01
今日は朝からひっきりなしに引っ越し業者が出たり入ったりしている。大きな段ボールを二ついっぺんに運んでいる彼はどうやら新人の様だ。今日来た三人の業者の中でも一番張り切っている。他の二人は要領よくタンスやら机やらを息を合わせて外に運び出していて、それを眺めながら僕は次々と段ボールの外側に、中に何が入っているかをマジックペンで書いた。
作業が一段落したのはお昼頃だった。僕は近くの自動販売機でコーヒーを四本買ってみんなに振る舞った。別に飲みたくはなかったが、僕が買わないと三人も飲みにくいかもしれないと思ったのだ。コーヒーを飲み終えると、いよいよ荷物の移動である。このアパートともお別れだ。新人の彼は待機させていたタクシーの運転手に
「このトラックに付いて来て下さい。」
と、タクシーの前のトラックを指して告げ、荷物を積んだトラックの運転席に乗り込んだ。残りの二人もその隣に座り、彼らはそのまま引っ越し先のアパートに出発した。僕もタクシーですぐあとを追いかけた。
異変に気付いたのは、僕にとっては当然のことだった。僕はこの辺りの地理には詳しいし引っ越し先のアパートもわりと近いので、この道を使っていては遠回りであるとすぐにわかった。それでも僕はその時、あまり気には止めなかった。あの新人があまり道に詳しくはないのだろう、その程度の認識だった。
新しいアパートは二階建てのこじんまりとしたもので、僕の部屋は二階の一番端だ。部屋に入るとまず右手に流し台があり、その奥にはトイレと風呂場へのドアが並んでいる。キッチンと言うべきスペースを進むと隣には七畳の和室だ。このアパートは風呂場がある分、前のアパートよりもはるかに快適になるだろう。そもそも今回の引っ越しの動機は、風呂なしアパートにいい加減嫌気がしたからなのだ。
荷物の搬入が終わると作業員は足早にトラックに乗り込んで行ってしまった。立ち去る前に息の合った二人は少し無愛想に挨拶をし、新人の彼は僕に近づいて少しだけ微笑んで言った。
「あのルートはコーヒーのお礼です。」
その顔を見ながら僕は彼の顔が誰かに似ているなと、ぼんやりと考えていた。
昼の遠回りが意味を持ったのは夜のニュースを見ている時だった。僕は段ボールの山の中で、今日の作業の疲労を背負いながら缶ビールを開け、TVを見ていた。今日運びこんできたばかりのTVの画面は、まず色気のない女性キャスターを映し、次に見覚えのある交差点を映した。ニュースの内容を要約すると、つまりこういうことだ。信号が赤になり停止した自動車に右後方から暴走したトラックが衝突。その勢いで周りの二台を巻き込み計四台が玉突き事故のような形になった。トラックの運転手と衝突された自動車の後部座席に座っていた男性が死亡、その他重傷者二名を出した。
こんな事故が起きていた。本来ならば通っていたであろうあの交差点で。遠回りしていたから助かったのだ。いや、そんなことはない。仮にあの交差点を通ったとしても事故に巻き込まれたかどうかはわからないではないか。何事も無く通過していた可能性のほうが高い。まあどちらにしてもこうして無事であることに変わりはない。面倒なことに巻き込まれなかっただけ少しは運があるのかもしれない、そう考えを締めくくって僕はまたビールを飲んだ。口の中で弾ける炭酸を感じながら僕は、あの新人の別れの言葉を思い出していた。そうして僕は鏡に映った自分の顔を見て、あぁあいつはこの顔に似ているのだと思った。