5話 ぼくのかんがえたさいきょうののうりょく
100階ダンジョンの最深部。
巨大なドラゴンの亡骸が、静かに崩れ落ちていた。
鱗は砕け、血は乾き、炎はすでに消えている。
戦闘の余韻だけが空間に残っていた。
その中心に立つのは、ひとりの冒険者。
息一つ乱れていない。
「……終わりか」
軽く剣を振る。血が弾け、床に散る。
そして視線は、奥にある宝箱へと向いた。
重厚な装飾。金の縁取り。
いかにも“最後の報酬”といった風格。
一歩、踏み出す。
その時だった。
ギィ、と音がした。
ダンジョンの入口。
あり得ない方向から、もうひとりの影が現れる。
冒険者A「……誰だお前は」
冒険者B「お前は裏ボスか?」
冒険者A「裏ボス?お前こそここの裏ボスだろ」
冒険者B「俺は魔物を殲滅するもの。邪魔をするならお前も消す」
冒険者Aは目を細めた。
「おかしいと思っていた」
ゆっくりと振り返る。
「ここに来るまで、強力な魔物だけ消えていた。まるで最初からいなかったかのように」
間。
「お前が原因だな?」
沈黙。
そして。
戦いは、静かに始まった。
冒険者B「……俺の力が通用しない?」
冒険者A「お前の力…因果律の書き換え」
冒険者Aは一歩、踏み込む。
「俺は世界の理を書き換える。少し先の未来が見える」
視線が交差する。
「お前はどこまで見えている?」
冒険者B(不可知の虚無……!)
(自分が存在し続けるためには、世界を“確定”させてしまう相手の存在が邪魔だ)
(相手が理に触れた瞬間、自分の“虚無”が消滅させられる……!)
冒険者A(観測されるまで状態が確定しないのが虚無なら)
(無理やり“定義する”ことで実体化させる!)
(この能力で視界に入ったものは、幽霊でも概念でも“物質”として固定される)
(相手を“ただの人間”という枠に閉じ込め、虚無化する権限を奪う!)
ダンジョンの空間が歪む。
壁が消え、次の瞬間に戻る。
ドラゴンの死体が“あったこと”と“なかったこと”を往復する。
宝箱は開いているのに閉まっている。
静かだ。
だが確実に、世界が壊れている。
「ボクのかんがえたさいきょーのちからは何を言ってんだかさっぱりわからんな…。」
「何呑気なこと言ってんですか!部長!」
監視部、ダンジョン担当。
現場は完全にパニックだった。
「ログが安定しません!」
「どっちの結果も成立してる!」
「観測が追いついてない!」
画面には同時に複数の“結果”が映っている。
勝っている。負けている。存在している。消えている。
すべてが同時に成立していた。
「……どういうことですか?!」
部長が言う。
「えーと……ジャンケンでチョキを出したら勝ちと先に決める。いや俺はパーを出したら勝つ。ならチョキが勝つ運命だったと定義する。なら俺はそのルールを書き換える……みたいな戦いかな」
沈黙。
「よくわからんがまずい」
「はい、まずいです」
「……本社にエスカレーションだ」
その一言で、空気が凍る。
それは現場の敗北を意味する。
数秒後。
天井に、黒い亀裂が走った。
音はない。
ただ空間が“許可された”ように裂ける。
冒険者A「……なんだ?」
冒険者B「干渉か?」
次の瞬間。
二人の姿は消えた。
転送先。
そこは空だった。
いや、空“しかなかった”。
地面はあるが、色がない。
空はあるが、奥行きがない。
風は吹いているが、何も揺れない。
冒険者A「……ここは?」
冒険者B「世界の外か?」
返答はない。
ただ。
遠くで、同じ戦いが繰り返されている。
別の“何か”同士が、同じように理を押し付け合っている。
終わらない。
決着もない。
ここは隔離領域。
ディストピア担当区域。
チート能力者専用の処理場。
一方その頃、本社。
巨大な会議室。
「ワールド10-B54でチート能力者同士の衝突を確認」
「原因究明と再発防止策を速やかに提示せよ」
指示は全世界に一斉送信された。
シナリオ外の崩壊は、始末書案件である。
沈黙。
企画部が視線を逸らす。
配置部が資料をめくる。
「なぜ同時に存在した」
「人気オプションのためです」
誰も驚かない。
ログが表示される。
冒険者A:努力無双ほのぼの型
冒険者B:初期無双探索型
どちらも恋愛オプション無し。
パーティ無し。
容姿普通。
シナリオは完璧だった。
Aは城下町と魔界を行き来し、成長を“感じる”設計。
Bはダンジョンと強敵で満足度を稼ぐ設計。
配置も問題ない。
能力も希望通り。
「では何故衝突した」
監視部が固まる。
「……行動逸脱です」
Aがダンジョンに潜った。
本来なら止めるべきだった。
しかし。
「見逃しました」
「なぜだ」
沈黙。
「……見間違いです」
空気が変わる。
「AとBの服装が酷似していました」
誰も何も言わない。
「デザイン部」
静かに呼ばれる。
服飾担当が立ち上がる。
「……はい」
「始末書を提出しろ」
「はい」
その日。
新たなガイドラインが追加された。
“顧客識別性向上のため、外見の差別化を徹底すること”
――これが異世界人だけ髪の色が派手な理由である。




