表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青空同盟  作者: 紅和
いちごみるくのかみぱっく
52/53

光の当たる場所で



「あ」


 雨だ。

 起き抜けにカーテンを開けて気がついた。どうりで静かなわけだ、いつもなら何か騒がしいのに。

 ひんやりとしたガラスにはいく粒か水滴がついている。それはそれでキレイだけれど、やっぱりないほうがいい。雨が降っていても何となく明るいのだけが救いだ。


 そのままボーっとしていたかったけれど、さすがに足が冷えてしまう。まだまだ春の陽気には程遠い。

 脱ぎっぱなしの毛糸の靴下は、どういうわけかベッドの下に入り込んでいる。脱いだときはちゃんとはきやすいところに置いたつもりなのに……眠気に負けかけている自分は当てにならない。




 時間の流れの速さは変わらない。それなのに、緩やかだとか感じるのはどうしてなんだろう。

 伸びをして、首を回して、することがなくなってベッドに座る。間違いなく現実なんだけど、こうまで静かだとどこか別の世界にいるような気分だ。雨の音はBGMにもならないくらい微かで……。

 でも、目を開ければ間違いなく自分の部屋。枕元には携帯と読みかけの本が転がっているし、机の上は勉強していないのに問題集や教科書が開きっぱなし。


「あーあ……」


 意味もなく手を後ろにつくと、ひんやりとした携帯電話が指先に触れた。目をやってみて気づく。着信だ。

 こんな時間に……って一瞬思ったけれどすぐに取り消した。もう昼近くだ。雨の日は時間がわかりにくい。


「もしもし?」


 電話の相手はわかっている。こういう機能はつくづく便利だと思う。あんまり活用していないものもあるけれど。


「ああ、おれ」


 ディスプレイに表示されたのと一致する声が聞こえた。でも、やっぱりこんな風に話すと変な感じだ。


「うん、何?」


 意味はないけれど姿勢を直した。スプリングが軋む。


「大学受かった報告を、一応」


「ふーん……おめでとう」


 そういえば今日が発表日なんだ。私の日にち感覚はどこへ行っていたんだろう……。


「おう。で、今から高校行くんだけど、お前も来るか?」


「何で私が」


 いろんなざわめきが伝わってくることから考えると、奴はまだ大学にいるらしい。外の世界っていうのはおかしな表現なんだろうけど、まさにそんな気分。


「このあと雨があがったら暖かくなるらしいぞ」


 声につられて、窓の外を見遣った。確かに、どことなく春っぽい感じがしないでもない。何となく。


「行こうかな、に傾いてるだろ」


「……そんなことないわよ」


 行動が読まれるのにいい気はしない。今さらだなんてことは置いておいて。


「どうだか。……屋上は気持ちいいだろうな」


「性悪!」


 普通に外に出るのと屋上にいるのとでは心地よさが全然違う。頭の中に浮かぶ景色は鮮やかで、やっぱり好き。


「久しぶりに聞いたな、それ」


「お望みなら何回でも言ってやるわよ!」


 続けて言おうとしたのに冴島が唐突に笑い出したから、私は口を閉じた。


「……何よ?」


 奴の今の表情は想像できる。


「いや別に。俺の高校生活の3分の1くらいは杉田葵だったなーと思って」


「意味不明よ、何それ」


 奴はまだ笑っているらしい。外の喧騒よりは心地よく響いているけれど、さぞかし周りに変な目で見られているだろう。それとも、みんなそんな感じなんだろうか?


「いろいろ合わせてみたら、そんなくらいだろ、たぶん」


 ベッドから立ち上がってみる。毛糸の靴下を履いた足は無敵だ。


「……そうかもね。よくわからないけど」


 でも、頭はまだ寝ぼけているのかもしれない。それがわかったのか、奴はあのバカにしたような笑い方を一瞬だけした。


「まあ、な。で、どうする? 来るか?」


 どうしようか、なんて考える時点で心はもう決まっているようなものだ。結局、冴島の言ったとおりなのがあれだけど、仕方ない。


「行く」


 ごくごく自然に言葉が転げ落ちた。それと同時に、早く行きたいっていう気持ちに急かされる。こういうのは、心理学で解明してくれるんだろうか。




 電話を切って、閉じて、ベッドの上に放り投げた。クローゼットを開けて服を選ぶ。さすがに制服は……もうないか。

 少しだけうきうきしながら屋上を思い描けば、自ずと奴の姿もそこにある。それがとっくの昔に当たり前のことになっていた。……もしかしたら、私の高校生活の思い出のほとんどが屋上ってことは……。


 あの扉の鍵を握り締めた。


「あ」


 ガラスの向こう側、立ち並ぶ家々の上。さっきまで降っていた雨が止んで、雲の隙間から光が差し込んでいる。

 それを見て、何だか無性に心が弾んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ