にぎりしめたカギ
冷たくなった風が気持ちいい。後夜祭で木本さんの頬をひっぱたいてやったときの感覚にそっくりだ。
『いいかげんにしなさいよね!』
学校であんなに声を荒げたのは初めてだったと思う。せいせいした。
『何なのよ!』
向こうも黙らずにやり返してきて喧嘩になったところで、生徒会長が止めに入ってきた。まじめな顔をしていたけど、あいつは絶対楽しんでいた。
『おー怖い怖い』
先生に説教されているとき、横に立った奴はそう呟いていたんだから。
でもまさか、あんなになるとは思わなかった。笑ってしまう。今まで知らなかった自分の一面みたいなものを発見したみたいだった。
「……一人でにやけてると怪しい人」
日なたの関係ですこしはなれて隣に座っている冴島が、本を閉じてそう言った。
「うるさいわね。水差さないでよ」
せっかく晴れ晴れとした気持ちを思い出していたのに。嫌な男。
……文化祭で忙しかったくせに、模試ではさらりといい成績だったらしい冴島は、今はもうそんなに忙しいこともないらしくて前のようによくここに来る。
「むかつく奴」
意味もなく呟いた。不公平だ、まったく。
食べ終わったお弁当を片付けながら、冴島が持っている本の表紙を盗み見た。
『蒼穹の昴』なんていうよくわからない名前の本。いつかの予想は当たったみたい。難しそう。
*
『生徒会冴島、今すぐ職員室まで』
響いてきた放送。
「文化祭は終わったのに……なんだ今頃」
ぶつぶつ言いながら、隣に座っていた冴島が立ち上がった。
「あー広くなった」
奴が退いてくれたおかげで、日なたが広くなった。足をのばす。
「太いからそれだけで足りないのか……」
「そんなんじゃないわよ!」
……むかつく。
「あ、そうだ」
屋上の扉を開いた冴島が、振りかえった。
「おもしろいもの見せてくれたお礼」
そう言って、何かを投げる。
キラキラと光って飛んできたものを、反射的に受け取った。
鍵? ……お礼?
「いやあ、女の喧嘩はおもしろかった。それ、ここの鍵な」
意味がつかめなくて黙った私に、奴は笑いかけた。それから扉が閉まる。
もう一度手の中を見る。銀色の小さな鍵が光っていた。
これからは自由に入れるってこと?
それにしても「お礼」だなんて、どこまでも嫌味な奴だ。
さっきまでのむかつきとは違う気持ち。漏れてくる笑いを抑えながら、空を見た。
11月の空は薄くて、高い。
握り締めた鍵は、ほんのりと温かかった。
<シリーズ2 おりがみのふうせん 完>
*『蒼穹の昴[そうきゅうのすばる]』・・・浅田次郎著。ハードカバーで全2巻。中国の清を舞台にした小説です。




