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飽和した世界  作者: Toyo
2/2

2話 勇者制度概論

「それじゃあ自己紹介をどうぞ。」

教壇の前に立った少年は、どこか誇らしげに胸を張った。

「俺は地球から来ました。トラックに轢かれて死んで、女神様に会って転生しました!」

教室は静まり返った。

そして数秒後。

「……またそれか。」

誰かがため息をついた。

「テンプレだな。」

「元20代から30代のサラリーマン」

「元童貞・ニート・社畜…なんで記憶残ってんだし」

「今週三人目だぞ。」

「女神転生系は先週もいた。」

教壇の少年は目をぱちぱちさせた。

反応が、思っていたのと違う。

もっとこう――

驚きとか、尊敬とか、そういうものを期待していたのだろう。

「え、いや……俺、異世界人なんだけど?」

「知ってる。」

クラスの一人が気だるそうに答える。

ここは王立総合学園。

そしてこの教室は――

異世界人クラス。

異世界転移が珍しくなくなったこの世界では、

異世界から来た者たちをまとめて教育する制度がある。

いわば留学生クラスだ。

「まあ座れよ。」

後ろの席の女子が椅子を指した。

「トラック、女神、転生。はいはいテンプレテンプレ。」

「いや、でも俺の世界ってすごくてさ!」

少年は慌てて話を続けた。

「科学っていう技術があって、魔法なんかなくても文明が発達してるんだ!」

「……あー。」

「出た。」

「文明持ち込みタイプ。」

クラスの空気が少しだけ面白そうになる。

こういう転移者は、一定数いる。

自分の世界の技術を広めて、

この世界を変えようとするタイプ。

「例えば電気!」

少年は勢いよく言った。

「雷を利用してエネルギーにするんだ。灯りもつくし、機械も動く!」

教室の後ろで誰かが手を挙げた。

「それ、雷属性魔法の応用で三百年前に実用化されてる。」

「……え?」

「特許は王立魔術院。」

別の生徒が補足する。

「正式名称は《雷力供給魔法式》。家庭用はもう普及してるぞ。」

少年は口を開けたまま固まった。

「じゃ、じゃあ蒸気機関は!?」

「火属性魔法。」

「特許済み。」

「蒸気機関より効率いい。」

「えっ……」

「じゃあ通信!電話とか!」

「念話魔法。」

「長距離版は王国通信ギルドの特許。」

「……」

少年の声は、だんだん小さくなっていった。

クラスの誰かがぽつりと言う。

「科学持ち込み系、だいたいここで詰むんだよな。」

「文明優越感が折れる瞬間。」

「今週二人目。」

少年は椅子に座った。

さっきまで輝いていた自信は、どこかへ消えている。


あらゆるアイデア、技術はかつて大樹が魔法特許という仕組みを立てて既に知り尽くされている。

文明開化や化学、現世の文化転用や応用で活躍すればするほどインセンティブが入る仕組みが出来上がっている。


魔法は生活の基盤、インフラと化している。

火は灯りに、水は流通に、風は輸送に使われる。

誰もそれを“戦いのための力”だとは思わない。

――異世界人を除いて。

この学校で攻撃魔法を教わっているのは異世界人くらいである。

古びた訓練所でドンパチしているのも、決まって彼らだ。

鍛え、競い、倒す。

強くなり、認められ、称賛される。

最近は流行もあるらしい。

最弱からの成り上がり。

スライムからの逆転。

カースト最底辺からの下剋上。

設定は違えど、結末はよく似ている。

――勝つ。

――認められる。

――気持ちよく終わる。

その過程を、彼らは“努力”と呼ぶ。


隣の席の女子が、優しく言った。

「まあ気にすんな。」

「最初はみんなそうだから。」

「……みんな?」

少年が顔を上げる。

教室には三十人ほどの生徒がいた。

誰もがどこか似た空気を持っている。

元勇者。

元魔王。

元革命家。

元世界征服者。

ここはそういう場所だ。

「異世界ってさ。」

女子は窓の外を見ながら言った。

「思ったより普通なんだよ。」

そのとき、教室の後ろで誰かが言った。

「そういや魔王、またやられたらしいな。」

「やられちゃったかぁ」

「魔王倒した勇者、元の世界帰っちゃったって。」

誰かがぼそっと言う。

「この世界、勇者は多いけど魔王足りないよな。」

教室に小さな笑いが広がった。

転校生だけが、まだ状況を理解できていなかった。

さっきから聞こえてくる単語が理解できない。

元勇者。

元魔王。

世界征服者。

冗談なのか、本当なのかも分からない。

「……あのさ。」

転校生がおそるおそる聞いた。

「ここって、みんな異世界人なの?」

「半分くらい。」

窓際の男子が答えた。

「残りはこっちの世界の人。」

「異世界人の扱い方を学ぶための授業。」

「あと監視。」

教師が黒板を叩いた。

「監視ではない。教育だ。」

「はいはい。」

誰かが小さく笑う。

転校生は周りを見回した。

どの顔も落ち着いている。

異世界に来たばかりの人間の顔ではない。

長くこの世界にいる顔だ。

「なあ。」

後ろの席の男子が話しかけてきた。

「お前、勇者?」

「え?」

「チート能力とか。」

「ステータス画面とか。」

転校生は少し自信を取り戻した。

「ある!」

「《鑑定》スキル!」

教室の数人が微妙な顔をした。

「……また鑑定か。」

「鑑定率高いな最近。」

「便利だからな。」

男子が聞く。

「レベル表示とか見える?」

「見える!」

「ステータスは?」

「ある!」

「……」

教室のあちこちで肩がすくめられた。

「それ、こっちでも開発されたぞ。」

「え?」

「魔力測定魔導具。」

「鑑定魔法の応用。」

転校生はまた黙った。

「ちなみに特許は?」

誰かが聞く。

「王立魔術院。」

即答だった。

教室に小さな笑いが広がる。

転校生は机に手をついた。

「じゃあ……」

「じゃあさ……」

言葉が出てこない。

自分が持っていると思っていた切り札が、

次々と普通の技術に変わっていく。

その様子を見て、隣の女子が言った。

「気にするなって。」

「文明持ち込み型はみんな通る道。」

「……」

「だいたい三日くらいで落ち着く。」

そのとき廊下が少し騒がしくなった。

誰かが窓から外を見た。

「お、来た。」

「誰?」

「転移門の点検隊。」

転校生が窓の方を見る。

校庭の端に大きな石の門があった。

円形の魔法陣が刻まれた古い門。

そこに役人らしき人たちが集まっている。

「何あれ?」

転校生が聞く。

窓際の男子が答える。

「転移門。」

「異世界人の入口。」

「最近ちょっと混んでる。」

「……混んでる?」

「転移者増えてるんだよ。」

誰かが言う。

「ここ三年で倍。」

「勇者志望多すぎ。」

「最近の異世界ツアー盛り上がってる。」

教室の後ろで笑いが起きた。

「魔王倒して帰る観光客。」

「勇者インターン。」

「異世界短期留学。」

転校生は窓の外を見ていた。

校庭の門が光った。

魔法陣が輝く。

次の瞬間、光の中から人影が現れた。

新しい転移者だ。

クラスの誰かが言った。

「ほらまた。」

「今日二人目。」

別の生徒がため息をつく。

「この世界、そろそろ満員じゃない?」

教師が黒板を消しながら言った。

「それは心配しなくていい。」

「この世界は広い。」

少し間を置いて、教師は続けた。

「問題は別にある。」

「……?」

教室の数人が顔を上げた。

教師は静かに言った。

「勇者は増え続けている。」

「だが――」

チョークが止まる。

黒板に一つの言葉が書かれた。

魔王

教師は振り返る。

「魔王が不足している。」

教室に、妙な沈黙が落ちた。

別の生徒が続ける。

「勇者に倒されるし。労災降りるけど。」

誰かが笑った。

「求人出せばいいのに。」

教室の空気が少しだけざわつく。

そのとき、転校生が小さく言った。

「……魔王って、求人なの?」

誰も答えなかった。

黒板には大きく書かれている。

勇者過剰問題

教師はチョークを置いた。

「さて。」

教室を見回す。

「君たちの世界ではどうだった?」

数人が手を挙げた。

「勇者は一人だった。」

「魔王も一人。」

「世界の命運を賭けた戦い。」

教師は頷く。

「典型的だ。」

転校生も頷いた。

それが当たり前だと思っている。

教師は続ける。

「しかしこの世界では違う。」

黒板に別の言葉を書く。

勇者体験

転校生が眉をひそめた。

「……体験?」

後ろの席の男子が補足する。

「観光。」

「レジャー。」

「イベント。」

教室の何人かが笑う。

転校生は混乱している。

「いや、魔王って世界を滅ぼす存在じゃ……」

「昔はな。」

窓際の男子が言った。

教師も頷く。

「千年前までは。」

黒板に新しい名前が書かれる。

大樹

教室の空気が少し変わった。

誰もが知っている名前だ。

教師が続ける。

「千年前。」

「一人の異世界人が現れた。」

「彼の名前が――」

チョークで名前をなぞる。

大樹

転校生が呟いた。

「異世界人……?」

教師は頷く。

「彼は言った。」

教師は少し声色を変える。

「“勇者が多すぎる”」

クラスの何人かが笑う。

「当時は本当に問題だった。」

教師は続ける。

「異世界から勇者が来る。」

「魔王を倒す。」

「しかしまた勇者が来る。」

「魔王がいない。」

黒板に矢印を書く。

勇者 → 魔王討伐 → 平和 → 勇者来る

転校生が言う。

「じゃあどうしたんですか?」

教師は言った。

「作った。」

「……え?」

「魔王を。」

教室は静かだ。

教師は続ける。

「魔王。」

「魔族。」

「ダンジョン。」

「魔物。」

チョークが黒板に並んでいく。

「全部。」

少し間を置く。

「大樹のアイデアだ。」

転校生が固まった。

「え……?」

窓際の男子が言う。

「テーマパーク。」

女子が続ける。

「勇者体験ツアー。」

別の生徒が言う。

「ダンジョン攻略コース。」

誰かが笑う。

「魔王城最終決戦プラン。」

転校生が立ち上がる。

「いやいやいや!」

「魔王って本物じゃないの!?」

教師は首を傾げた。

「本物だ。」

「ただし。」

黒板に書く。

職業

転校生は言葉を失う。

教師は説明を続ける。

「魔族は雇用されている。」

「ダンジョンは設計されている。」

「魔物は管理されている。」

「勇者は参加者だ。」

後ろの席の男子が笑う。

「RPG体験。」

転校生は机を掴んだ。

「でも命がけなんじゃ!」

「もちろん。」

窓際の女子が言う。

「リアル体験だから。」

「危険度ランクあるけど。」

教師は頷く。

「安全基準はある。」

少し間が空く。

教師が続ける。

「リアリティのためだ。」

教室は静かだった。

転校生はまだ混乱している。

「でも……なんでそんなことを?」

教師は黒板を指す。

特許

転校生が目を瞬かせる。

教師は言う。

「大樹はすべての仕組みを考案した。」

「勇者体験制度。」

「ダンジョン設計。」

「魔族雇用契約。」

「魔王職務。」

黒板は文字で埋まっている。

教師は言った。

「そして――」

チョークで丸をつける。

特許登録

転校生が叫ぶ。

「特許!?」

「そうだ。」

教師は当然のように答えた。

「すべて特許だ。」

「千年前に登録された。」

後ろの席の男子が言う。

「しかも全部通った。」

女子が笑う。

「当時は誰も思いつかなかったから。」

教師が続ける。

「だが重要なのはそこではない。」

黒板に新しい言葉を書く。

非独占

転校生が呟く。

「……非独占?」

教師は頷く。

「大樹は特許を独占しなかった。」

「使用を自由にした。」

「人間にも。」

「魔族にも。」

教室の何人かが頷く。

窓際の男子が言う。

「だから魔族も働ける。」

女子が言う。

「ダンジョン運営もできる。」

転校生は頭を抱えた。

「意味わかんない……」

そのとき。

廊下がまた騒がしくなる。

誰かが窓を見る。

「また転移門。」

校庭の門が光っている。

新しい転移者が現れた。

転校生が言う。

「……また?」

「うん。」

隣の女子が言う。

「多い。」

「最近特に。」

転校生は呟いた。

「勇者になりたい人?」

女子は肩をすくめた。

「たぶん。」

「でも。」

窓際の男子が言う。

「最近は違うタイプも多い。」

「え?」

男子は笑った。

「文明持ち込み系。」

「科学革命系。」

「世界を変える系。」

教室の何人かが笑う。

転校生は思い出した。

さっき自分が言った言葉。

科学。

文明。

発展。

彼はゆっくり聞いた。

「……この世界ってさ。」

「もう全部あるの?」

窓際の男子は答えた。

「だいたい。」

女子が付け加える。

「だいたい大樹の特許。」

転校生は黒板を見た。

そこに書かれている名前。

大樹

転校生が呟く。

「その人って……今どこにいるの?」

教室が静かになる。

誰も答えない。

教師が言った。

「帰った。」

「元の世界に。」

転校生は言った。

「……え?」

教師は黒板を消した。

白い粉が舞う。

そして新しい言葉を書く。

大樹いなくなったあと

教師は振り返った。

「それが――」

少し間を置く。

「この世界の今だ。」

教室の窓の外で、

また転移門が光った。


 チャイムが鳴る。

 教師が黒板にチョークを走らせた。

 大きく書かれた文字。

 勇者制度概論

「さっき軽く触れた件を詳しくやる。」 

 教師はチョークを置き、教壇に腰を預けた。

「まず表の話からいくぞ。勇者とは何か」

 指を一本立てる。

「異世界から召喚される」

 もう一本。

「魔王を討伐する」

 さらに一本。

「世界を救う」

 そして。

「英雄として元の世界に帰還する」


「で、それを“どうやって実現してるか”が今日の本題だ」

 黒板の端に、新しく文字が並ぶ。

 国家予算

 ギルド運営

 保険制度

 魔族契約

「順番にいくぞ」

 教師の声は淡々としている。

「まず、勇者は金を払わない」

「当たり前でしょ!」

「うん、当たり前だ。だから国家が払う」

「……は?」

「勇者討伐プロジェクトは国家事業だ。安全維持、観光資源、異世界人管理。この三つが主な目的」

 教室の何人かがノートを取り始める。

「次。ギルド」

 教師は黒板を軽く叩いた。

「勇者の受付、パーティ編成、ダンジョン割り当て、スケジュール管理。全部ここがやる」

「……スケジュール?」

「そりゃそうだろ。人気ダンジョンは予約埋まるぞ」

 クラスの誰かが笑った。

「先月とか三週間待ちだったし」

「え、いや、ちょっと待ってくださいよ!?魔王討伐ですよね!?」

「そうだよ」

「予約って何ですか!?」

「混むんだよ」

 教師はあっさり言った。

「はい次、保険制度」

 黒板に丸をつける。

「魔族は強いが死なないわけじゃない。だから保険に入る」

「死亡時の補償、負傷時の治療、ダンジョン損害の補填。全部ここで処理する」

 チョークの音だけが響く。

「最後、魔族契約」

 その言葉で、空気が少し変わった。

 教師はゆっくりと振り返る。

 数人が顔を上げる。

「魔族、魔獣は本来、人を襲いたい存在だ」

 息を呑む。

「しかしこの世界の住人は争いを好まない」

 静かな声が続く。

「だから千年前、ある異世界人が魔王と交渉した」

 黒板に名前が書かれる。

 大樹

「そいつは言った。“これから強い異世界人が来る。そいつらはなぜか戦いたがる。だから相手をしてやってくれ”と」

 少年の目が揺れる。

「……そんな理由で?」

「そんな理由でだ」

 教師は続ける。

「その代わり、報酬と保険を用意した。死亡時の補償、復活処理、ダメージ制御。全部な」

「復活……?」

「完全じゃないがな。まあ授業範囲外だ」

 さらりと流される。

「つまりだ」

 教師は黒板を軽く叩いた。

「魔王は“業務として”勇者と戦う」

「仕事だな」

 誰かがぼそっと言った。

「人気魔王とかいるし」

「レビューもあるしな」

「当たり外れ激しいよなー」

 ざわざわと小さな会話が広がる。

「勇者レビューサイト。☆評価」

 隣の生徒が当たり前のように言った。

「☆1とかつくと普通に落ち込むらしいぞ、魔王」

「……は?」

「あと違法ダンジョンとかもあるから気をつけろよ。無許可勇者とか巻き込まれると面倒だし」

「魔族労働組合がストライキ起こしたこともあったな」

「去年な」

 教師が手を叩いた。

「はい、そこまで。余談はテストに出ない」

 黒板の端に、小さく文字が書き足される。

 特許:大樹(非独占)

「ダンジョン構造、勇者制度、報酬分配。全部こいつの設計だ」

「……独占じゃないんですか?」

「非独占だ。だから世界中で使われてる」

 チャイムが鳴る。

「はい、終わり。次回小テスト」

 椅子が引かれる音が広がる中で、少年は動けなかった。

 握った拳が、少しだけ震えていた。

 それが恐怖なのか、怒りなのか、自分でも分からなかった。

 ただ一つだけ。

 この世界が、自分の知っている“勇者の物語”とは違うことだけは、はっきりと分かった。

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