無線00
戦いとは、互角が原則である。
凛【1,寒い 2,厳しい 3,恐れる 】
ここは、薄汚れた路地裏。人目に付かない、校舎裏の一角。ドブ鼠も黙る、緊迫した……泥臭い空気の中。
黒髪の少女が、見えない何者かに向かって、大声で何かを言っているもよう。
「観念するがよい。我らは桜日高校管理団体Sクラス。悪党どもよ、そこにいるのは分かっているぞ……成敗される前におとなしく出てきやがれ。無駄な抵抗はよせ。完全に包囲されているのだからな!」
真っ赤な電子メガホンを右手に構え、威勢よく……且つ、冷え冷えとした眼差しで警告を発す少女。強い日差しを遮るふうにサンバイザーに軽く左手をのせて、何度も何度もくり返す。
風が速くなってきた。夏特有の生ぬるい風が、近辺を流れるドブの生臭さとミックスされてなんとも言えない香りを生み出していた。
少女は鼻先に感じるそれに対して、やや嫌そうなそぶりを見せた後、また言った。
「何度言っても聞き入れぬなら、無理やりにでも探し出すまでだ」
少女は取り巻きの男にアイコンタクトを取るや否や、メガホンを乱雑に投げ捨てて、路地を一直線に加速した。両サイドにはイカツイ感じの男性が数10名。スピードは同じに保ったまま、少女を護衛するかのようにぴったりとくっついて離れない。ぱっと見ヤクザに見間違えられそうな感じの……リ、リーゼント、もいる。
少女は早口に捲し立てる。
「今日こそは尻尾をつかませてもらうぞ! 皆のもの……かかるがいい!!」
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおっ!!!!!!!!」
途端、閃光が走るように、びびびっと地面が黒く光ったかと思うと、何者かのうめき声とともに数人の男女がアスファルトに叩きつけられていた。
「お手柄ですぜ、お嬢」
「黙れ、酒井。まだこの者どもは息絶えておらぬ。いつ動き出すか知れぬのだぞ」
「はっ。仰せのとおりでございます」
かく言う彼女は、顔の半分を覆う漆黒の艶髪をなぎ払うと平然とパイプを銜え始めた。その朱色の瞳には、煙草の炎がちりちりと映り込んで、一層彼女の気高さを演出していた。
アスファルトにのびている悪党どもは、未だ気を失ったまま、一向に動き出す気配がない。(ちなみにこの悪党どもは、校内で恐喝や窃盗などを働き、学校の秩序を乱したという罪で、捕まり次第、処分することになっている)
「ボスもあっけないものでしたな、お嬢。どのように処分します?」
「その辺に敷いておけ。車に撥ねられれば少しは自分の悪さに気づくだろう」
「車で轢くってことですか、お嬢」
少女と男の間を、灰色の煙が二つに裂く。
「これ以上愉快なことはない。今すぐにでも始末したいところだが、オレはこれから所用があるからこの場に長くは居れん。名残惜しいが片付けておいてはくれぬか」
「ははっ。承知いたしました」
そう言い残して、少女はその場を立ち去って行った。
この少女、名前を、青梅モノと言うのだが、とんだくせ者である。
事実、アオウメモノは孤児である。
元々預かりセンターでは、親の身元の分からない小学生低学年までの子ども達を預かっていたわけなのだが、他の子どもたちは次々と迎えが来るのにも関わらず、彼女の親だけはいくらたっても現れなかった。不思議に思って彼女に尋ねたところ、「ここへは自力で歩いてきた。今までの路地には飽きたから。」と、真顔で言ったという。さすがに可哀想になったセンターの長は、彼女に今まで以上の待遇をしたらしい。しかし、彼女はそれすらも拒んだという。「無駄に優しくされるのは嫌いだ。それを止めぬというのなら、我はここを出て行くぞ」そう、言って。センター長は驚き、子どもらしからぬ発言に感服したという。そのセンター長が、さっきの酒井という男であるのだ。
酒井とモノが知り合ってもう何年経つだろうか。当時、小学校にすら籍を置いていなかったものの、小3に該当する年齢だった幼い少女は、立派な女子高校生へと変貌を遂げていた。そして現在彼女は高校2年生
そんな彼女の高校での役割が、『桜日高校管理団体Sクラス』というもの。
Sという階級は、SからEまである中の、一等階級にあたる。学年その他関係無しに、能力のあるものたちが集い組織化したイメージだ。
管理団体というのは例えて言うと、鬼教師をも圧倒する規律委員会の要、とでもいおうか。とにかく校則、学校の秩序を正すために活動している。
緊急無線
青梅:「こちらは青梅モノ。青梅モノ。SKKDB、応答せよ」
??:「はい。こちらSKKDB、七尾シラギ。SKKDS、青梅さんですか」
青梅:「ああ。こちら青梅モノだ。シラギ、こちらは一応落とし前をつけた。慌ただしいところ無礼申し上げるが、直ちにそちらの状況を報告せよ」
七尾:「了解しましたっ。たった今、SKKDCから連絡が入り、我らSKKDBはそちらへの援護へ向かいました。状況は緊迫しています。今全てを語るには時間が無さすぎるので、こちらの状況は推察してもらいたいです。後、SKKDSはいかがされますか」
青梅:「我はもう路地から離脱している。酒井に後処理は任せておいたが、人手はそうかかっていないはずだ。もしこちらSKKDSに援護を要請するのであれば、そう申せよ。いかがする?」
七尾:「できれば援護申し上げたいですね。我らがB階級の者は、C階級の者どもよりは多少なりとも優っているとはいえ、そなた方S階級の方々には到底及ばないので。SKKDBは、ただいまより、SKKDSに援護を要請します」
青梅:「了解した。直ちにこちらSKKDSから残りの人手を集め、向かわせる。場所を送ってくれぬか」
七尾:「はい。今レーダーを作動中でございます。……場所は……入江商店入口前!」
青梅:「了解した! ……ブツッ」
青梅:「こちらSKKDS、青梅モノ! 情報は送信した。S階級の者どもよ、直ちにC及びB階級を援護せよ! 繰り返す。SKKDS、直ちにC及びB階級を援護せよ!」
??:「青梅殿。了解しましたぞ。S級所属、全ての団員に援護を要請した」
青梅:「御苦労であるぞ、レイアン。その努力、上層階部の者に報告させてもらおう」
冷杏:「ははっ。誠にうれしゅうございます!それでは私も任務に戻らせてもらいます」
青梅:「我もまもなくそちらへ向かう。気をつけて行ってくるがよい」
無線をぷつりと切ったモノは、漆黒のコートを羽織り、宙へと身体を浮かせ電線を走った。モノの身体は特殊で、加速すると周りに静電気が起こり、重力が他の人間の2分の1になるという特性を持っている。これは酒井と一部のS階級の者しか知らない。部外者にこの事実を知られては、どのように悪用されるかがわからないからだ。冷杏も、その秘密を握る一人となっている。
桜日高校管理団体S~Eに所属しているおおよそ50名近くの団員は、戦闘態勢に入った場合、1名に付き、2人の守護者をつけるという鉄則がある。これはどの階級の団員にも共通で、等しく与えられる権利だ。
おっと。ここで、モノの守護者を紹介しておこう。
一人目の守護者は、酒井囲雄。読みはサカイカコオ。今年で齢19を迎える、桜高SKKDSのOB。口調はオヤジじみているが、容姿は超がつく程の美男子。
普段はほぼ和装であるため古風な雰囲気を感じさせるが、実際の雰囲気は真逆。所謂マルチタレント。お茶の間でよく話題にあがる人物の一人だ。
好物はフライドチキンと、チョコ玉。ぼさっとしているため、なんともフランクな印象を受ける彼だが、さすがはSKKDSのOB。仕事のことになると顔色がぱっと変わり、見事な能力を発揮する。
2人目の守護者は、ここで初登場……烏羽〆離。読みはカラスバシメリ。酒井と同じく19で、桜高のOBである。
守護者になったきっかけは、ある一件で、モノに命を救われたことがあったため、恩を返すために守護者入りに立候補した。
物静かで冷淡……というか冷酷な性格で、物事は基本『頼まれるまでやらない』主義。しかし、分厚い仮面の裏側にはしっかりした情熱があり、人の命が掛っている仕事等に関しては進んで引き受けたりもする。
当時、彼が高校生の時代、『桜高夜桜倶楽部』というヤクザ系統の部長補佐等をしていたため、SKKDSとは裏世界での付き合いが多かったようだ。モノの守護者になったのも、ここ桜高を懐かしむ気持ちがあったからなのではないだろうか。
意外と人情にアツい彼らしいともいえよう。ちなみに彼の好物は胡麻プリンとココアババロアである。
こうした個性ある2人に囲まれて、青梅モノは今日も現地へと向かう。
モノは守護者2人に無線をつないだ。
【To:酒井.烏羽】
青梅:「こちら青梅モノ。酒井、烏羽、応答願う」
烏羽:「はい。こちらは烏羽シメリ。モノさん、如何したか」
??:「お嬢。先ほどの野郎は片しておきましたよ」
青梅:「……酒井だな? どんなことがあろうと、まずは名乗れと申しておるのだが」
酒井:「申し訳ない! 酒井カコオ、ただいま帰還したことをお伝えする!」
烏羽:「カコオさんは少し黙っててもらえますか。モノさん、今回のご用件は」
青梅:「ああ、そのことだが……今から入江商店に向かうことはできるか」
酒井:「お言葉ですが、お嬢。ここからかなりの距離がありますぜ?」
烏羽:「黙ってろカコオさん。モノさん、そこでしたらワタシの現在地からは、かなり近い距離にあります。今から向かいますか?」
青梅:「ああ、頼む。詳しい説明は後でする故に、急いで向かってくれ。我はもうじきそこにつくもようだ」
烏羽:「了解しました。では。ブツッ」
酒井:「お嬢、俺の位置からは……」
青梅:「遠いなどと言っている者は、もはや必要ない。今は一刻を争うのだ。ぐだぐだと言っている暇があったら、即行動しやがれ!!!」
酒井:「有難いお言葉!酒井カコオ、だだいまお嬢のもとへ、参りまする!」
青梅:「頼んだぞ、酒井」
モノは2人を現地へ向かわせたところで、電線を飛び越えつつも再び無線をつないだ。
【To:七尾.冷杏】
青梅:「こちら青梅モノ。七尾、冷杏、応答願う」
七尾:「はーい、こちら七尾シラギ。SKKDBである。青梅殿、如何しましたか」
青梅:「シラギか? 現地にはもう着いた頃か」
七尾:「はい。数分前に到……うォワぁぁぁあッ!!!」
冷杏:「こちらレイアン。……青梅殿――――?」
青梅:「レイアン、すまない。一旦無線を切らせてもらう」
冷杏:「……よくわからないのだが……まあ、了解した」
青梅:「ああ! ちょっと待った」
冷杏:「?」
青梅:「お前ももう現地に着いているだろう?」
冷杏:「ああ、勿論そうだが……何故?」
青梅:「SKKDBのシラギにも無線をつないだのだが、突然奇声を発して無線が途切れてしまったのだ。何か情報を知らないか?」
冷杏:「それならおそらく心配はいらぬだろう。七尾殿なら商店の前でラムネを食しておられる故」
青梅:「今なんと申した」
冷杏:「ですから、ラムネを食しておられる、と申したのです」
青梅:「それと、さっきの奇声はなんの関係があるのだ」
冷杏:「ああ、それはですな……商店前について、店内にたむろしやがっている悪党を発見されて、いざ立ち向かおうとされたところですな」
~回想~
「悪党どもよ、そこまでだ!」
「おにーちゃーん。コレ、開けてぇー?」
「え?」
小さな女の子が、店の前でラムネのビンを突き出して、七尾殿に開けろと命じたのであります。七尾殿は頼まれごとは断れない性格である故…即行引き受けたのでありますが。
「ありがとーおにーちゃん! お礼にね、おにーちゃんにもラムネ買ってあげるー」
「え……いいの? かたじけないや。任務中だが、のどが渇いていたんだー。しばし休憩時間をいただこうかな」
そう言って店先の腰掛に座って2人でラムネを……。
冷杏:「……食しております」
青梅:「お……おのれ、シラギ…」
冷杏:「そうご立腹しないでもらいたい。七尾殿は親切心から……」
青梅:「なんでも良いわ!! 我は現在かなり腹立たしいぞ。電線に腰掛けてはいるがな、すぐ目の前に入江商店が目に入っておるわ!!」
冷杏:「そ、そうであったか。それでは」
青梅:「勿論、お主の姿も射程圏内だ。我は今、軽銃弾を30発、大型発砲団を5発所持している……」
冷杏:「申し訳なかった! お気をお鎮めくださいィィイ!!」
モノはバッとコートを広げて、電線を軽々と飛び越し、地へと降りたった。