曇り空のゆううつ
空を覆いつくしている雲のように重い空気が支配する教室で、私はほっと息をはいた。
テストが終わった後の、テスト返し。名前を呼ばれて白い紙を受け取るたびに、みんな顔が変わる。近くの友達と見せ合いっこをしたり、はしゃいだり……。
だけど、そんなことはそのときだけ。ひと段落して席につくと、そこからは誰も喋ったりしない。時々、小さく話し声が聞こえるくらいだ。
よく言えば、引き締まっている。悪く言えば、ぴりぴりしている。
推薦組がちらほら合格し始めた、っていうのが大きいんだと思う。発表があった日以来、普段はそうでもないんだけど、ふとしたときに目につく推薦組の楽しそうな顔。模試なんかがあると、一目瞭然。まだ決まっていない人は直前まで単語帳を開いていたりするのに、決まったほうは平気で休んだりするんだから。
今もそう。はやばやと答案用紙をしまって、本を読んだり携帯をいじったりしている。正直言って、やっぱり気分がいいもんじゃない。
……なんて、観察する余裕があるような私に言えたことじゃないかもしれない。
この間の模試の自己採点がよかったからなのか、はたまた今回のテストで割といい点を取れたからなのか……。油断や慢心は禁物だっていうけれど、ぴりぴりしているよりは、余裕があったほうがいい、とは思う。
間違ったところに、赤ペンで大きく正答を書く。次は同じところで躓かないように。
閉鎖された空間から見る秋空は、いつもなら自由の象徴かのように広い。
今日はダメ。よりによってこんなときに曇らなくてもいいのに。……どうしようもないのに、不満。
赤ペンをおいて、首をまわした。骨を鳴らすのはよくないってわかっているけど、やっぱり気持ちがいい。
うっとうしい温度と湿度の中、お腹の音だけは鳴らしたくないと思った。
*
「あ、何だ、いたの」
「ああ、来たのか」
明かりのついていた生徒会室前を、さっさと駆け抜けて屋上の鍵をあけた。
冴島は来てないのか、なんて思っていたら、奴はちゃっかり中にいた。
……それで気づいたことだけど、屋上の錆びた扉は、中にも鍵があるらしい。
「何で鍵しめてたのよ」
パンを口に入れる奴のそばに私も座った。そろそろコンクリートが冷たいけど、まだ心地いいと感じるくらい。
今日は私もパンの昼ごはん。母は見事に寝坊した。
「あいつら、入って来れないだろ?」
「……なるほどね」
あいつら、っていうのは言うまでもなく生徒会のメンバー。やっぱり、冴島もうっとうしく思っているみたいで、彼らが顔を出すと嫌そうな顔をする。もちろん、肝心の本人達は気づいていない。
嫌になるのは、私も同感。これだけは、冴島と合う。
「なあ、そういえば、鍵は?」
「……何が?」
意外においしいコンビニの焼きそばパンにかぶりつく私を、奴は呆れたように見た。いつもの、むかつく表情。
「何なのよ?」
「鍵、閉めてきたか?」
あ、そういえば、忘れていた。閉めた覚えなんて、これっぽっちもない。
目でせかされて、むっとしながらも立ち上がる。冴島はむかつくけど、あの子たちと同じ時間を過ごすよりはまだマシだ。たぶん。
一足こっちが遅かった。
「あ」
「こんにちはー」
……奴の舌打ちは、私にだけ聞こえた。




