ソは青い空
冷えた体を温めるため、なんていう名目で屋上の扉を開けると、珍しく冴島が先にいた。
「あ、いた」
「いたら悪いみたいな言い方やめろ」
どこかで聞いたような、決まりきった挨拶。私は太陽に手をかざして、日陰にもぐりこんだ。
奴は、これもまた決まりきったことだけど、読書中。
最初の会話以外、私たちはほとんど言葉を交わさない。もともとおしゃべりが好きってわけでもないから、ちょうどいいんだけど。
たまに、違う気分になることも、ないわけじゃない。
「ねえ」
「ん?」
「何の本、読んでるの」
ペットボトルのお茶を、飽きることなく今日も持ってきている。それを意味もなくいじりながら、大した意味も込めずに尋ねた。
「……ありきたりな殺人事件をがんばって解決しようとする探偵の話」
「……それはおもしろいわけ?」
全然おもしろくなさそうに言う冴島は、でも口元に笑みを浮かべて言った。
「まあまあ」
「ふーん」
高い空はもう秋。
矛盾してると思いつつ、まだ何とかひんやりとしているペットボトルを頬に押し当てる。
天気はもうすぐ下り坂になるらしいけど……青い空を見て疑う。でも、空だけは秋だし、もしかしたら気まぐれだったりして。
ひざを抱えて目を閉じた。
規則正しく聞こえてくる、奴が本のページをめくる音。それから、セミの命を刻む声。
昨日は寝不足だったんだ、とか、そんなことを考えながら耳をすませていた。
*
たぶん夢を見ていた。どんな内容かは覚えていないけど、その夢の途中で妙に軽やかなメロディーが流れたのは確か。
ぱっと目を開けると、なぜか景色が横向きだった。
「あれ? 木が横に生えてる」
「……お前が横になってるんだよ」
道理で、左手が固い地面に当たっていると思った。
上から降ってきた冴島の声で納得して、妙にあったかい枕から頭をはずす。
起き上がって最初に見たのは、元に戻った景色じゃなくて、不自然な形で座っている奴の姿だった。
「何でそんな変な座り方なのよ」
軽く開脚して、左足だけを立てている。そんな体勢で本を読んでいた奴が、ちらりとこっちを見て言った。
「どっかの誰かさんが人の足を枕にして寝てくれたから」
「え?」
そういえば、ちょうど私の頭があったところだ。…………じゃ、なくて。
「な、何で!?」
やってしまった。せっかく噂も収まってたっていうのに。誰かに見られたりしてたら、どうしよう。
「何でって……コンクリートに思い切り頭ぶつけたほうがよかったか?」
それはそれで、困る。痛い目にはあいたくないし。……いや、でも女子のつるし上げに合うほうが、痛い。不覚だ。
「……余計なことしないでくれるかしら、冴島君」
どうせなら起こしてくれたほうが、どんなによかったか。
「感謝されるならわかるけど、その態度はないんじゃないかな杉田さん。……あ」
軽やかなメロディーが流れてきた。夢の中のと同じ。
冴島がポケットから携帯を取り出した。
耳になじむ曲だ。着メロの、いかにも『電子音』なところがあんまり好きじゃないんだけど、これは心地よい。
「……何でそんなにさわやかな曲……」
メールを打ち始めた奴に向かって呟く。
やけに優しい響きのメロディーは、私たちには似合わない。
そんなことを思ったら、何だか笑えた。




