1話 勇者
世界が変わったのは、突然だった。
光に包まれたと思った次の瞬間、俺は見知らぬ森の中に立っていた。
「……は?」
足元は土。空気はやけに澄んでいる。遠くで鳥の鳴き声がする。
ポケットからスマホを取り出そうとして、そこでようやく気づく。
ない。
服も違う。見覚えのない装備。
剣。
腰には鞘に収まった剣があった。
「おいおい……」
頭の中で状況を整理しようとする。
直前の記憶。
夜。帰り道。信号。ヘッドライト。
トラック。
「……マジかよ」
俺は小さく笑った。
「これって、あれだろ」
声に出してみる。
「異世界転移ってやつじゃね?」
そのときだった。
背後から声がした。
「目覚めましたか、勇者様」
振り返ると、そこには白いローブをまとった少女が立っていた。
長い銀髪。穏やかな表情。
「……勇者?」
「はい」
少女は微笑んだ。
「あなたはこの世界を救うために選ばれた存在です」
俺は思わず拳を握る。
「やっぱりな……!」
少女は続ける。
「この世界は今、魔王の脅威にさらされています」
「魔王……」
「はい。強大な力を持ち、多くの魔物を従え、人々を苦しめています」
俺は剣を抜いた。
重さが手に馴染む。
「で、そいつを倒せばいいんだろ?」
少女は静かに頷いた。
「はい、勇者様」
そのときだった。
頭の中に声が響いた。
――ステータスを確認しますか?
「……は?」
視界の端に光が走る。
文字が浮かび上がる。
名前:???
職業:勇者
レベル:1
スキル:鑑定、成長補正、言語理解
「マジで……」
思わず笑みがこぼれる。
「完璧すぎるだろ」
少女が言った。
「では、まずは街へ向かいましょう」
街は活気に満ちていた。
石畳の道。木と石でできた建物。露店。人々の喧騒。
俺は辺りを見回す。
「すげぇ……」
完全にファンタジーだ。
その中で、俺は“特別な存在”として立っている。
「勇者様、こちらです」
案内されたのは大きな建物だった。
中に入ると、鎧を着た男やローブ姿の人間が集まっている。
「ここは冒険者ギルドです」
少女が説明する。
「あなたの仲間となる者たちがいます」
その中の三人がこちらに近づいてきた。
剣士の男。無口そうだ。
弓使いの女。鋭い目をしている。
そしてもう一人。
白いローブの女性。
「僧侶です。回復を担当します」
彼女は軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします、勇者様」
俺は頷いた。
「よろしく」
こうしてパーティが揃った。
旅は過酷だった。
森では魔物に襲われ、山では足を滑らせかけ、洞窟では暗闇に包まれた。
だがそのたびに仲間が助けてくれる。
剣士が前に立ち、弓使いが援護し、僧侶が回復する。
俺は前に出る。
戦う。
斬る。
最初は震えていた手も、いつの間にか迷いがなくなっていた。
「勇者様!」
僧侶の声が飛ぶ。
光が体を包む。
傷が消えていく。
「助かった……!」
戦いは続く。
強敵も現れた。
巨大な魔物。
群れ。
ボス。
だがそのたびに俺たちは乗り越えてきた。
そして――
ついに辿り着いた。
魔王城。
黒い城が空を裂くようにそびえ立っている。
「ここが……」
剣士が言う。
「魔王の居城だ」
俺は剣を握る。
鼓動が早い。
だが恐怖ではない。
高揚だ。
ここで終わる。
ここで決める。
俺たちは城に踏み込んだ。
最上階。
大広間。
玉座に座る影。
ゆっくりと立ち上がる。
「来たか、勇者よ」
低い声。
圧倒的な威圧感。
「俺が魔王だ」
空気が重くなる。
体が勝手に震える。
だが俺は踏み出した。
「……あんたを倒す」
魔王が笑った。
「そうか」
一瞬の静寂。
次の瞬間、戦いが始まった。
激しい攻防。
剣がぶつかる。
魔法が炸裂する。
仲間の声が飛び交う。
「右だ!」
「下がって!」
「回復します!」
何度も倒れそうになる。
何度も立ち上がる。
「うおおおお!!」
最後の一撃。
剣を振り下ろす。
光が走る。
そして――
魔王は膝をついた。
「……見事だ」
そのまま倒れる。
静寂。
終わった。
俺はその場に立ち尽くした。
息が荒い。
手が震える。
だが――
「勝った……」
世界が変わったのは、突然だった。
光に包まれたと思った次の瞬間、俺は見知らぬ森の中に立っていた。
「……は?」
足元は土。空気はやけに澄んでいる。遠くで鳥の鳴き声がする。
ポケットからスマホを取り出そうとして、そこでようやく気づく。
ない。
服も違う。見覚えのない装備。
剣。
腰には鞘に収まった剣があった。
「おいおい……」
頭の中で状況を整理しようとする。
直前の記憶。
夜。帰り道。信号。ヘッドライト。
トラック。
「……マジかよ」
俺は小さく笑った。
「これって、あれだろ」
声に出してみる。
「異世界転移ってやつじゃね?」
そのときだった。
背後から声がした。
「目覚めましたか、勇者様」
振り返ると、そこには白いローブをまとった少女が立っていた。
長い銀髪。穏やかな表情。
いかにも、だ。
「……勇者?」
「はい」
少女は微笑んだ。
「あなたはこの世界を救うために選ばれた存在です」
来た。
完全に来た。
俺は思わず拳を握る。
「やっぱりな……!」
少女は続ける。
「この世界は今、魔王の脅威にさらされています」
「魔王……」
「はい。強大な力を持ち、多くの魔物を従え、人々を苦しめています」
テンプレだ。
完璧なまでに。
だがそれがいい。
俺は剣を抜いた。
重さが手に馴染む。
「で、そいつを倒せばいいんだろ?」
少女は静かに頷いた。
「はい、勇者様」
そのときだった。
頭の中に声が響いた。
――ステータスを確認しますか?
「……は?」
視界の端に光が走る。
文字が浮かび上がる。
名前:???
職業:勇者
レベル:1
スキル:鑑定、成長補正、言語理解
「マジで……」
思わず笑みがこぼれる。
「完璧すぎるだろ」
少女が言った。
「では、まずは街へ向かいましょう」
街は活気に満ちていた。
石畳の道。木と石でできた建物。露店。人々の喧騒。
俺は辺りを見回す。
「すげぇ……」
完全にファンタジーだ。
その中で、俺は“特別な存在”として立っている。
そう思っていた。
「勇者様、こちらです」
案内されたのは大きな建物だった。
中に入ると、鎧を着た男やローブ姿の人間が集まっている。
「ここは冒険者ギルドです」
少女が説明する。
「あなたの仲間となる者たちがいます」
その中の三人がこちらに近づいてきた。
剣士の男。無口そうだ。
弓使いの女。鋭い目をしている。
そしてもう一人。
白いローブの女性。
「僧侶のリナです。回復を担当します」
彼女は軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします、勇者様」
俺は頷いた。
「よろしく」
こうしてパーティが揃った。
あまりにも順調すぎる展開。
だがそれすらも心地いい。
旅は過酷だった。
森では魔物に襲われ、山では足を滑らせかけ、洞窟では暗闇に包まれた。
だがそのたびに仲間が助けてくれる。
剣士が前に立ち、弓使いが援護し、僧侶が回復する。
俺は前に出る。
戦う。
斬る。
最初は震えていた手も、いつの間にか迷いがなくなっていた。
「勇者様!」
僧侶の声が飛ぶ。
光が体を包む。
傷が消えていく。
「助かった……!」
戦いは続く。
強敵も現れた。
巨大な魔物。
群れ。
ボス。
だがそのたびに俺たちは乗り越えてきた。
そして――
ついに辿り着いた。
魔王城。
黒い城が空を裂くようにそびえ立っている。
「ここが……」
剣士が言う。
「魔王の居城だ」
俺は剣を握る。
鼓動が早い。
だが恐怖ではない。
高揚だ。
ここで終わる。
ここで決める。
俺たちは城に踏み込んだ。
最上階。
大広間。
玉座に座る影。
ゆっくりと立ち上がる。
「来たか、勇者よ」
低い声。
圧倒的な威圧感。
「俺が魔王だ」
空気が重くなる。
体が勝手に震える。
だが俺は踏み出した。
「……あんたを倒す」
魔王が笑った。
「そうか」
一瞬の静寂。
次の瞬間、戦いが始まった。
激しい攻防。
剣がぶつかる。
魔法が炸裂する。
仲間の声が飛び交う。
「右だ!」
「下がって!」
「回復します!」
何度も倒れそうになる。
何度も立ち上がる。
「うおおおお!!」
最後の一撃。
剣を振り下ろす。
光が走る。
そして――
魔王は膝をついた。
「……見事だ」
そのまま倒れる。
静寂。
終わった。
俺はその場に立ち尽くした。
息が荒い。
手が震える。
だが――
「勝った……」
街は歓声に包まれていた。
「勇者様だ!」
「魔王を倒したぞ!」
人々が集まる。
花が投げられる。
子供が駆け寄る。
「すげー!」
「本当に倒したの!?」
王が現れる。
豪華な衣装。
重厚な声。
「よくやった、勇者よ」
俺は膝をついた。
「当然のことをしたまでです」
自分でも驚くくらい、自然に言葉が出た。
王は頷いた。
「この世界は救われた」
拍手。
歓声。
俺は立ち上がる。
胸が熱い。
これだ。
これを求めていた。
夜。
静かな場所。
仲間たちと向き合う。
剣士が言う。
「ここまで来られたのは、お前のおかげだ」
弓使いが笑う。
「最初は頼りなかったけどね」
僧侶が優しく言う。
「立派な勇者様でした」
俺は少し照れた。
「みんながいたからだよ」
沈黙。
そして、別れの空気。
「俺は元の世界に戻る」
そう言うと、胸が少しだけ痛んだ。
剣士が頷く。
「そうか」
弓使いが手を振る。
「元気でね」
僧侶が微笑む。
「あなたの旅路に、祝福を」
光が集まる。
転移の準備。
俺は振り返る。
「ありがとう」
光が強くなる。
仲間たちの姿がぼやける。
そして――
消えた。
勇者は帰った。
光に包まれ、元の世界へと還るその背中に、誰もが涙した。
剣を掲げ、最後まで笑っていた。
「みんな、ありがとう!」
それが最後の言葉だった。
空が静かに閉じる。
風が止む。
そして――
沈黙。
「……行ったな」
最初に口を開いたのは、魔王だった。
重厚な鎧を軋ませながら、肩を回す。
「いやー、今回の勇者、結構やるじゃん。後半ちょっと焦ったわ」
その声は、戦いの時の威厳など微塵もなかった。
どこにでもいる、仕事終わりの声だった。
「お疲れさまでしたー!」
ぱん、と軽い手拍子が鳴る。
勇者パーティの僧侶が、笑顔で近づいてくる。
さっきまで泣いていたはずの目元は、もうすっかり乾いていた。
「魔王様、回復入れますね」
「お、助かる。肩のあたりちょっと持ってかれた」
柔らかな光が、魔王の身体を包む。
裂けたはずの肉が、何事もなかったかのように塞がっていく。
「……やっぱこれ便利だなぁ」
「保険適用内ですからね、今回」
横では、戦士が剣を鞘に収めながら息を吐いた。
「今回の構成、ちょっときつくなかったか?中盤のラッシュ、あれ新人だと折れるぞ」
「すみません、難易度調整ミスったかもです」
ローブ姿の女が、手元の水晶を覗き込みながら言う。
そこには、戦闘ログのようなものが流れている
「死亡率は基準内に収まってます」
「ギリギリだろ、それ」
「でも盛り上がりは良かったですよ。クライマックス、泣いてましたし」
「そりゃ泣くだろうよ……」
魔王が苦笑する。
「“世界を救った”って顔してたな」
少しの間、誰も何も言わなかった。
風が、静かに吹き抜ける。
やがて、戦士がぽつりと呟く。
「……いいやつだったな」
「うん」
僧侶が頷く。
「真っ直ぐで、疑わなくて、最後まで信じてた」
「最近珍しいタイプだよな」
「ですね。“システムに気づく前に終わるタイプ”」
その言葉に、少しだけ空気が緩む。
「……さて」
魔王が手を叩いた。
「しんみりはこの辺にして、行くか」
「ですねー!」
僧侶がぱっと笑う。
「打ち上げ、予約してありますから!」
場所は、ダンジョンの外れにある酒場だった。
看板には大きく――
『討伐後限定・関係者割引あり』
「いらっしゃいませー!あ、今回のメンバーですね!お疲れさまでした!」
店主が慣れた様子で迎える。
「六名様でよろしいですか?勇者様は……」
「帰還済みです」
「あ、はい。ではいつものコースで」
通された席に、どっと腰を下ろす。
木のテーブルに、次々と料理が並ぶ。
「いやー、やっぱ終わった後の飯が一番うまい!」
戦士が肉にかぶりつく。
「今回の勇者、食事シーンちゃんと撮れてました?」
「バッチリです。後で編集回しますね」
「泣きながら食ってたやつ、使える?」
「使えます使えます。“人間味があって良い”って評価つきやすいので」
魔王がグラスを持ち上げる。
「じゃ、まあ」
少しだけ間を置いて、
「今回も無事に終わったってことで」
全員がグラスを持つ。
「「「お疲れさまでしたー!」」」
軽やかな音が重なる。
酒が喉を通る。
誰かが笑う。
「そういえばさ」
戦士が言う。
「今回の勇者、最後まで“本物”だと思ってたよな」
「思ってましたねー」
僧侶が笑う。
「“これは運命なんだ”って」
「まあ、あれはあれで正しいけどな」
魔王が肩をすくめる。
「こっちもちゃんと全力出してるし」
「そうですね。演出じゃなくて“本気”ですから」
「だから成立するんだよなぁ」
しばらく、笑い声が続く。
やがて、水晶を持っていた女が顔を上げた。
「評価、出ました」
「お、早いな」
「今回――☆4.6です」
「お、いいじゃん」
「過去最高更新ではないですけど、かなり上位です」
「減点理由は?」
「“魔王の第二形態が読めた”」
一瞬の沈黙。
そして、
「それ言われるかぁ……」
魔王が頭を抱える。
「いやでもあそこ入れないと盛り上がりに欠けるでしょ!」
「分かってるよ!でも最近パターン化してるって言われててさぁ!」
「次ちょっと崩します?」
「崩しすぎると初心者死ぬからなぁ……」
議論が始まる。
真剣で、でもどこか軽い。
その横で、僧侶がふと呟いた。
「……でも」
誰もがちらりと見る。
「さっきの人、帰ったんですよね」
「帰ったよ」
「向こうで、どう思うんでしょうね」
少しの沈黙。
魔王が、グラスをくるりと回す。
「……さあな」
「“世界を救った”って思ってくれてりゃ、それでいいんじゃないか?」
僧侶は、少しだけ考えてから――
頷いた。
「……ですね」
笑顔に戻る。
「じゃあ次の案件、確認しますね!」
「もう来てんの?」
「はい。明日、新規勇者が一名。トラック案件です」
「またかよ」
「テンプレは安定してるからな」
誰かが笑う。
その笑い声は、どこにでもあるものと同じで。
ただ一つ違うのは――
それが、“世界を救った後”のものだったということだけだった。




