冷たい風と右手
「かっこいいよねえ」
隣の席の女の子と、その友達が発した言葉で目が覚めた。
反射的に時計に目をやって、なんとなく損をした気分になる。授業の合間の10分休憩。別にすることがあるわけじゃない。だけど、何故か寝るのはもったいないと思ってしまう。
次の授業は確か日本史で、先生は5分遅れてくるだろう。いつもそうだ。だから、休み時間はあと12分ぐらいはあるはず。
こんなときだけさっと計算できる、数学が苦手な私の頭。
騒がしくて、変な暖かさの教室の空気。埃っぽいのと、人のにおいと、チョークの粉。ずっとここにいたら、きっと病気になってしまう。そんな気になるほどの、変な空気。
席をたって、廊下にあるロッカーまでブラブラと歩いていく。教室とは全然違う澄み切った寒さは、今まで寝ていた頭にも悪い空気を吸い込んでいた肺にも優しい。今だけ。
ゆっくりと歩いて席に着くとしたら、休み時間はあとどれくらいになるだろう。
またくだらないことを考える。……そうして、私はポケットに入れっぱなしのあの紙のことを忘れていたいんだ。
*
屋上は今日も寒い。
「……で? 譲ってくれるやさしさはないの?」
「ない」
昨日の仕返しのつもりだろうか。今日は私よりも奴のほうが先にきていて、そして日なたは奴の下にある。
「女の子は体を冷やしちゃいけないんだから」
「それなら中に戻れば?」
私が屋上に来るのは、ここだと気を使わないですむから。教室の中は確かに暖かいけれど、私にとってはただの窮屈な場所。そんなところにいるよりも、ここにいるほうが何倍もいい。……たとえ、冴島がいるとしても。
「ここで静かに考え事をするの!」
で、憩いの場所である屋上でも、今の季節は日なたが特等席。奴に譲るのは、癪だ。
「ふーん……俺も考え事してる」
ああ言えばこう言う。こう言えばああ言う。
「私は人生にかかわる考え事なんだから」
言いながら、ポケットの中のぐしゃぐしゃの紙を握り締めた。だって、出していないのは私だけで、期限は来週までで。忘れていたくても、考えないといつまでたっても決まらない。そう思ってここに来たのに。
「それならなおさら、こんな寒いところでやるもんじゃねえよ」
手で追い払われる。
「……でも、ここで考えるほうがはかどるのよ」
冴島が立ち上がるのだけ、わかった。
「人生なんて、考えて決まるもんじゃないと思うけどなあ……というわけで、はい、さようなら」
奴はあっさりと日なたを離れ、そのまま校舎の中へ戻っていった。
……結局こだわっていたのは、私だけってこと?
「何かものすごく、バカみたい」
ポケットの中に入れていた右手を、寒風にさらしてみる。
あっという間に、手は冷たくなった。




