願うのは平穏な日々
屋上に出ると、冴島がいつもと同じように本を読んでいた。
……あの子は、前にウワサがどうとか言っていた、1年生の冴島ファンだ。そこから考えれば、どうしてあの子が屋上から飛び出てきたのかわかる。
つまり、この男にふられたか何かしたんだろう。
「ねえちょっと」
わからないのは、どうして私がうそつき呼ばわりされなきゃいけないのかで。
「なに?」
……それも何となく想像がつく。この意地悪そうな笑みを浮かべた奴を見れば。
「何か用かな、杉田さん」
きっと冴島が、余計なことを言ったに違いない。それしかない。
「あんたねえ、覚えがないとは言わせないわよ!」
「何が?」
「とぼけるな! あの子に余計なこと言ったでしょう! もう、どうしてくれるのよ!!」
せっかく平和を失わないようにがんばってたっていうのに。
「余計なこと? 言ってないけど」
「じゃあ。あの子になんて言ったのよ」
ありえないとは思うけど、自覚がないのかもしれない。
「『ごめん、付き合えないんだ』」
「それだけ?」
そんなわけがない。奴はまだ、むかつく笑みを浮かべたままだ。
「……ああ、そういえば、『杉田先輩と付き合ってるんですか?』って聞かれたなあ」
「何て答えたの」
「『まあ、ありえなくはないよ』」
…………最悪。
「ありえないわよ、バカじゃないの!?」
私の平和をどうしてくれるの。そんな気持ちをいっぱいに込めてにらみつけたけれど、奴はそんなこと気にも留めない。
本を閉じて立ち上がった。
「ありえなくはないかもよ? 杉田葵さん」
「ありえないわよ!」
怒鳴りつける私に気味悪く微笑んでから、冴島は校舎へと戻っていった。
*
一人残された屋上。勢いあまって、お弁当を地面に叩きつけてしまった。
「……どうしてくれるのよー……」
いろんな意味を込めて、呟く。
ため息をつきながら空を見上げると、象の形に見える雲がぽっかりと浮かんでいた。
深呼吸して、少しだけ冷静になって考えてみる。
……あの子は、これを広めるかしら。
女の子というものは侮れない。一見かわいらしい子でも、恋となると話は別。広められたらちょっとどころかかなりまずい。
冴島はたぶん、問い詰められてもさりげなくかわすだろう。ってことは奴から広まるってことはない……よね?
問題はあの女の子と、その友達か。いや、でももうすぐ休みに入るし。ウワサが広まったとしても、あんな目やこんな目に合うのは少しの間だけだ。うん。
考えれば考えるほど、よくわからなくなっていく。それ以上に、別に気にしなくてもいいんじゃないかって思えてくる。
さっき投げつけたお弁当箱を拾い上げて、座って食べ始めた。あと10分もすれば授業が始まってしまう。
「うん、そうよ。きっと大丈夫!」
自分に言い聞かせるように言いながら、ぐちゃぐちゃになったおかずに箸をつける。
早く春休みにならないかなって。そう強く思いながら。
<シリーズ3 ぞうさんのながいはな 完>




