邪魔された気分転換
屋上での気分転換が、日課になった。
「あー、暑い!」
手にしっくりとなじむペットボトルを握り締めて、日陰に座り込む。図書室においてきた勉強道具のことは、ここを出るまでは忘れる。
グラウンドのほうから聞こえてくる部活の掛け声。それはとても遠くて、ここでは何の意味も持たない。
例えて言うなら、屋上は海にぽっかりと浮かぶ小さな無人島のようなものだと思う。解放感。ときどき沖を通る船は、こっちには全然気がつかなくて……。
「……何やってんだか」
さっきまで現代文の評論を読んでいたせいか、変な例が思い浮かぶ。嬉しくも何ともない。
壁にもたれて、ぼんやりと空を見上げた。今日は夕立があるらしいけど、まだその気配はまったくない。
ただ青い空に、時々白い雲。それから、眩しすぎるくらいに輝く太陽。これが浜辺か何かならかっこいいんだけど。
「海に行くような余裕はないよなあ……」
行く相手もいないし、やっぱり勉強が優先だ。
そろそろ中に戻って問題の続きを解いたほうがいいだろう、ってわかってはいるのに、動きたがらないこの体。
そのまま、青に映える白い雲を見つめていた。
*
屋上の扉が開いた。当然のことながら唐突だったけれど、びっくりはしなかった。だって、私のほかにここへ通うのは、1人しかいないってわかっているから。
「あ、いた」
「何よ、いたら悪いわけ?」
案の定、それは元生徒会長で、現在もモテモテ男の冴島健史だった。
理系クラスは補講の予定がみっちり詰まっているらしいし、きっと奴もそれで学校に来ているんだろう。
冴島は「いつもの場所」に座って、いつものように本を開いた。太陽がもろに当たっているのに、まったく眩しそうなそぶりを見せないで。
「日陰に入ればいいのに」
見ている私のほうが暑くて、気がついたらそんな言葉をかけていた。その瞬間の、奴のひどく驚いたような顔。
「地球滅亡の前触れか?」
「あんたのと一緒にしないで!」
言わなきゃよかった。後悔しても遅いんだけど。
そのまま無言で、冴島が日陰に入ってきた。……少しだけ、気まずい。こういうときだけ、セミの鳴き声まで止むんだから。
*
「ああ、そうだ」
しばらくの沈黙の後、奴が思い出したように口を開いた。
「何?」
ここには奴と私しかいない。ふたを開けかけたペットボトルを元通りにして地面に置いた。
「この前の本、読み終わったか?」
この前……心当たりはある。1学期に、奴と2人で図書室に行ったときに借りた本のことだ。あの日少しだけ読んだきり、家の勉強机の上に置きっぱなしの。
「ま、まだだけど、もうすぐ読み終わるわよ」
絶対に読み終わって冴島に「ぎゃふん」って言わせたい。その思いだけは十分すぎるくらいにあるんだけど。
「ふーん……じゃあ、期限決めよう。でないと不公平だろ」
「……必要ないと思うわ」
期限を設けられたら、公平どころか私が不利になる。ああ、その余裕の笑みを殴りたいのに。
「あ、自信がないのか? そうか」
「あるわよ! あるに決まってるでしょう!」
「じゃあ、夏休みの最終日までな」
……やられた。
そう思っても、いまさらどうにも言えない。
とりあえず深く深く息を吐いたけれど、上りきった血は下りてきてくれそうもなかった。




