一旦停止のその訳は
ちらりと時計に目をやって、心の中で思いっきり息をはいた。左手に持ったお弁当には、大好きなミートボールが入っている。
「聞いてるのか?」
いすに座ってこっちを見上げている担任は、いかにも生徒思いないい先生という感じだ。
……ただ、今はうざい先生にしか見えないけれど。
「聞いてますよ」
だんだんと暖かくなってきたから、今日は屋上でご飯を食べようと思っていたのに、とんだ誤算。
……ああ、こんなことなら昨日あの紙を捨てずに、適当に書いて出してしまえばよかった。いまさらどうにもならないことを悔やむ。
「後で困るのは自分なんだぞ」
「はあ」
この人は、同じことを繰り返して言うのがすきみたいだ。
「自分の将来のことだろう」
これも、3回目。
確かに進路を決めるのは、自分の将来のため。困るのは私。そんなことはわかってる。
でもだからこそ、妥協はしたくないと思う。本当にやりたいことをやりたい。
「黙ってないで、何か言ったらどうなんだ」
どう言ったら、先生は納得してくれるだろうか。……いっそ言いたいことだけ言って逃げてしまおうか、なんて、そんな考えもよぎる。
昼休みが終わるまで、あと20分。そろそろ食べださないと、授業に間に合わない。しかも次はあの、佐藤の数学だ。前に一度さぼったせいで、目をつけられている。
……これはもう、逃げるしかない。
「先生、私、自分の人生に妥協はしたくないんです。だから、今はまだ決められません。いつかちゃんと決めますから、そんなに心配しないでください」
「いや、だからな……」
「失礼します!」
きびすを返して歩き出す。後ろから、担任の諦め混じりの声が追いかけてくるけれど、それは知らないふり。
そのまま職員室を出ようとして、ふと思い出した。立ち止まって、回れ右して口を開く。
「先生、文句は生徒会長に言ってください」
呆気にとられたような担任に笑顔を向けて、今度こそ廊下にでた。
きっとこれで、大丈夫。
*
少しだけ急いで、屋上への階段を駆け上った。
いつもなら、何のためらいもなく開ける扉の前で、今日は停止。
「あ」
ノブに手をかけようとしたところで、扉が向こう側から開いたから。出てきたのは、この前ちょうどこのあたりで出会ったあの女の子。
目が合って、何となくどっちも立ち止まる。こっちは驚き、あっちは……怒り?
よくわからない雰囲気のなか、黙っていると女の子のほうが何の前触れもなく言った。
「うそつき!」
……え? 言葉を発しようとした私の横をとおりぬけて、女の子が走り去っていく。
一体何なんだろう。
お弁当を左手に持ったまま、私はしばらく突っ立っているしかできなかった。




