て終わったかと。残るはC階級」
「ああ、わかっている。あのバケモノだけだな」
「バケモノですと。ふふ、青梅殿は面白いお方だ」
「そこは笑うところではない。いいか、レイアン。我からの命令だ。よく聞け」
「ははっ」
「あのバケモノ、玉露を喰ってこい」
「喰う……ですと」
「アイツがいる限り、我らが桜宮高校管理団体の秩序が乱される。アイツはCクラスとはいえ、実力がありすぎている」
「そうですな」
「一発で仕留めるのは容易ではない。したがって、少しでもダメージをあたえることができればそれでいいのだ」
「うむ」
「ならば一緒に、ッぐはぁあ!! うをッ……貴様、何を……!」
突如、モノのみぞおちに、男のこぶしが食い込む。いくら強靭なモノであっても、所詮が女だ。俊敏さは優位に立ってはいるが、その分周りの状況に順応しにくい。
苦しむモノの顔を愛おしげに見やり、冷杏は言った。
「ええ、了解しましたとも。ただし、私1人でやらせてほしいのだ」
「ひとりで、だと……」
「ええ、助けなどいらないと言っておるのです」
「そんなこと、危険があり、すぎんだろ……っ痛ッ!!」
「青梅殿は、一体私をなんだと思っておられるのだ」
「しかし……ッ! レイアンッ! おま……」
「行って参ります。大人しくしてないと傷口が開きますぞ」
冷杏はその言葉を最後に、地を蹴って宙を舞った。モノの制止を振り切って、軽々と遠くへ走って行った。
「まったく……何が起こるか知れぬというのに……」
赤く滲む腹を押さえてしゃがみこんだモノは、まだ雲に覆われた南の空を見ていた。
「お譲っ!!」
「……カコオさん黙れよ」
「シメリももう少し柔らかくなれよ。ほら笑え笑え!」
「モノさーん。カコオさんが業務命令でもないのに私に指図してきまーす」
聞こえてきたのは、青梅モノの守護者2人の会話。どうやら二人同時に現地に着いたらしい。手を振っているのが見える。……酒井だけ。
「おお、遅かったな。なにかあったのか」
「!!? それはこちらの台詞です。……どうしたんです、その血」
「おおおっ、ホントだ!! いかがなさったのか!!」
「いちいち反応がやかましいのだ、ひとまず座れ」
「あ、申し訳ない」
「詳しくお聞かせ願おうか」
さっきあった話を、1通り2人に伝えるモノ。
「……と、まあこんな感じだ」
「…………」
「ん? いかがした」
「……なぜ」
「うむ」
「ワタシに救援を頼まなかったのですか」
「おい、シメリ。オレの存在は……」
「あの状況下では、無理だったのだ。仕方ないこんな傷くらい……」
「モノさん。今も無理をなさっているのでしょう」
「無理などしておらん」
「血ぃ出ておるのにか? そりゃあ無茶ってモンが……」
「どう見ても無理をしておられる。それから黙れカコオさん」
「(シュン……)」
「心配はおおいに結構だが、我はこのようなことでくたばるほど柔じゃないぞ」
「わかっております。わかっているからこそ、こうして何度か申しあげているのです。ワタシは一体何のために存在しているのかおわかりではないご様子でしたので」
「もう……わかった。すまない、心配をかけたな」
「いえ。わかればそれでよろしいのです」
「で、いかがするのだ? 冷杏を追うのか」
「どちらにせよ、モノさんは休息ですね。行くとなれば、カコオさんが行ってくれます故」
「……おまえ、つくづくイイ性格してるよなぁ。肝心なところを人様にまるなげするんだもんなあ」
「ワタシの心配をしているお暇があるのでしたら、任務に戻られては? ワタシは普段よりきちんと任務を遂行しておりますので。このような例外時には、緊急組の御発動が規定されておりますが、ご存じなくて?」
「……完敗だ! お前はすごい小癪な奴だ!」
「お褒めにつきまして、誠に光栄ですな」
では、そろそろ参るか。そう言って、するすると立ち上がる。
「カコオさん、お元気で。ワタシはモノさんと幸せになります」
「ハァ!? なに言ってんだお前は! いいか、いざとなったらお前も来るのだぞ! わかったな」
「へいへい」
「~~……ぐぬぬぬ……。まあいい。とりあえず様子を見てこよう」
「いいからさっさと行ってこい!!」
「ははっ!」
モノの威勢の良い声に後押しされ、酒井はその場を去った。