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「アリアナ様、そんなに落ち込まないで! 殿下との仲がぎくしゃくしているなら、情熱的な恋文を書くべきだわ!」
マノンはいつもの無邪気な笑顔で、アリアナの机に真っ白な便箋を置いた。
「手紙……? でも、今の殿下に受け取ってもらえるかしら」
「大丈夫ですって! 私が代わりに殿下に届けてあげますから。ほら、ここに宛名を書いて?」
マノンが指し示したのは、便箋の最上段。
しかしそこには、肉眼では判別不能なほど薄いシールが貼られていた。
アリアナは縋るような思いで、愛しい婚約者の名を「宛名欄」に書き込んだ。
そして、ひたすらに溢れる想いを綴っていった。
『貴方にお会いできない時間は、私にとって死も同然です。私の心も体も、すべて貴方だけのものです……』
それは、仲睦まじかった頃の関係を取り戻したい一心で書かれた、愛の告白だった。
「……書けたわ。お願いね、マノン」
「はいっ! 親友の私にお任せください!」
部屋を出た瞬間、マノンの顔から笑みが消える。
彼女は手慣れた手つきで、アリアナが書いた「ブリオッシュ殿下へ」という宛名シールを剥ぎ取る。
下からは、まっさらな紙面が現れた。
マノンはそこに、アリアナの筆跡を完璧に模倣して、ある男の名を書き込んだ。
――『衛兵隊ジャン・ルノワール殿』
それは、かつてアリアナが馬車から降りる際に手を借りただけの、平民の衛兵の名だった。
◇
放課後。
ブリオッシュは高揚した面持ちで、独り生徒会室へと向かっていた。
ポケットの木箱には、今朝届いたばかりの特注のバングルが収まっている。
彼女の身に何かあった時すぐに駆けつけられるようにと、彼女から贈られた品を元に、対となるよう仕立てさせた安否確認の魔道具。
(次の舞踏会で、この輝きをアリアナに贈ろう。そうすれば、二人の間のわだかまりなど歓喜とともに消し飛ぶはずだ)
彼女の喜ぶ顔を思い描きながら、彼は生徒会室の扉を開けた。
目に飛び込んできたのは、冷たい石床に横たわる一通の手紙。
その気品に満ちた筆跡に、彼は心臓を掴まれるような感覚を覚えた。
「これは……アリアナの字か?」
嫌な予感に指を震わせながら、その手紙を拾い上げ、中身を開く。
『貴方にお会いできない時間は、私にとって死も同然です』
ブリオッシュの顔から血の気が引いた。
宛名には、知らない男の名。
「……僕との約束を『体調が悪い』と断っておきながら、裏では他の男に愛を囁いていたというのか!?」
ブリオッシュの肩から、ふっと力が抜けた。
「はは……馬鹿げているな……。安否を祈る道具を、裏切りを隠している女のために作らせていたとは……。私の想いはすべて、滑稽なピエロの独り相撲だったわけか……」
◇
一方、その日の夕方。
アリアナは自室で、返らぬ返事を待ちわびていた。
(きっと今頃、殿下は私のお手紙を読んでくださっているわ。そうすれば、あの嫌な噂も全部嘘だってわかってくださるはず……)
自分が書き連ねた愛の言葉が、まさか自らの破滅を招く最後の一押しになろうとは夢にも思わずに……。




