いつもとは違う現実
初めて足を踏み入れた学校の図書室は意外に広く、そして驚くほど静かだった。
静かだっていうのは当たり前なのかもしれないけれど……廊下とのギャップが激しくて、びっくりした。
同じ校舎の中なのに、漂っている空気がまるで違う。どこか異世界に来たみたいなっていうのは少し大げさかもしれない。でも、同じ制服を着た人を見るまでは、本当にそんな感じだった。
きちんと整備された書架の間を、うろうろと歩き回ってみる。
私でも聞いたことがあるような本もあるし、いつから置いてあるのかわからないくらい古いものもあって、結構おもしろい。思っていた以上の値打ちはありそうだ。
「あ……」
時々気になった本を手にとって、パラパラと眺めながら歩いていて奴を見つけた。私と同じように、本の名前を目で追いかけている、冴島健史。
屋上以外ではめったに見かけない奴がこんなところにいるなんて、不思議だ。そう思ったけれど、別にそうでもないなってすぐに思い直した。
いつも読んでいる本は、ここで借りたものだったんだ。それよりも、私がここにいることのほうが不思議なんだから。
棚をひとつ挟んで向こう側にいる冴島は、こっちの存在には気がついていないらしい。うっかりもらしてしまった声は、この静かな空間の中で響いたように思ったけれど、実はそうでもなかったんだろう。
そんなことを考えながら、目ではずっと奴の姿を追いかけていたことに気がついて、別に誰かがそれを見ていたわけでもないのに、あわてて目線を動かした。
そもそもは、教室で過ごすために本でも読んでみようと思ったんだった。
雨が降ったりすることもあって、屋上に毎日逃げられるわけじゃない。
何冊目かの本を手にとって、暇そうに座っている司書さんのところへもって行くことにした。冴島がいつも読んでいるような難しいのじゃなく、簡単なファンタジー小説。
『ここから、僕達は旅に出ることにした』
古くもなく新しくもないその本の帯には、そんなことが書かれていた。
*
いつもは行かない放課後の屋上に行こうと思い立ったのは、図書室から廊下に戻ったときだった。
下足室に行くのをやめて、屋上のほうへ歩き出す。左手には、今借りたばかりの本を入れた、昨日より軽いカバン。
「杉田」
屋上の手前で呼び止められて、立ち止まった。でも、振り返る前に今日はちゃんと考えてみた。
同じ失敗は繰り返したくはない。
「何?」
考えはすばやくまとまって、振り返る。声に聞き覚えがあったからだ。思ったとおり、そこにいたのは奴だった。
「屋上に行くんなら、鍵を閉めといて」
「かぎ?」
「ばれたら立ち入り禁止になるから」
初耳だ。今まで思ってもみなかったこと。
「……あんたがいつも閉めてたの」
「そう」
「わかった。ちゃんと閉めておく」
いいながら、ポケットをスカートの上から押さえてみる。硬くて小さい鍵の感触がした。
「じゃあ」
「うん」
冴島はそのまま帰るんだろう。くるりと向きを変えて、歩き去っていった。
スカート越しに鍵を触っていた手を離して、ふっと息を吐いた。
いつもとは違っていて、なんだか調子がくるった。
いつも接する奴は、あんなんじゃないし、私も、こんなんじゃないのに。
左手にある重みだけが、リアルだった。




