出口はすぐそこに
久しぶりに聞いた冴島の声は、記憶にあるよりもまろやかでくぐもっていた。だけどそれは、人でいっぱいの中でもちゃんと聞こえるくらいの大きさで。
「何だ、受かってたのか」
合格発表をこの目で確かめて書類を受け取った直後に震えだした携帯電話。奴は、開口一番にそう言った。
「落ちてたらあんたなんかからの電話に出ないわよ」
「2コール目で出たもんな。そんなに俺と話したかった?」
持っていた大き目のバッグに、書類はちゃんと収まってくれた。
……ああ、今奴が目の前にいたら、殴ってやれるのに。思わず電話を握る手に力を込めそうになって、深呼吸。それを見透かしたような笑い声が妙に響いてくる。
「……で、一体何の用なのよ」
それを断ち切るようにして言いながら、掲示板に群がっている人たちの横を通り過ぎる。この中の多くが、4月から同じように通うんだって思うと、変な感じだ。
「用も何も、ただお祝いの言葉を言ってさしあげようと思っただけだよ」
「ふーん」
おめでとうございます、なんてものすごく棒読みな言い方。それでも、書類の重さを改めて感じてしまって、悔しい。踊らされているみたいで。
「どうもありがとうございます。……そういえば、あんた今屋上?」
ときどき、ざあっとノイズが入るのは、冷たい風のせいだろうか。
コートの前をあわせつつ尋ねると、冴島のうなずく声が返ってきた。私が寒いって思うのと、そのノイズのタイミングは大体同じ。電話って、だからすごいと思う。
*
ふと、人の声が聞こえなくなっていることに気がついた。
「どうした?」
知らず声が出ていたらしい。ノイズと一緒に奴の言葉。それに適当に返しながらあたりを見る。
どうやら、門に出るつもりだったのを間違えたみたいで、いつのまにか見覚えのないところにきていた。
「……迷った……」
慌ててキャンパスマップを思い起こす。でも、必要なところしか見ていなかったせいか、全然役に立ちそうに無い。
……ありえない。
そんなに大きな大学でもないのに、どうして迷ったりするんだろう。
「どうかしましたか、杉田葵さん。……ああ、もしかして道に迷ったとか?」
「うるさい、あんたのせいよ!」
くぐもった笑い声に当たったって、どうにもならないのはわかってる。でも、そうせずにはいられなくて。……その後ののんきでわざとらしい励ましには、当たってもいいような気がしたけれど、そうする前に奴はさっさと切ってしまっていた。
……相変わらずそつがない。それがまた嫌味。
コートのポケットに携帯電話をしまう。ふっと息を吐き出した。
考え方を変えることして、左足を踏み出す。そう、迷ったんじゃなくて探検しているんだって思うことにすれば、知らない建物だっておもしろく見える。
……なんてことをしているうちに、あっというまに門のところへたどり着いたんだけど。
掲示板のところからそう離れてはいないところでうろうろしていたもよう。
ばかばかしくなって、うつむいて、笑いを堪えて。外へと出た。
脇に植えられているのは、桜? 枝振りを見ても幹を見ても、さっぱりわからない。この木が何なのか、春になったらわかるだろうか。
何となく誇らしい気持ちで、門の向こう側、建物が並んでいるのを見遣る。
その後ろに広がる空は、ふんわりとした青い色。
冴島も、屋上から見ているかもしれない。
風があたたかくなるのも、きっともうすぐ―――。
<シリーズ7 めいろのでぐち 完>




