表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青空同盟  作者: 紅和
どれみふぁそのうた
32/53

邪魔された気分転換



 屋上での気分転換が、日課になった。


「あー、暑い!」


 手にしっくりとなじむペットボトルを握り締めて、日陰に座り込む。図書室においてきた勉強道具のことは、ここを出るまでは忘れる。


 グラウンドのほうから聞こえてくる部活の掛け声。それはとても遠くて、ここでは何の意味も持たない。

 例えて言うなら、屋上は海にぽっかりと浮かぶ小さな無人島のようなものだと思う。解放感。ときどき沖を通る船は、こっちには全然気がつかなくて……。


「……何やってんだか」


 さっきまで現代文の評論を読んでいたせいか、変な例が思い浮かぶ。嬉しくも何ともない。


 壁にもたれて、ぼんやりと空を見上げた。今日は夕立があるらしいけど、まだその気配はまったくない。

 ただ青い空に、時々白い雲。それから、眩しすぎるくらいに輝く太陽。これが浜辺か何かならかっこいいんだけど。


「海に行くような余裕はないよなあ……」


 行く相手もいないし、やっぱり勉強が優先だ。

 そろそろ中に戻って問題の続きを解いたほうがいいだろう、ってわかってはいるのに、動きたがらないこの体。


 そのまま、青に映える白い雲を見つめていた。







 屋上の扉が開いた。当然のことながら唐突だったけれど、びっくりはしなかった。だって、私のほかにここへ通うのは、1人しかいないってわかっているから。


「あ、いた」


「何よ、いたら悪いわけ?」


 案の定、それは元生徒会長で、現在もモテモテ男の冴島健史だった。

 理系クラスは補講の予定がみっちり詰まっているらしいし、きっと奴もそれで学校に来ているんだろう。

 冴島は「いつもの場所」に座って、いつものように本を開いた。太陽がもろに当たっているのに、まったく眩しそうなそぶりを見せないで。


「日陰に入ればいいのに」


 見ている私のほうが暑くて、気がついたらそんな言葉をかけていた。その瞬間の、奴のひどく驚いたような顔。


「地球滅亡の前触れか?」


「あんたのと一緒にしないで!」


 言わなきゃよかった。後悔しても遅いんだけど。


 そのまま無言で、冴島が日陰に入ってきた。……少しだけ、気まずい。こういうときだけ、セミの鳴き声まで止むんだから。







「ああ、そうだ」


 しばらくの沈黙の後、奴が思い出したように口を開いた。


「何?」


 ここには奴と私しかいない。ふたを開けかけたペットボトルを元通りにして地面に置いた。


「この前の本、読み終わったか?」


 この前……心当たりはある。1学期に、奴と2人で図書室に行ったときに借りた本のことだ。あの日少しだけ読んだきり、家の勉強机の上に置きっぱなしの。


「ま、まだだけど、もうすぐ読み終わるわよ」


 絶対に読み終わって冴島に「ぎゃふん」って言わせたい。その思いだけは十分すぎるくらいにあるんだけど。


「ふーん……じゃあ、期限決めよう。でないと不公平だろ」


「……必要ないと思うわ」


 期限を設けられたら、公平どころか私が不利になる。ああ、その余裕の笑みを殴りたいのに。


「あ、自信がないのか? そうか」


「あるわよ! あるに決まってるでしょう!」


「じゃあ、夏休みの最終日までな」


……やられた。


 そう思っても、いまさらどうにも言えない。



 とりあえず深く深く息を吐いたけれど、上りきった血は下りてきてくれそうもなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ