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青空同盟  作者: 紅和
どれみふぁそのうた
35/53

無謀だった賭けの結末



 気がついたら、朝だった。しかも、変な体勢で寝ていた。


「んー……」


 いつもの習慣で何となく時計に目をやって、その瞬間目が覚めた。手には、少し折り目がついてしまった本を開いたまま、しっかり握っている。

 それからもう一度、今度は携帯電話で日と時間を確認。

 8月31日。夏休みの最終日。

 何回見ても変わらないその日は、つまり、奴との賭けの期限日だ。


「ああ……!」


 何とか下巻までは行き着いたのに、その後すぐに眠ってしまったらしい。



 冴島のむかつく笑顔が脳裏にくっきりと浮かんで、思わず枕を殴っていた。







 何度も逃げ出したい衝動に駆られながら、それでも、どうせそのうちばれるんだからって思って。結局いつもと同じくらいの時間に学校に到着。

 今日は勉強をする気にはさらさらなれなくて、そのまま屋上へと向かう。

 開き直りって、今の私の気持ちを言うんだわ。


 夜はもうすっかり秋なのに、昼間はまだ暑い。……盛りのころに比べれば、どことなく涼しいような気がしないでもない。


 冴島はまだ来ていなかった。夏休みの最終日だっていうのに、理数系の補講は休みじゃないらしい。こういうときは文系でよかったと思う。


「……逃げようかな」


 開き直りの決心が、揺らぎ始めた。奴はどんなことを要求してくるんだろうとか、そんなことを考えたら『来ないほうがよかったかも』なんて。



 日陰に腰を下ろして、ぼんやりと景色を眺める。

 空の青が今日は少しだけ、雲に隠されている。そういえば、空色っていうのはどの季節の空の色をいうんだろう……?

 どうでもいいことを次々に思い浮かべて、本当の目的を忘れて……そうできたらどんなに楽か。


 勝ち誇ったような奴の表情は、あまりにも容易に想像できてしまう。きっと、そのままの笑みをすると思う。







「ああ、もう来てたのか」


 古臭い音を響かせて、扉が開いた。ちらりと見えた扉の向こうが、天国に見えた。


「……今日も補講?」


 そばにあったコンクリートの小さな欠片を、指で思い切り弾き飛ばした。それは、奴の傍まで転がっていって消えた。


「さっき終わった」


 冴島が、少し離れて隣に座る。

 じんわりと、汗がにじむのがわかった。



「で、読み終わったのか?」



 素直に首を振るのがいやで、沈黙。……もうばればれなのはわかっているんだけど……それもまた、悔しい。


「どっちだよ、おい?」


 声の感じで、奴が笑っていることがわかる。想像したとおりの笑いだ、絶対に。


「聞いてますか、杉田さん」


「……読めなかったわよ、悪かったわね!」


 開き直りモードは全開。振り向いた先には、案の定な、むかつく笑顔。


「ふーん……どこまで読んだ?」


「……上巻は読み終わった」


 そう、あと半分読めば私の勝ちだったのに。……半分っていっても、ハードカバーで一冊分あるんだけど。

 にらみつけるように奴を見ていた。一体どんなことをさせられるのか、わからなくて。

 冴島は、そんな私を少しだけ見つめてから軽く言い放った。


「じゃあ、ここにキスで許してやるよ」


「……はあ?」


 奴は頬を指差して、笑っている。

 冗談じゃないと思う。もしも誰かに見られたら、終わりじゃない。


「約束だろ?」


 ……最悪な夏休み最終日だ。ため息を深く深く、一つ。


「じっとしてなさいよ?」


 奴との間にあった隙間を、のろのろと詰めていく。時間の流れが遅くなった。それでも近づくとわかる、男のくせに綺麗な肌。


 アスファルトに手をついたまま顔を寄せて、直前に何となく目を閉じた。それからすぐに、屋上の隅まで逃げた。

 かすかに触れただけの唇が、熱い。後ろで冴島が小さく笑った。


「そこまで嫌がることでもないだろ」


「そういう問題じゃないの!」


 おそるおそる辺りを見回して、誰もいないことを確認した。しっかり確認したのに、速くなった鼓動は戻ってはくれない。






 秋の気配を含んだ夏の終わりの風が、私と奴のいる屋上を吹きすぎていく。

 その風に乗って、野球部の掛け声とボールを打つ金属バットの音が、遠く響いた。






<シリーズ5 どれみふぁそのうた 完>



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